二人暮らし
窓の外では沈沈と降る雪が一つ、また一つと外窓に張り付いては溶け、窓下のレールを満たして部屋に冷気となって侵入してくる。
僕は窓際のソファに座って灰色がかった冬の空を眺めていた。
夜中から続いた雪は朝の間少しだけ勢いを弱め、昼前辺りからゆっくりと勢いをまし、今では大雪となって札幌の街を覆い尽くそうとしていた、そのせいで窓から見えるはずの背の高いビル達が縦横無尽に飛び回る白い妖精達にかき消されている。
今は何時だろうか、もう太陽を見つける事も出来なくなった空を見上げながら時計のないこの部屋で僕は彼女が起きるのを黙って待っていた。
染めた髪が傷んで見えないのは毎日ヘアメイクのために美容室を訪れるからだろうか、不規則な生活でもモデルのようなスタイルを維持できているのは日課のジム通いのおかげなのだろうか。
ただ少し残念なのは1日のほとんどをヒールの高い靴で生活してるから足の形が少しだけ不恰好で、裸足で歩くと途端にブサイクになってしまうだろう。
僕と彼女が出会ったのは半日ほど前か。
会社の新年会で酔った僕が同期の友人と勢いで行ったニュークラブ。
待合室には他に客が何人か居たのを覚えてる、一人奥の方に座った二十代と思われる青年が一人、この後もどこかへ梯子するのか案内所のチケットを何枚も持っていた。
その向かいに三人組の少し訛りのある男たちがビールを飲みながら喋っている、こんな時期に観光だろうか。
そして最後に入った僕たち三人。
友人が指名の女の子がいたので殆ど待つこともなく、黒服のピアスがちょっと厳ついお兄さんがやって来て他のお客さんより先に案内してくれた。
訛りのある客がなにか文句を言っていたのは覚えているがなんと言っていたのかは定かではない。
空間の割に少し小さめのテーブルを挟んでソファが向かい合ってるボックス席に案内され、指名のある友人が上座に一人でんと座り、下座に僕ともう一人の友人が座る。
程なくして指名の女の子が「え〜来てくれたの?ありがとー♡」みたいな使われ過ぎて逆に新鮮味さえ覚えるセリフを叫びながら黒服と一緒に小走りでやってきた、僕はその時よくそんな靴で小走りなんて出来るななんて思った気がする。
そしてその女の子が三人にそれぞれ「何飲みますか?」なんて聞いてからお酒を作ってくれた、三人で乾杯したあと女の子が「一緒に飲んでも良いですか?」なんて聞くもんだから指名客の友人が「好きなもの飲みな」なんて格好をつけるが大概の女の子は男の財布事情を知っているようで黒服さんに茶水をオーダーする。
そして黒服が女の子の飲み物と新しい女の子を二人つれて現れ、一人は僕と隣の友人との間に、もう一人は僕と通路の間に、どうやらこういうお店は一人でカウチに座るより二人で座った方がお得らしい。
こんな事言いたくはないがあまりモテてこなかった僕としては両側に座る煌びやかな女の子二人にうまく視線を合わせられない。
戸惑っているのがバレたのか他の人には聞こえないくらいの声で僕に付いてくれた女の子が「照れてるの?」なんて聞いてくるから僕は目の前のウーロン茶割りを一気に飲み干して彼女の方を向きなおる。
なんて、綺麗なんだろう。
心臓が止まるかと思った。
「カナです。」
渡された名刺を食い気味に受け取り、代わりに僕の名刺を渡した。
がっつき過ぎだよって笑われてしまったけれど、その笑顔が豪華な店内に馴染んでとても高貴なものに見えた。
一目惚れだったのだろう、ほかの友人達の事なんて見えなくなるくらい夢中で会話をした、もう、なんの話をしたのかも覚えてない、ただ最後にアフターに誘ってオーケーして貰えた、それだけは覚えてる。
帰り際に絡められた彼女の細い指の感覚が今も僕の指の間にくっきりと残っている、ドキドキして危うく卒倒するところだった。
店を出てから彼女の店の営業時間が終わるまでは友人達と近くの居酒屋で待機していた。
何時だっただろうか、私服に着替えた彼女が笑顔で手を振りながら居酒屋の中へ入ってきて、僕はもう一度ときめいた。
