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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第三章 田中天狼のシリアスな日常・奔走編
28/73

田中天狼のシリアスなトラウマ

 俺と矢的先輩は、嬌声を上げて盛り上がる女性陣を横目に、黙々とケーキを口に運ぶ作業に没頭していた。

 女性陣の姦しいやおい談議に巻き込まれる事は御免だし、かといって、他にする事も無かったからだ。

 都合4個目のケーキを口に押し込む。

 うぇっ、と思わずリバースしかけるが、何とか紅茶をがぶ飲みして、無理矢理胃の腑に流し込む。


「――――もうムリ……」


 ギブアップだ。これ以上は、確実にヒサンな事になってしまう……。


「――あ、シリウス。そこのモンブラン取って♪」


 一方、矢的先輩は平気な顔で次から次へとケーキを口中に放り込んでいく。ケーキ皿が回転寿司の皿の様に、どんどん積み上がる。


「――まだ、食べられるんですか……。腹壊しますよ……」

「ヘーキヘーキ! 育ち盛りだもん、ボク♪」


 涼しい顔で、モンブランを手づかみして齧り付く矢的先輩。

 と、指に付いたマロンクリームを舌で舐めながら、口を開いた。


「そういえばさ。ちょっと気になったんだけどさ」

「……何ですか?」


 紅茶をポットから注ぎながら聞き直す俺。

 矢的先輩は、首を傾げながら言った。


「お前の、天狼(しりうす)って名前さ――。あのマンガの主人公の名前から取ったのかな?」

「ああああああ――――! って、あっつうううううっ!」


 思わぬタイミングで不意打ちされて、俺は思わず手にしたポットをひっくり返してしまった。


「あら! しーくん、何やってんの!」

「大変! タオルタオル! どこにあるのかな……?」

「お母様、冷凍庫から氷お借りしますね」


 俺の悲鳴を聞きつけて、女性陣が慌てて動く。

 あっという間に、俺は台所に連行されて、三人の見事な連係プレーの元、冷水で患部を冷やされ、氷を折り込んだタオルで手をグルグル巻きにされてしまった。……ちょ、大袈裟……。


「まったく……どうしたのよ?」


 母はあきれ顔で言う。


「オレと話してたら、何か急に動転したみたいで……。アワアワ言いながら、ブワァ~っとポットをぶちまけたんですよねぇ」


 ……いや、話盛るなよ。そんなにアワアワ言ってなかっただろうが……言ってなかったよね、多分。


「どんな話をしていたの?」


 い、いや、撫子先輩……。ソコ掘り下げなくていいですから――!


「いやぁ? そんな大層な話じゃねえよ。ただ、シリウスに、『お前の名前って、このマンガ(炎愛の極星)の主人公の名前から付けられたのか?』って訊こうとし――」

「あああああああああああああああああああああああっ!」

「――――ほら、こんな風に」

「…………矢的くん、それは貴方が不用意だわ」


 首を傾げる矢的先輩を、静かな口調で諭す撫子先輩。


「人にはね、触れて欲しくない事や隠したい事があるものなの。多分貴方は、田中くんのそういう部分(トラウマ)を抉ってしまったのよ……」

「――ああ、お前の名字とおんなじ――ぐはあっ!」


 鳩尾に撫子先輩渾身のボディブローを食らって、悶絶する矢的先輩。……さっき食いまくってたケーキが口から出てこないか心配だ。


「…………あら、しーくん。ひょっとして、『天狼(シリウス)』って名前が嫌いだったの?」


 目を丸くして、そう呟くと、母は視線を右上を泳がせながら、言い始めた。


「あら、ち、違うのよ~。昔も言ったでしょ? “天狼(しりうす)”って名前は、しーくんが生まれた時の夜空に天狼星(シリウス)が出てて、『あの星みたいな素敵な人になれますように』って思って付けたんだって――」

「嘘、だろ!」


 俺は、母の言葉に、思わず椅子を撥ね飛ばして立ち上がった。


「え――う――嘘じゃな……」

「嘘だよ! 8月の俺の誕生日の夜空に、シリウスなんか出てねえんだよ、冬の星座なんだから! おおいぬ座は!」


 ……あ、ヤバい。俺は、心の底の冷静な部分が、しきりに危険信号を発しているのを感じていた。

 これ以上は、噴き出す感情を抑える事が出来なくなる。今まで貯めに貯め込んだ、俺の名前に対する不満や憤懣や鬱屈したものを洗いざらいぶち撒けてしまう……。

 そして、それは母を間違いなく傷つけてしまう――! 俺は、決してそんな事は望んじゃいない――!


「もう知ってるよ! 母さんは、このマンガの、愛しの天狼(シリウス)サマから取って、俺に天狼(しりうす)って名前を付けたんだろう!」

「……………………」


 ……のに、まるで山裾を滑り落ちる溶岩流の様に、俺の言葉は止まらない。むしろ、坂道をノーブレーキで走る自転車のように、ドンドン加速がついて、勢いを増すばかりだ。

 ――もう、止められない……!


「ずっと、俺がどれだけこの名前に苦しめられてたと思ってるんだよ! 子供の頃から、読めないとか変な名前だとかDQNネームだとか、さんざんさんざん学校でイジられ続けて――!」


 ……誰か。


「母さんには解らないだろうけどさ!」


 ……誰か、止めて――。


「いい迷惑なんだよ! 自分勝手に子供の名前で遊ん――!」

「はいはーい、終了~」


 そう言って、俺の肩をガシッと掴んだのは――矢的先輩だった。

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