田中天狼のシリアスな説得
俺は、思い悩む武杉副会長の肩を揺すって小声で言う。
「ちょっと、副会長! しっかりして下さいよ! このままじゃ、 奇名部の創部認めさせられちゃいますよ! キッパリ断って下さい!」
「いや……確かに、部活動の目的がはっきりしていないのは、実にまずい事だと思うのだが……」
副会長の言葉に、先程の勢いがない。目は泳ぎ、表情には迷いが見える。
彼は、もじもじと身を捩らせながら、かすれ声で言う。
「撫子くんにあんな風にお願いされてしまっては……。無下にもできないしぃ……」
「え――――……」
何じゃそりゃ?
先程までの、副会長としての威厳と自信に溢れた姿からの、今の彼の頼りなさげな様子との落差に、俺はあっけにとられてしまった。
が、矢的先輩がシメシメとばかりにほくそ笑んでいるのが視界に入り、俺はピンときた。
つか、コイツ、こういう展開になるのを呼んでやがったな!
……どうやら、今までの会話の流れから察するに、武杉副会長と撫子先輩、そして矢的先輩は旧知の仲らしい。そして、武杉副会長は、撫子先輩に頭が上がらない……それは確実だろう。つまり、撫子先輩が言う事に、基本的に武杉副会長は逆らえない……。
しかし、今の武杉さんは、生徒会副会長……。役員としての矜恃もあるから、撫子先輩が口添えしても、首を縦に振らない可能性はある。
だから、普通ならば、部長一人で行くところを、わざわざ撫子先輩を含めた部員全員で創部届の提出に来たのか――! 撫子先輩一人だけじゃなく、俺と春夏秋冬を加える事で、副会長の心理的警戒感を緩めさせる為に。
この流れはマズい! このままでは、あの策士の描いた通りの展開になってしまう――!
ここは、俺が何とかしなければ――!
「な――に言ってんすか!」
と、俺は声を張り上げ、副会長の両肩を掴んで、強く揺さぶる。
「アンタ、生徒会の副会長だろうが! 何を弱気な事言ってるんすか!」
「……いやぁ、そう言われても……」
なおも煮え切らない態度の副会長。俺は更に激しく揺らす。
「こーんないい加減な創部届なんて通したら、生徒会の名が廃りますよ! ここは流されないで、毅然とした態度でのご判断を!」
「――お、おい! ちょ、待てよぉ! シリウス、お前どっちの……!」
視界の隅で、何かがゴチャゴチャ言っているがそんな事には構わず、俺は副会長を勇気づけようと、必死で副会長を説得する為に、口を動かす。
「あなたがこんな事で揺らいでいては、他の生徒にしめしがつかないですよ! 生徒会選挙で武杉先輩に投票した生徒達に!」
――副会長の目から、迷いの光が失せ、力強さが戻った。彼は、
「う――、うん……それもそうだな。いくら撫子くんの頼みだとしても、こんな中身の無い内容の申請を、すんなり通してはいけないよな……。ここは生徒会副会長として、ビシッと……」
と、大きく頷いた。
彼は、「よしっ!」と、気合を入れる様に自分の両頬を勢いよく叩き、吹っ切れた顔になって、俺に笑いかけた。
「うん! そうだな! キミが、僕にかかった惑いの霧を晴らしてくれたようだ! 僕はこの生徒会のナンバー2! 毅然と、敢然と、そして堂々と、この学校の利益を一番に考え、職務を遂行せねばならぬのだ!」
「そうです! その調子でやっちゃって下さい!」
「キミのお陰だ! ありがとう! 田中…………テンローくん!」
「……………………すみませんが、そこテンローじゃなくてシリウスなんですが……」
「あ……そうかー、田中天狼くんかー! これは失敬!」
と、軽く俺に詫び、笑顔で右手を差し出す副会長。俺も、名前を間違われた事に、引き攣った笑顔でその手をガッチリと握る。
笑顔で握手する二人の男。――――嗚呼、いい最終回だった。
「…………ところで。一つ疑問なのだが……」
と、副会長が口を開く。その顔には、今度は当惑の表情がまじまじと浮かんでいる。
「……へ?」
「僕の記憶が正しければ……キミは、奇名部員として、創部届の提出の為、ここに来たのだと思うのだが……」
彼は、首を傾げて言葉を継ぐ。
「何故、君は僕に対して、頑として創部を認めないようにけしかけているのかな?」
「…………あ」
俺は我に返った。
そして、ゆらゆらと立ちのぼる陽炎のような殺気に気が付いた……。
冷や汗が噴き出し、己の顔面からサーッと血の気が引いていくのをまざまざと感じながら、恐る恐る振り返る。
全身から漏れ出る○意の波動を溢れさせながら、微笑む鬼子母神が、そこに居た……。
撫子先輩が微笑みを湛えたまま、ゆっくりと口を開く。
「…………田中くん――」
――――察した。
あ、死んだわ、俺。
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