店を変えて数時間、楽しく会話をしながら飲んで食べて、やがて帰る雰囲気になり友人達と別れ、タクシーを拾おうとした時、後ろから彼女の声がして振り向いた。
それからどうしただろうか、確か二人で飲み直したんだと思う、僕は彼女の可愛さと背伸びして飲んだ強い酒に酷く酔わされて、そこから先の記憶がない。
そして目を覚ましたとき、見知らぬ部屋のソファに横たわって彼女がそれに付き添うように眠っていた、おそらく彼女の部屋なのだろう、中心部から少し離れているとはいえこれだけ広い部屋なら結構するのだろうかなんて考えつつも昨日は一線を越えられなかったのかと少し残念がってみたりもした。
そしてやがて彼女が目を覚ました、おはようと微笑みながら僕の頭を撫でる彼女から感じたのは昨日までとはまた違う、母性を感じさせる微笑みだった。
時を刻む程に変わる彼女の表情に僕の心は抵抗出来ずにどんどん絡め取られていく。
歯を磨いて顔を洗い、昨日の化粧を落としてシャワーを浴びる彼女、「見ないで!」とか言いながらバスタオル姿で居間を駆け抜け寝室に逃げ込む彼女を僕は愛おしく思った。
部屋着に着替えた彼女はまた新鮮ですっぴんなのにはっきりした顔立ちで、ああ、やっぱり美人なんだなと僕は再確認した。
起きてから経った時間を考えるとそろそろお腹が空く頃だろうか、彼女が出前を取ってくれるらしい。
慣れた感じでピザ屋の店員と話す彼女をみて意外と庶民的なんだななんて思ったけれど、よく考えると僕は独り暮らしをはじめて働き始めてからピザなんて頼んだ事あっただろうか?ピザは意外と値が張るし、実は友達と割り勘で頼んだ事しかないかもしれない、二十代も後半に差し掛かった僕だが二十歳そこそこの女の子とのいろいろな感覚の違いにちょっと戸惑ってしまった。
いや、ダイエット要らずな彼女の体を見るに一人で頼んでると思うのは失礼だったかもしれない、そんな事を考えていたらいつの間にか彼女がこっちをふくれ顔で見ていた。
ごめんごめん。
ピザ屋さんが来るまで天気のせいで一時間と少し掛かるらしい、その間に彼女は年相応の可愛らしい女の子から艶やかな大人の女性へと変身する。
程なくしてピザが届き僕たちはようやく食事にありついた、陶器のような滑らかな指に宝石を埋め込んだようなネイルがピザを国民食から日本の高級イタリアンレストランで何故か出される家庭料理くらいには価値が跳ね上げられた気がする。
信じられないくらいの量の油とドロドロに溶けたチーズが彼女の高級料理しか受け付けなさそうな小さめの口に滑り込む、指についたチーズを舐める仕草がとても艶かしかった。
ピザを半分ほど食べ終わったころ彼女はスマートフォンの時計を確認して、もう時間かと呟く。
ピザは意外とお腹に溜まるらしく、残りは明日、チンして食べる事にした。
彼女が外行きの服に着替えて軽く僕にキスをして行ってきますと微笑んだ。
僕は彼女の可愛さに驚き過ぎて疲れてなのか、胸がいっぱいになったから眠くなったのか、おそらく両方だろう、そして僕は目を閉じた。
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ガチャリと鍵を開けて部屋に入る彼女は僕にただいまのキスをする、それで目が覚めてしまった僕は、明日の仕事の支度をしなくちゃと家に帰ろうと思ったのだが、彼女が帰ってきたままの姿で僕に抱きついて離れない。
可愛いけれど、僕も仕事がある、不満に思いもしたけれど、彼女が寝るまでは我慢してあげようと思った。
そして彼女が僕に話しかける「私とずっと一緒にいてほしい」「私が養うから仕事も辞めて、ずっとここにいて?」そう言って泣きながら僕を強く抱きしめてきた。
仕事を辞めるかは少し考えたいところだが、明日仕事サボろうかなと彼女の可愛さに流されてしまう僕だった。
そして少しの微睡みの時間は終わり、二度寝を始める僕と泣き疲れて眠る彼女。
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何時間寝たろうか、彼女は先に起きていて、昨日のピザを温めなおして食べていた。
