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田中天狼のシリアスな日常  作者: 朽縄咲良
第二章 田中天狼のシリアスな日常・創部編
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田中天狼のシリアスな申請

 「却下だ」


 生徒会副会長席に座る男は、ただ一言そう発すると、傍らの引き出しから、「否認」のスタンプを取り出し、朱肉に押し付けた。


「ちょ、待てよ……!」


 机の前に立っていた矢的先輩が、抗議の声を発しかけるのも無視して、振り上げたスタンプを机の上に広げられた、「奇名部」の創部届に叩きつけんとしーー!

 矢的先輩が、咄嗟に机の向こうから手を伸ばして、創部届を守ろうとする。


「オイイイイィッ! ――イッ、イデデデデデデデデデ!」


矢的先輩の抗議の声は、途中から悲鳴に変わった。振り下ろされたスタンプは、創部届をガードした手の甲にヒット。そのままギリギリと音を立てて、力の限りに矢的先輩の手の甲に圧しつけられたのだ。


「邪魔をするな、矢的」

「イデデデデデデデデデ! お前、ふざけんなよ! つーか、いい加減ハンコどけろお!」

「僕は書類に押印しているだけだ。間に何か変なものが挟まっているがな」


 涼し気な顔でトボける生徒会副会長……確か、二年生の武杉さんとか言ったかな? 体育館で生徒会選挙の演説会をした時に、やたらアツい演説をぶっていた覚えがある。

 刈り込んだ短髪が印象的な、体育会系の精悍な容姿の持ち主だ。こんな生徒会室(ばしょ)に座ってポンポン判子を捺しているより、炎天下のグラウンドで、ボールを蹴ったり打ったりしている方がよっぽど似合いそうだ。

 副会長は、やれやれといった表情で、ようやく押し付けていたスタンプをどかす。

 矢的先輩は、涙目になりながら、真っ赤になった手の甲を擦る。見ると、矢的先輩の手の甲には、クッキリと「否認」の文字が、物理的に(・・・・)刻まれていた。


 今朝、晴れて4人分の署名を揃えた矢的先輩は、放課後早々、顧問をしてもらう予定の丘元先生から、「マジで珍名4人分揃えたのかよ……」と呆れられつつ承認印をゲット。

 その足で、俺達3人を引き連れて、意気揚々とこの生徒会室に乗り込んだのだが……。思わぬ所で高い障害にぶち当たった格好だ。


「何で否決なんだよ! ちゃんと読み直せよ! ほら、顧問(おかちゃん)の承認印も押してあるし、部員も最低人数の4人をクリアしてる! 不備なんか無いだろうが!」


 顔を朱に染めて、激しく抗議する矢的先輩。

 その様子を見ながら、(何か、ポール際の大飛球のファール判定に対して、審判団に猛抗議するプロ野球監督みたいだなぁ……)と、蚊帳の外に置かれた感のある俺は呑気に考えていた。

と、


「……不備は無い……だと?」


 矢的先輩の言葉に、武杉副会長の眉根がピクリと動く。

 彼は、矢的先輩の手から創部届を奪い取ると、その目の前に突きつける。


「ココを良く見ろ! ココ! 『部活動の内容』欄! 何だコレ! 『未定。後で考えま〜す』って? コレが不備じゃなくて何が不備だって言うんだよ⁉」

「…………テヘペロッ★」

「テヘペロ★じゃねえよ! 舐めとんのかキサマァッ!」


 事務机越しに、矢的先輩の胸倉を掴む武杉副会長。


「しょーがないじゃん! マジで何やるかまだ決めてないんだから! 寧ろ、上辺の言葉で取り繕おうとせずに、未定って書いた、俺の実直さを評価して、気持ち良く承認印をポーンて押してくれよ!」

「な〜にが実直さだ! 適当の権化の様なお前が言うなぁ!」


 矢的先輩の(本人は無意識なんだろうが)挑発するような言葉に更にヒートアップする副会長。

 これは……流石に呑気に傍観している場合じゃないか?


「ちょっと、二人とも落ち着いて下さい! こんな所で掴み合いなんかしたら、危ないですって!」


 慌てて、ヒートアップする二人の間に割って入る俺。が、


「「邪魔!」」


 いがみ合う二人が、奇跡のように息ピッタリのタイミングで、俺を押し退けた。


「うわおああっ!」

「わ! シリウスくん、大丈夫?」


 押されて尻餅をついてしまった俺を、慌てて助け起こしてくれる春夏秋冬(ひととせ)。……格好悪い所を見せてしまった。


「あ……ありがと、春夏秋冬(ひととせ)さん。……ちょっと危ないから、離れてた方がいいかも……」


 これじゃ、掴み合い以上の大喧嘩になる。春夏秋冬(ひととせ)を巻き込む訳にはいかない。

 俺はもう一度、ふたりに、


「ちょっと! 二人とも――」

「…………いい加減にしなさいな、二人とも」


 凍った。

 鈴を転がす様な声色の、たった一言に。

 この生徒会室の空気も、俺の心臓も、取っ組み合いをしている二人の動きも……。


「もう小さな子供じゃないんだから。貴方達が暴れて、アクアちゃんが怪我でもしたら――どうするの(・・・・)?」


 撫子先輩が、ゆっくりと、静かな口調で二人に言う。表情は、冬の湖面の様に物静かな、いつもの撫子先輩のそれで、口調もいつもの穏やかなそれだったが……彼女の雰囲気は、阿修羅をも凌駕しそうな、圧倒的な殺気を湛えていた。


 矢的先輩と武杉副会長、そして何故か俺も、気付いたら生徒会室のひんやりと冷たい床の上に、神妙な顔で並んで正座していた……。

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