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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第四章 田中天狼のシリアスな日常・奮闘編
30/73

田中天狼のシリアスな体育祭

今回から新展開、体育祭編になります!

 梅雨の合間の、晴れ上がった青空に、ポンポンと音を立てて花火が上がる。

 『東総倉高等学校大体育祭』の開催だ。

 学校のグラウンドには、ラインカーで真新しいトラックが書かれ、万国旗がその上で風に吹かれて揺れている。


「絶対勝つぞ! みーどーりーぐーみー!」


 学ランを纏った応援団の声に合わせて、俺たちは声を張り上げる。

 ……実にくだらない。

 俺は、太鼓の音に合わせて手拍子をしたり、グルグルと手を回したりしながら、心の中は氷点下に冷めていた。

 もっとも、他にも同じ事を考える奴は多いらしい。明らかに興味の無さそうな態度で、欠伸をかみ殺しながらパチパチと申し訳程度の拍手をしている奴がちらほら見える。

 おいおい……そんな態度をしてたら――。


「オイコラァッ! ソコのお前、弛んどるぞ! もっと気合を入れて応援しろぉっ!」


 ほらな。

 70年代からタイムスリップしてきたんじゃないかと疑う程、バンカラの格好が板についた強面の応援団長が、雷の如き大音声で、やる気の無さそうな生徒を怒鳴りつけた。


「ヒャ……ヒャイッ! す、スミマセン!」


 そいつと、そいつと同じように気の抜けた態度の奴らは、ピンと背筋を伸ばしながら、首を竦めるという滑稽な格好で、慌てて声を張り上げた。


「「「「絶対勝つぞ! み~ど~り~ぐ~み~っ!」」」


 …………ああ、帰りたい。



 体育祭は、着々とプログラムを消化していく。

 騎馬戦で、調子に乗って暴れすぎた騎馬のひとつがバランスを崩し、上の騎手が落っこちて脳振盪で病院送りになったり、借り物競走で『好きな人』と書かれたカードを選んでしまった男子生徒が、同級生の男子生徒(・・・・)に告白して、めでたくカップル成立してしまったりといったハプニングが発生したが、俺には関係のない出来事なので、割愛する。

 正直、俺はそれどころじゃなかった。上空から、ギンギンという剣呑な擬音を発しながら照りつける太陽光線を、遮る術の無い生徒観覧席で照射し続けられて、殆ど何もしていないのにヘトヘトになっていたからだ。

 体育祭運営本部は、俺たちを干殺しにする気なのか――。『ブラック企業』という言葉があるのなら、『ブラック体育祭』という言葉も生み出されるべきだろう――と、恨み言を何度呟いた事か……。


「……ヤバい。お茶が、切れた……」


 午前中の競技が終わっていないのに、水筒を空にしてしまった事実に、俺は絶望した。いくら暑すぎるからといって、計画無しに飲み過ぎた……。


(しょうがない、水を汲んで凌ぐか……)


 と、俺は空の水筒を片手に、校舎内の水飲み場へ向かう。


「おっ! シリウス見ーっけ!」


 ……何か、聞き慣れた声が聴こえた気がするが、気のせいだろう、うん。先を急ごう。


「おーい、シリウス〜!」


 ……しつこい幻聴だなぁ。ちょっとダッシュで早くこの場を離れよう。


「オイオイ、待てよ〜、シリウスく〜ん!」


 俺は、ガシッと肩を摑まれた。……チッ。


「……何ですか、警察呼びますよ」

「無視しといて、いきなり不審者扱い⁉」


 俺の言葉に、相手は大袈裟に仰け反る。

 俺は、ハア……と大きなため息をついた。


「冗談ですよ……。お疲れ様です、矢的先輩、撫子先輩」

「お疲れ様」

「おう!」


 俺は、ハッピ姿の矢的先輩と、体操服の左腕に「救護係」の腕章を巻いた撫子先輩に挨拶した。

 矢的先輩が、笑顔で俺の肩を叩く。


「つーかさ! シリウス、さっきの100メートル走、2位だったじゃん! やるやん!」


 と、矢的先輩が笑顔で俺の肩を叩く。


「あ、……ええ、まあ」

「リレーの練習を始めた頃は、どうなる事かと心配したけど。大分走り方がサマになってて、良かったわよ」


 撫子先輩も、微笑んだ。


「あ……どうも……」


 珍しく褒められて、褒められ慣れしていない俺はぎこちなく頭を掻く。

 でも、俺も、中学までの徒競走で3位以上になった事が無かったから、今回の2位という結果は正直に嬉しい。

 紛れもなく、奇名部でのリレー練習の成果なのだが……それを矢的先輩の前で認めるのは、少々癪ではあった。というか……、


「オレ達が、つきっきりで指導してやったおかげだな! シリウス、感謝しろよ! ガハハハハ!」


 ……ほら、こんな風に調子に乗るから、この男。


「その調子で、文化部対抗リレーも頼むぞ、シリウス!」

「昨日の調子でいければ、大丈夫よ。頑張りましょう」


 ――今日の本番に先駆けて昨日行われた、「文化部対抗リレー」の予選会で、我々奇名部は他の文化部を圧倒し、トップタイムで予選を突破した。

 トラック半周×8で、合わせてトラック4周を走るのだが、部員が四人しか居ないウチの部は、必然的にひとり2回走る事になる。

 そこで、俺達は、

 矢的→春夏秋冬(ひととせ)→俺→撫子→撫子→春夏秋冬(ひととせ)→俺→矢的

 という順番でオーダーを組んだ。

 即ち、

 矢的先輩と春夏秋冬(ひととせ)で、初っ端からスタートダッシュで大量リードを奪い、俺が(不本意ながら)差を詰められても凌げる様に。

 そして、持久力に優れた撫子先輩が連続で走ってリードを保ち、俊足の春夏秋冬(ひととせ)で一気に差を広げ、俺が何とか他のランナーの追い上げを耐え忍んで(……)、最初に走ってから休養充分のアンカー矢的先輩が逃げ切る――。

 この作戦プランが見事にハマった形だ。

 にしても……結果が出た瞬間の、十亀・細山田・小槻の三馬鹿トリオの悔しがりっぷりは見ものだった。


「絶対にリレーを優勝して、あの間抜けヅラをもう一回拝んでやろうぜ!」


 そう、矢的先輩が笑顔で言い、俺も力強く頷いた。

 負ける気がしねぇ! とは、まさにこの事だ。


 ……だが、俺達のその自信は、午後の文化部対抗リレー決勝直前で、大きく揺らぐ事になる。

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