田中天狼のシリアスな逃走
「え――! 何だよ、つれない事言うなよ~」
「何で~? みんなで集まって試験勉強した方が捗るよ?」
矢的先輩と春夏秋冬が、ガッカリした声を上げるが、俺の答えは変わらない。
「俺は――試験勉強は一人でする方が捗る派なんです。誘ってくれて嬉しいですけど、気持ちだけ受け取らせて頂きます」
……ま、嘘なんだが。この位キッパリと断らないと、この二人の強引な圧しの強さには到底敵わないという事を、この一月足らずですっかり学習した俺である。
「いやいや! それは了見が狭い考えだぞぉ!」
「シリウスくん、騙されたと思って、一回でいいからやってみない? きっと楽しくって、考えが変わると思うなぁ……」
そして、この二人が、この程度の拒絶であっさり引き下がる訳が無いという事も、骨身に染みている……。
ああ、もう。本当に面倒くさい……。
「俺は、一人の方が気楽だから好きなんですよ! 俺は放っておいて、皆さんだけでテスト勉強すればいいでしょ?」
「でもさぁ。皆で教え合いながらテスト対策する方が、効率がいいと思うよ〜」
「二年生がいるから、出題傾向とかもアドバイスできるわよ」
春夏秋冬に加えて、撫子先輩も俺を誘ってくる……。ああ……正直、結構ドライな性格のこの人だけは色々と察してくれて、嫌がる俺の肩を持ってくれると思ったんだけどなぁ……。
矢的先輩がため息を吐いて、大きな声で呟いた。
「一人でチクチクお勉強とか、全く……ネクラだよなぁ、お前……」
カチンッ
「はいはい、ネクラで結構ですよ! そんなネクラなんか居ない方が、お勉強は楽しいんじゃないっすか?」
「なーに怒ってんだよ〜! 冗談だって、ジョーダン! 機嫌直して、一緒に試験勉強しよーぜ!」
「…………」
嗚呼……予測はしてたけど、やっぱり埒があかない……。このまま矢的先輩達と話を続けても、この調子で堂々巡りだ。徒にムダな時間を費やすだけ……。
――こうなったら……!
「あー、はいはい。分かりました……分かりましたよ! 一緒に試験勉強してあげればいいんでしょ!」
そう諦めたように言い捨てると、俺は机の教科書を次々とカバンに放り込む。
矢的先輩は一転、上機嫌になって言う。
「おう! 最初っからそう言えばいいんだよ! 全く、貴重な時間をムダにしやがってさ」
「アンディ先輩、言い過ぎだよぉ」
「そうね、確かにちょっと言葉が過ぎるわ……ま、矢的くんの言うとおりなんだけど……」
「……………………」
矢的先輩達のトゲのある憎まれ口に、内心ムッとしながらも、俺は平静を装う。
詰め終わったカバンを肩に掛け、椅子から立ち上がり、
「あ、すみません」
と、ある事に気付いたフリをする。
「そういえば俺、放課後に職員室まで来いって言われてたんでした」
「何? お前呼び出し食らったの? 何やらかしてんだよオマエ?」
「さあ……何でしょうねえ? ちょっと顔出してくるんで、ココで待ってて下さい」
それだけ伝えると、俺は振り返らずに、ゆっくりと教室のドアに向かう。さりげなく、出来るだけ自然に……不審を持たれないように……。
――ドアまであと……3メートル……2メートル……。
その時、
「あら? 田中くん」
ヤベッ……。撫子先輩が……。
「職員室行ってすぐ戻ってくるのに……何でカバンを持ったまま行くの?」
悟られた!
「皆さんお疲れ様でした! 失礼しま――――――――っす!」
俺は、目の前のドアを思いっ切り開け放つと、上履きのサンダルを脱ぎ捨てて、脱兎の如く駆け去る!
「あ――――! シリウスくん!」
「あの野郎! 逃げやがった!」
背後から春夏秋冬と矢的先輩の声が聞こえてきたが、俺は一切振り返らずに、ひたすら廊下を疾走する。
廊下には帰る人が溢れて、通勤ラッシュの駅内の様にごった返していたが、人の間隙を縫い、掻き分けながら、俺は一目散に下駄箱を目指す。
「ふははははははははははは!」
背後から、不吉な笑い声が近付いてくる。……笑い声の主は分かりきっている。振り返るまでもない。
「はははははは! シリウス! このオレ――『ケイドロの矢的』に追いかけっこを挑むとは、身の程知らずな奴め!」
「あれぇ? アンタ『ピンポンダッシュの矢的』じゃなかったっけか?」
「そうとも言う〜!」
ヤバい。思わず振り返ってツッコミを入れたら、ヤツとの距離がグンと縮まってしまったぞ……!
いくら、ここ最近の特訓で、以前よりタイムが縮まったと言っても、元々の速力は圧倒的に向こうが上なのだ。マトモに走ったら、すぐに追いつかれてしまう……。
こうなったら……!
俺は、人だかりの中から、いかにも強そうなガタイの持ち主の集団(多分相撲部)に目を付け、後ろを指さして、
「助けて下さい! 悪質な変人に追われてます!」
と、必死な声で叫んだ。
「オイこら! シリウス、誰が悪質な変人だと――て、うわ何をするやめ――!」
矢的先輩の声が悲鳴に代わり、脇目もふらずに走り続ける俺の耳からだんだんと遠ざかっていく――。
俺は、走る脚は緩めずに、心中ヤレヤレとため息をつく。
……どうやら、うまくいったらしい。
 




