田中天狼のシリアスな放課後
文化部部長三人との遭遇した翌日から、俺たち奇名部は、本格的にリレーの練習を始めた。とはいえ、トラックを使用できるのは、運動部が準備を整え、グラウンドに現れるまでの僅かな時間。グラウンドを追い出された後の俺たちは、外周のランニングや、中庭の片隅でバトンの受け渡し練習などをするくらいしかできなかった。
初めのうちは、外周ランニングで俺だけついていけずに倒れ込んでしまったり、バトンパスではみんなの呼吸が合わなくて、バトンを取り落としまくったりと、散々なレベルで、お先真っ暗な感じだった。
それでも、練習の成果は徐々に出てきた。メンバーの中で、一番のお荷物だった俺のタイムは、陸上経験者の春夏秋冬のアドバイスのおかげもあって、少しずつだが縮まり、外周ランニングでも、他の三人に何とかついていけるようになってきた。リレーのバトンミスも少なくなり、何とかリレーチームとして形になりつつあるかな、と、俺たちは手応えを感じ始めた。
ところで、体育祭は6月の第一週の土曜日。だがその前に、学生としてはぞんざいに出来ない一大イベントがある。
――そう、中間テストだ。
ウチの高校では、中間テスト3日前から、部活動は全て活動休止となる。運動部でも文化部でも、強豪でも弱小でも例外無くだ。
そこに目をつけたのは、他ならぬ矢的先輩。「テスト前なら、グラウンド貸切状態じゃん! 練習し放題だぜ!」と小躍りしたのだが、結局、『奇名部』という活動内容未定の謎の組織であっても、歴とした部活動だという事は変わりはない。
グラウンドで単独練習を始めて30分で、「活動休止を無視して、リレーの練習をしている部がある」とのタレコミを受けた先生方が大挙して押しかけて、俺たちは「さっさと帰って試験勉強をしろ!」と、こっぴどく叱られた上、荷物と一緒に校門の外に放り出されたのだった。
俺たちは、その日はおとなしくその場で解散するしか無かった。
矢的先輩たちは、こんな好機に練習ができない事を嘆いていたが、俺自身は内心安堵していた。
――これで、しばらくは心安らかな放課後を過ごす事ができる、と。
そんな事があったのは、昨日の事だ。今日は、中間テスト2日前。
ホームルームの終了を告げるチャイムが鳴り、日直の号令と共に一礼後、解散となる。
クラスメートの立てる喧噪の中、俺はそそくさと下校準備をしながら、心はウキウキしている。
今日は、あの奇名部の面々と顔を突き合わさないで済む。ゆっくりと自分自身の時間を過ごす事ができるのだ。こんな嬉しい事はない!
さあ、帰ったら何をしようかなあ?
――最近めっきりゲームをする時間が減っている。もう少しでA+ランクに上がれそうだったんだよな……今日は久しぶりにガッツリと日付が変わるまでガチバトろうかな……。
――あ、そういえば、『黒猫幽限会社』の新刊が出たんだっけ……。すっかり忘れてたな、本屋で買ってから帰らないと。
――春アニメも録画したまま観れてないのが増えてるな……。今夜一気見しようかな?
などなど、今日の予定を心躍らせながら考える俺。
――え? 『試験勉強は?』だって? いいんだよ、そんなモンは。
『まだ高校一年の一学期中間テスト。授業だけしっかり受けておけば、そこまで難しい問題は出題されないわ。せいぜい一夜漬けで充分よ――』って、撫子先輩が言ってたし!
どうせ、テストが終わったら、またあのしんどいリレー練習に駆り出されるんだから……、今日くらいは羽を伸ばさせてくれよ……。
その時、ガラガラと教室の引き戸が開いた。
……嫌な予感。
「お――――い、シリウスく~ん♪」
…………予感的中。
聞きたくもない声が、俺の耳朶を打つ。
……何で来んねん、お前ら!
「……………………」
咄嗟にガバッと机に伏せ、無視を決め込む。――が、矢的先輩たちは真っ直ぐ俺の席に向かってやってくる。……もう俺の席は特定済みなのだから、当たり前か。
「お、居た居た。お前、何で呼んだのに無視するんだよ~。冷たいなあ!」
と、矢的先輩はにこやかに言うと、狸寝入りを決め込もうとする俺の背中をバチーンと叩く。
って、痛ってえよ!
「……どうしたんですか、矢的先輩。今日は部活無いでしょう? 俺、もう帰ろうとしてたトコロなんですけど」
俺は、ギロリと先輩を一睨みすると言った。
「何だよ、つれないなぁ! 部活が無いと、俺はお前の教室に来ちゃいけないとでも言うのかよぉ」
相変わらずヘラヘラ笑いながら言う矢的先輩。俺は「はい、そうですが何か?」と答えたくなる衝動を、すんでの所で抑える。
と、矢的先輩の後ろから、春夏秋冬がニコニコしながら言った。
「みんなでシリウスくんをお誘いに来たんだ~」
「……お誘い?」
俺は、首を傾げる。
春夏秋冬は、「うん!」と大きく頷くと、言葉を続ける。
「試験前だから、みんなで集まって試験勉強しましょ、ってね」
「試験勉強……みんなで、って……」
俺は、その言葉に目を丸くし――
「いや、結構です」
秒殺で断った。




