春夏秋冬水のシリアスな至福
「ちょ、待って! か……母さん、そ、それって――」
「あ、おかあさん! 待ってました~」
泡を食って、詰問しようとする俺を押しのけて、目を爛々と輝かせた春夏秋冬が、母の元まで飛んできた。
「これが! 例のモノですか!」
「そう! 私の宝物よ~!」
興奮しきりの二人は、リビングの床に段ボール箱を置き、上部の封印のガムテープを剥がしにかかる。
「へー、宝物っすかぁ。俺も見せてもらっていいっすか?」
「…………私も、よろしいかしら?」
二人の様子に興味津々の矢的先輩と撫子先輩も覗きに来た――。いかん、春夏秋冬はもう手遅れだとしても、この二人だけは何とか阻止しなければ――!
「ちょ――待って……って――」
「田中くん邪魔」
「おぶううっ!」
俺の身体を張った、終わりの無いディフェンスは、撫子先輩によって無情にも排除される。
その時、
「わああああ~っ♪」
春夏秋冬の上げた嬌声によって、全てが終わったと察した……。
「すごいっ! 『炎愛の極星』全巻がこんなキレイな状態で! しかも3セットずつ!」
「どうしても、本を開くと痛んじゃうからね。読む用と、観賞用、あとは保存用で3部ずつ揃えてあるの!」
そう言って、母は、コミックの奥付を開いて見せる。
「しかも、初版よ!」
「わあああっ! 本当だぁ!」
興奮する春夏秋冬。
「じゃあ……過激すぎて、第三版以降に大幅に書き直した、『初めての夜』回も――」
「そう! 差し替え前の超過激版よ~!」
「うわあああああああああっ!」
興奮しすぎて、もはやキャラが変わってるぞ……春夏秋冬。
と、矢的先輩が、段ボールの中を覗き込みながら、口を挟んだ。
「つーか、凄い量っすね……この薄い本」
「同人誌ね! 多分、『炎極』関係で出た分は、あらゆる作家さんの本、コンプリートしてる筈よ!」
「えっ、本当~っ? ……じゃあ、もしかして、五月雨緑雨庵先生がデビュー前に書き上げたって、伝説の『ふたりの宿星』も……」
「…………じゃーん!」
「うわああああああああああっ! ホントにあったんだぁ! 実物、初めて見たっ! すごいぃっ!」
嬉々とした様子で、段ボール箱から次々と薄い本を出してくる母と、異常なテンションで大興奮の春夏秋冬。
矢的先輩も、興味津々で、出てくる本の表紙を見ているが、時折首を傾げたり、口元を引きつらせたり――矢的先輩がドン引いているのを初めて見た。
撫子先輩はというと――黙々と薄い本のページをめくっている。……顔を真っ赤にしながら。
俺は、壁にもたれながら、そんな四人の様子をボーッと見ていた。
ああ、もう終わった……全部バレる……もうどうとでもなれだ。
「じゃーん! これなーんだ?」
おいおい……母さん、今度は何を出してきた?
「ふおおおおおおおおおおっ! それはっ!」
大きな瞳を、更にまん丸に見開いて変な声で叫ぶ春夏秋冬。
母の手には、ド派手なラメをふんだんにあしらった、一昔前の軍服のような意匠の上着。
「それって、天狼様の上級士官服のレプリカじゃあないですかぁ!」
「は――――へ?」
春夏秋冬にいきなり名前を呼ばれて驚く俺。しかも“様”付け?
「あ――、違うの!」
「天狼って言っても、しーくんの事じゃなくって……」
二人は、薄い本の表紙に描かれた、耽美可憐で無意味に上半身裸の金髪銀眼の美少年を指さして、
「「天狼・N・サナドアス様の方!」」
見事にハモった。……息合いすぎだろ、お前ら……。
「――で、おかあさん、このコスプレ衣装って……」
「一回だけね、コミフリでコスプレしたの。その時の衣装よ! 自作だから、ちょっとアレだけど……」
「自作なさったんですか? ……すごい」
なぜ食いつく、撫子先輩……。
撫子先輩は、衣装を手に取り、つぶさに観察する。
「……うん、縫い合わせの処理もキレイ……縫製もしっかりしてるし――売り物と言われても信じるわ、これは……」
「――ねえ、ナデシコちゃんって、イケるんじゃない? ザクティ様のコスプレ!」
「あ――――っ! ソレ、アタシもずっと思ってたんですよぉ! なでしこセンパイって、すごくキレイな黒髪だし――キリッとした、ザクティ様の宮廷礼装の衣装がバッチリ似合いそう!」
「え――――あ、あの――?」
興奮して、まくし立てる二人に圧倒されて、しどろもどろになる撫子先輩。――というか、こんな撫子先輩、初めて見たぞ。
母が、撫子先輩の肩をグッと掴んで言った。
「…………ナデシコちゃん。アナタ、夏のコミフリでコスプレっちゃわない?」
「……え? ええっ?」
突然、何を言い出すんだ、この人は……。あの撫子先輩が戸惑ってるじゃないか……。
「衣装は今は無いけど、夏休みまでには間に合うように、私が作るから! 考えてみてくれない?」
「ザクティ様……って、この人、ですよね――」
にじり寄る母に、壁際に追い詰められながら、おずおずと尋ねる撫子先輩は、手にした本を指さす。そこには、尻を露わにシャワーを浴びる、黒髪のイケメンのイラストが――。
「「そう! ザクティアヌス・エルダー・シュドワセル伯!」」再びハモるふたり。
「で――でも、この方は随分背が高い方のようですし……私じゃ――」
「ノープロブレムっ! 身長なんて、ブーツでいくらでも誤魔化し利くし!」
「あ! あたしが天狼様のコスプレして、一緒に並べばいいんじゃない?」
「アクアちゃん、グッドアイデア!」
母と春夏秋冬は、サムズアップの上ハイタッチ。……何だ、このノリ……。
……撫子先輩は、俯いて黙っている。
その様子を心配したのか、矢的先輩が珍しく気遣うように、撫子先輩の肩を叩く。
「お――おい、ナデシコ……。嫌だったら、別に断っても……」
「――嫌? …………誰が?」
「――へ?」
間抜けた声を上げる矢的先輩。いや、彼だけじゃなく、俺も呆気にとられた。
撫子先輩は、キリッと顔を上げると、上気した顔を綻ばせて言ったのだった。
「私なんかで宜しければ――喜んで、ザクティ様という方のコスプレ、やらせて頂きますわ!」
――――あ、俺は今、ひとりの普通の女の子が、腐女子沼に嵌まる瞬間を目の当たりにしたんだ。
俺と、多分矢的先輩も、撫子先輩の言葉に喜びの歓声を上げる、母と春夏秋冬の姿を前にして、そう悟ったのだった。
嗚呼、天狼の母の登場によって、アクアと撫子のキャラがぶっ壊れました(笑)。当初はこんなはっちゃけたキャラにするつもりは無かったんですが、今回の執筆をして、あれよあれよと暴走して、こんな感じになっちゃいました(汗)。
これが、よく言われる「キャラが勝手に一人で動き出す」状態なのか……(笑)。
所謂ひとつのケミストリー?
2019.7.23
以前、延滞紳士様から頂いたファンアートを掲載させていただきます!
劇中で春夏秋冬が大興奮した、『炎愛の極星』の伝説の同人誌『ふたりの宿星』の表紙です!
……と、いうか、主人公を差し置いて、劇中マンガの同人誌がイラスト化……うん、実にウチの天狼君らしい(笑)!
延滞紳士様、ありがとうございました!




