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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第三章 田中天狼のシリアスな日常・奔走編
21/73

矢的杏途龍のシリアスな挑発

 結局、今日は、50メートル走のタイムを測った直後に、俺たちは陸上部にトラックを追い出されてしまった。

 やれやれ、今日はコレで解散かな、と安堵していたのだが、「まずは体力よね」という鬼軍曹……もとい、撫子先輩の鶴の一声によって、アップダウンの激しい学校外周を30周走らされた。……つーか、コレ、まともな運動部の練習よりキツくねえか?

 中学まで陸上部だったという春夏秋冬(ひととせ)、古流武術流派の奥伝(よく分からないが、免許皆伝一歩手前くらいの、かなり高位のレベルらしい)持ちの撫子先輩は、軽くこなしていたが、一見運動音痴なメガネキャラにしか見えない矢的先輩が、この二人と当然のように肩を並べて、ランニングノルマをこなせたのには驚いた。

 「ピンポンダッシュの矢的」の異名はダテでは無いらしい。

 そんな化け物達に何とかついて行こうとした俺は、高校入学後、体育の授業以外は、全く運動と縁遠かったせいで、膝が笑うわ、両足のふくらはぎが攣るわ、息が苦し過ぎて、マジで三途の川を渡るんじゃないかと、死を覚悟したりと、散々だった。

 無理しなきゃ良かった……。


「よーし。今日はこの位にしといたるわ!」


 日が暮れ、ようやく地獄の特訓が終わりを告げる。

 つーか、なんでノリが吉○新喜劇?

 ――と、ツッコみたかったが、とうの昔に体力が限界を超えていた俺は、アスファルトに倒れ込み、マーマレードのような夕焼け空を見上げながら、喘ぐ事しかできなかった。


「おいおい情けねえなぁ、シリウスよ。こんな程度でダウンかよ」


 矢的先輩の憎まれ口にも反応できない。口を大きく開けて、少しでも酸素を肺に取り入れようと必死だった。

 と、夕焼け空だけだった視界に、大きな瞳の女の子の顔がフレームインしてきた。


「シリウスくん、大丈夫?」


 寝転がる俺の顔を、上から心配顔で覗き込んできた春夏秋冬(ひととせ)は、そう訊いてくる。

 俺は「大丈夫」と答えようとして、盛大に咳き込んだ。

 慌てた様子で、背中を擦ってくれる春夏秋冬(ひととせ)。……矢的先輩の言う通り、情けねえな、俺。


「ちょっと待ってて、シリウスくん! あたし、購買の自販機でポカリ買ってくるから!」

「アクアちゃん、私も行くわ。――矢的くん、田中くんに付いててあげて」


 そう言って、女子二人が校舎の方に向かって走っていく。ああ、こんなに気遣われて、ホント情けねえ……。でも、ありがたい。


「んだよ。こんなん、ほっときゃその内治まるってのに、大げさだなぁ……」


 うん、テメエ(矢的)には死んでも感謝なんかしねえよ。

 と、アスファルト越しに、誰かが近づいてくる足音を感じた。


「おうおう。こんな所で寝転んでたら、皆の迷惑だぞぉ」

「さすが、キミョー部。お行儀が宜しいねえ~」

「部室が無いからって、こんな所で野宿かい? ククク……」


 なんだか分からないが、どうやら喧嘩を売られているようだ。俺は首を巡らせ、声のした方を見る。

 カバンを携えた三人の男子生徒が、ニヤニヤと下品な笑いを湛えて立っている。


「あ、先輩方、お疲れさんでーす。ご帰宅ですか?」


 矢的先輩は、俺の脇で座り込んだまま、ごくごく普通の態度で挨拶した。


「おう、矢的。お前、何やってんの?」


 左側に立つニキビ面のロン毛が、ぞんざいな口調で訊いてきた。


「見て分かりません?」


 一方、矢的先輩は、余裕綽々の態度で返す。


「ご覧の通り、走ってたんですよ。体育祭に備えてね」

「お前ら、マジで優勝する気なのか? 文化部対抗リレーに」


 ブクブクたるんだ頬を震わせながら、真ん中のデブが言う。


「もちろん。狙ってますよ、優勝」

「つか、ウチの一年が言ってたけどよ。お前さあ、文化部対抗リレーで優勝して、他の部の部室を奪おうとしてるって、マジなのか?」


 今度は、右側のつり目のメガネが噛みつきそうな勢いで聞いてきた。――確か、このメガネは、科学部の部長の小槻先輩だ。……そう言えば、ウチのクラスの青嶋は科学部だったっけ。あちゃー、昨日のあの時に、教室に居合わせてたんだな……俺並みに影薄いから気付かなかったけど。


「はい。そうですが? それが何か?」


 小槻先輩の剣幕を殊更に逆撫でするかのように、涼しい顔で答える矢的先輩。

 ――ああ、煽ってるわ、この人。


「ふざけんなよ! そんな横暴、許される訳無えだろうが!」


 デブ先輩が顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。が、矢的先輩の余裕の態度は崩れない。


「そうっすか? でも、『優勝して他部の部室ゲットだぜ!』作戦の件は、今朝、武杉(副会長)に聞いてみたら、オッケー出ましたよ。まあ、武杉(したっぱ)の言質だけじゃ心許なかったんで、その後行方(なめかた)会長に直接聞いて、『優勝したらアリ』って確約貰ってますけど?」


 ……本当に、自分の欲求を満たす事に対する行動力は豊かだよな、この人。


「ぐ……グムウウウ」

「ま、そんな事いいじゃないっすか? 要は優勝したモン勝ちって事なんですから。オレたち奇名部に部室を明け渡したくないのなら、細山田部長ご自身が韋駄天の俊足(・・・・・・)を駆使して、将棋部を優勝させちゃえばいいだけの話でしょ?」

「イヤミか貴様ぁっ!」


デブ先輩……もとい、将棋部部長の細山田先輩が、膨張した腹を波打たせながら怒り狂う。矢的先輩は、そんな先輩の剣幕にニヤニヤしている。――うん、完全におちょくって遊んでる。


「あ、ちなみに、見事ウチの部(奇妙部)が優勝した暁には、将棋部さんか科学部さんの部室を拝借するつもりなんで、体育祭当日までに荷物をまとめておいて下さいね~」

「ちょ、おまっ!」

「って、俺らピンポイントかよ!」


 驚愕して、気色ばむ二人の先輩。

 そんな二人を尻目に、矢的先輩はポンと手を叩いた。


「そうだ! いっその事、将棋部と科学部が合体しちゃえばいいんじゃないっすか? 名付けて科学将棋部、略して『科将部』!」

「「はあ?」」

「将棋しながら、化学実験もしちゃうんですよ! 片栗粉とブドウ糖でラムネ菓子を作ったり――」

「「それ、何月のライオンだよ!?」」


 細山田部長と小槻部長のツッコミが、夕焼け空の下で、見事にハモった。

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