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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第三章 田中天狼のシリアスな日常・奔走編
19/73

田中天狼のシリアスな短距離走

 全力で走る。両腕を振り上げ、両足で交互に地面を蹴りつけて。

 ヒッヒッフー、ヒッヒッフー……あれ、コレって違う呼吸法だっけ?

 レーンの終わりの白線がドンドン近づいてくる。


「はい! ゴ――――ル!」

「ヒッヒッフ――――っとととととぉっ!」


 白線を踏み越えると同時に、足が縺れて、盛大につんのめる。バランスが崩れ、視界がぐるりと一回転。


「あーっ! シリウスくん、大丈夫っ?」


 90度傾いた視界に、体操服姿の春夏秋冬(ひととせ)が慌てた様子で走り寄ってくるのが見えた。


「いちちちち……あ、大丈夫……。ちょっと膝を擦りむいただけ」


 俺は、照れ笑いを浮かべて、膝の砂を払いながら立ち上がった。本当はケツとか左掌がじんじんと痛かったが、強がって痛くないフリをする。一応、男の子なんで。


「なーに転けてんだよ。ダッセエなぁ」


 レーンの横で矢的先輩が笑う。そして、傍らでストップウォッチを構えていた撫子先輩に尋ねる。


「ナデシコ。シリウスのタイムは?」

「――7.47秒ね」

「……速くも遅くもねえな」


 うーんと唸って、難しい顔で腕組みをする。


「ホント、ツラと同じで平凡な奴だな……」

「矢的くん、言い過ぎよ」

「ハイ! ゴメンナサイ!」


 矢的をやんわりと嗜め、撫子先輩は俺に優しく微笑みかける。


「気にしなくて良いわよ、田中くん。今からいっぱい練習すれば、本番までにはもっとタイムが縮まるわ。――でしょ?」

「あ――は、はい……善処しますです」


 ……これは、猛練習しなければ。危険だ――命が。


「えーっと……。コレでみんなのタイムが揃ったね……」


 記録係の春夏秋冬(ひととせ)が、手にしたバインダーを確認する。それには、俺たち四人の50メートル走のタイムが、


 ・ヤマト……6.21秒

 ・ナデシコ……8.25秒

 ・アクア……7.53秒

 ・シリウス……7.47秒


 と記入してある。

 矢的先輩が、スマホで高校生の平均タイムを検索してみる。


「うーん……みんな、平均以上のタイムではあるっぽい……。あ、違う。シリウスだけ高1男子の平均ジャストだわ。お前どんだけ平凡なんだよぉ」

「――好きで平凡な訳じゃないんですけど……」


 矢的先輩の軽口が、地味に俺の心にダメージを与える。言い返せないのが哀しい。


「アクアちゃんが意外に速くてビックリしたわ」


 撫子先輩の言葉に、春夏秋冬(ひととせ)は「エヘヘ」と照れた顔を見せる。


「あたし、中学の頃は陸上部だったんだよね。途中でケガして辞めちゃったんだけど」

「へ――――」


 本当に意外だった。ただのBL好きの腐女子じゃなかったのか……。

 ――にしても、


「……つーか、何でそんなに足速いんすか、矢的先輩……」

「スゴいよねぇ。アンディ先輩も、陸上部だったの?」


 そういえば、最近春夏秋冬(ひととせ)は、矢的先輩の事を『アンディ先輩』と呼ぶようになった。『杏途龍(アンドリュウ)』→『アンディ』って事らしい。

 アンディ先輩……うーん、西海岸な響き。とてもそんな柄じゃない、矢的先輩(コイツ)は。

 アンディ先輩もとい、矢的先輩は、俺と春夏秋冬(ひととせ)の問いに、首を横に振った。


「いーや。オレは今まで部活に入った事は無いぞ。でも」


 矢的先輩は、そう言うとエヘンと胸を張る。


「ガキの頃から、確かに脚は速かったな。近所の奴らには負ける気はしなかったし、負けた事も無かったしな。俺ん家の近所で知らない者はいなかったぞ、『ピンポンダッシュのヤマト』と言ったら」

「ピンポンダッシュかーい!」


 思わずツッコむ俺。


「でも、確かに、現行犯で捕まった事は一回も無かったわね、矢的くん」


 と、微笑みながら、撫子先輩。


「……で、いっつも状況掴めずに逃げ遅れて、何もしてないのに怒られるのが、武杉くん」

「すっトロいんだよなぁ……アイツ」


 ああ、心から同情します、副会長……。


「でもさ、コレって結構イケそうじゃない?」


 春夏秋冬(ひととせ)が、タイム表を見て、目を輝かせる。


「あたしとアンディ先輩がリードを広げて、なでしこセンパイがリードを保てれば、……シリウスくんが差を詰められても、何とか逃げ切れるんじゃない?」


 ……いや、俺が足を引っ張るのは確定なのかよ、春夏秋冬(ひととせ)……。一応俺のタイムも、高1男子平均ジャストではあるんですけど……。


「いや、まだ楽観は出来ないぞ。いくら、文化部対抗リレーだと言っても……」


 矢的先輩は、珍しく難しい顔をしている。


「体育祭本番まであと2週間あまり……。これから毎日練習をして、0.1秒でもタイムを縮めていかないと……」

「うええ……毎日っすかぁ~」


 思わず声が出た。何で陸上部でもないのに、何が悲しくて毎日トラックを走り回らなきゃいけないんだか……。


「当然だろ? 我々は、文化部対抗リレー(このたたかい)、絶対に負けてはならないんだ!」

「そうそう! あたし達の部室が賭かってるんだから!」

「あーはいはい。そうっすね! ――ちょっと、二人とも、近い!」


 顔を真っ赤にしてグイグイくる矢的先輩と春夏秋冬(ひととせ)に、俺は辟易する。

 しかし、確かにそうなのだ。体育祭の一種目でしか無い筈の『文化部対抗リレー』……とても重要な位置づけにあるのだ。我々『奇名部』にとっては――。

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