撫子先輩のシリアスな再交渉
「すんまっせんでしたぁぁぁぁっ!」
「僕とした事が、つい我を忘れてしまった……申し訳ない……です、撫子くん」
矢的先輩と武杉副会長が、熱い焼き土下座で、頭を床に擦りつける。
つられて正座してしまった俺も、流れで頭を下げる。
「……………………えと、スミマセン」
……何で謝ってるんだ、俺?
「……分かればいいわ。もう、みんないい高校生なんだから、小学生の頃みたいに喧嘩しちゃダメよ」
撫子先輩は、ニッコリと微笑む。正に聖母マリアか菩薩の如き慈悲深き笑み。……先程の凄まじい殺気を出した当人とは、とても思えない……。
撫子先輩は、空いていた書記の席に姿勢良く腰掛け、
「武杉くん」
「あ――ハイ!」
「生徒会長さんは、いらっしゃらないのかしら?」
床の上に正座で畏まったままの、武杉副会長に問いかけた。
「ああ――。会長は別件で、外出されているが……」
「いつ頃お帰りになるの?」
「どうだろうか……。正直、どこへ行くかも言わずに、ふらっと出て行ってしまったので……僕もなんとも言えないな……」
と、武杉副会長が戸惑いを浮かべながら答える。
「そう――。なら――」
「よし! では、ここで生徒会長が戻ってくるのを待つとしよう!」
喋りかけた撫子先輩の声を遮り、矢的先輩が叫んだ。
「改めて、こんな頭の固い代理などではなく、生徒会長自身にこの創部届を提出して、直接承認を頂こう!」
「お、お前! 誰の頭が固いだと? こんなダメダメの創部届、僕はもちろん通さんし、ましてや会長が通す訳無いだろうが!」
矢的先輩の言葉に、再び気色ばむ武杉副会長。
「何を言う! 俺は、あの聡明な生徒会長サマは、どっかの副会長と違って、俺のこの熱い思いを分かってくれると信じるね! あの人は――」
「矢的くん。お口チャック」
「…………ごめんなさい」
先程の勢いを取り戻し、暴走しかけた矢的先輩を、一気に氷点下までクールダウンさせる撫子先輩の優しい一声、マジ怖え……。
さすがにチャックを実際に閉めるわけにはいかないので、口を両手で押さえて沈黙する矢的先輩。
撫子先輩は、副会長の手から、そっと創部届を取り上げると書記机の上に広げ、眉根を顰めて少し考えた後、サラサラと何やら書き加え始めた。
春夏秋冬は、撫子先輩の背中越しに何をしているのか覗き込み、「あーなるほどぉ……」と独りごちた。
そして、
「あ……なでしこセンパイ。そこはもっと柔らかな……こんな感じの、もっとお願いするカンジの表現の方が……」
「ん……そうね。――じゃあ、こうの方がいいかしら?」
「――うん! そっちの方が良いよ、絶対! その方が気持ちが伝わると思う!」
「……じゃ、こっちも変えた方が良いかしら?」
「うーん。そうだねぇ……」
と、二人で意見を交わしながら、創部届に手を加えていく。
……女子高生がふたりで、肩を寄せ合って和気藹々とする様子――イイね!
……と、俺は、生徒会室の冷たい床の上に正座のまま座らされている状況にも関わらず、和んでしまっていた。
ふと隣を見やると、副会長も俺と同じ事を考えているらしい。精悍な顔つきをこれ以上無いほど緩ませて、二人の様子に見とれている――ん、待てよ?
つー事は、傍から見たら、俺も同じく、こんな溶けたチーズのような腑抜け面をしていたって事か……。
――生徒会のメンバーが全員出払っていて、良かった。
「出来た~!」
10分程経って、春夏秋冬が言った。
撫子先輩が、書き上がった創部届を副会長の前に差し出す。
「さっきの、矢的くんが書いた『活動の内容』欄は、ちょっと言葉が足りなくて、趣旨が伝わりづらかったみたいだから、私とアクアちゃんで少し補足してみたのだけれど……」
「ほ……補足?」
「だから、もう一度目を通して頂けませんか、武杉く――武杉副会長」
そう言うと、彼女は副会長にニコリと微笑む。その笑顔は――正に天使のよう。とても、先程の凄まじい殺気を出した当人とは――(以下同文)。
そして、そんな天使の微笑をマトモに食らった武杉副会長はというと――。
「は――はひ……。は、拝見させて頂きます……」
――すっかりメロメロだ。……意識してなのか、無意識なのかは分からないが……いずれにしても、恐るべし撫子先輩。決して敵に回してはいけない人だ、と改めて認識した……。
が、創部届を受け取った瞬間、副会長は元の精悍な顔つきに戻る。さすがに全生徒からの投票で選ばれた、押しも押されぬ副会長なだけある。そこら辺のオンオフはキッチリしているようだ。
「……………………ん? ――んん? エ――っと……」
……加筆された『活動の内容』欄を読み進める内、段々と難しい顔になっていく武杉副会長。明らかに困っている。
俺は、副会長の横からコッソリと、創部届の内容を覗き見る。
文面は、こうだった。
『活動内容に関して 私達『奇名部』一同は、様々な事に挑戦する所存です。但し、具体的な内容につきましては、確たる事はまだ何も決まっておりません。私達は、日々の生活を過ごす中で、生じた興味・疑問・問題etc.に対して、誠実真摯に向き合い、解消していこうと考えております。そもそも――』
……以下略。こんな感じの文章が欄の枠一杯に、ビッシリと書き連ねられていた。
――うん? でも、これって……。
「……撫子くん。これは……、物凄く文量増やして、難しい表現を使っているけど……」
ようやく全文を読み終えた副会長が、恐る恐る言葉を選びながら口を開いた。
「――結局、余計な部分をこそぎ落としたら、要旨は『未定。まだ決めてません』で、矢的が書いてきたのと同じって事、だよね?」
撫子先輩は、困ったように首を傾げると、ニコリと微笑って言った。
「ダメ?」
「いや、ダメでしょ――!」
ツッコんだのは――俺だった。我慢できませんでした……。というか、今更気付いた。このまま『奇名部』の創部を否認されれば、俺はもう矢的先輩や撫子先輩と関わり合いにならないで済むのでは――と。
という事は、この現状は俺にとっては正に願ったり叶ったりだという事――! ここは、全力で副会長を支持しなければ――。
――って、副会長は?
「う――ん……! アリかナシかで言えば、ナシ……いや、アリ寄りのナシ――ん? 考えようによっちゃ、ナシ寄りの……アリ……いやぁ、でもさすがにコレは……でもなあ……」
オイイイイイイイイッ! 何揺らいどんねん!