僕が起きたのに気付いて彼女が我慢出来ずに先に食べちゃったと笑顔でごめんのポーズをしてきた、可愛過ぎて心臓が止まってしまう、この人は何度僕を殺すつもりなのだろうか、少なくとも昨日、今日でその可愛さに14回は殺されてるだろう。
今日の彼女は既に化粧を済ませてしまったみたいで、なんだかいろいろ損をしてしまったなと昨日の出来事を思い浮かべる。
しばらく二人で彼女が録り貯めたお笑い番組や深夜アニメをぼーっを見てあれやこれやと会話をしながら幸せな時間を過ごした。
ふと気付いた時には空はもう深い藍色で、もう何時間かしたら彼女はまた仕事に行ってしまうと思っていたら彼女がもうコートを羽織っていた。
振り向いた彼女が僕を見るなり、言い忘れたように今日同伴出勤だったんだと告げて、暇だと思うからテレビ見てて良いよとテレビを点けっぱなしにして彼女は出て行った、簡単な気遣いは出来るようだが、彼女の美貌がその簡単な気遣いをとてつもない親切に感じさせる辺り、僕も大概だとおもう。
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気付いたときにはもう彼女はお決まりの体制で僕に抱きついて寝ていた。
テレビは点けっぱなしになったまま、そういえば僕も寝落ちしてしまったみたいだけど、彼女もそのまま寝てしまったのかな、なんだか可愛いなと思ってから僕ももう一度寝る事にした。
なんだろう、最近すごくだらけきってるみたいだ。
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おはよう!おはよー!
元気な呼びかけにようやく目が覚めた僕は赤く染まり始めた空に気付いて焦る。
流石に会社に行かなきゃ行けなかったのだが、焦っている僕を見て彼女が会社の人と電話してくれたらしい事を教えてくれた。
「あなたの事出せって言われたから困っちゃって、あまりしつこかったから辞めさせますって言っちゃった、ごめんね、さすがにキモいよね」なんて言って謝って来るが流石にそれはやり過ぎだよと僕も怒った。
しばらく許さないぞと決意を固めたがなんだかんだ可愛い彼女には甘くなってしまう僕はその日の夕食までにはすっかり機嫌が直っていた。
彼女は今日仕事が休みで借りてきたDVDを二人で夜通し見る予定だ、僕もなぜかニートになった事だし朝寝坊の心配なんてもうしなくていい。
おっと、それは言わない約束だった、彼女に睨まれてしまった、ごめんて。
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なんだか疲れてるのかな、昨日は二人で映画を見て過ごす約束だったのに、途中で寝てしまった、きっと怒ってるだろうな、彼女が帰ってきたら怒られるだろうか。
彼女は今日お店の友達と出かける約束をしてたらしく、昼前には出かけて行ったらしい、不覚にもちょうど僕が起きたのと彼女が出て行ったのがほぼ同時だったらしく、ガチャリと鍵を閉める音だけが聞こえた。
行ってきますのキスの感触を逃してしまった。
まぁ、怒っていたならキスされなかった可能性もあるけれど、それは考えない事にしよう。
ともあれ彼女を宥めるためになにか掃除とかしといた方が良いだろうか。
なんて考えながら延々とリピート再生してる映画が映されたテレビモニターをずっと眺めていた。
今日はやたらと部屋のインターフォンがなる、ここは僕の家じゃないから、出て良いものなのだろうかわからない、最近じゃすっかり定位置になった寝心地の良いソファの引力が僕のやる気まで引きずり込むものだから今日はこのまま居留守でいいかな。
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おはようという彼女の呼びかけに、今何時?と答えて、16時。
あれ、そんなに寝てたのか、どうやら昨日もぼーっとして終わっちゃったみたいだな、本当に僕はあっという間に堕落してしまったな。
無遅刻無欠勤の真面目な会社員時代の僕は、将来こんな状況になるなんてぜんぜん考えてなかったな、なによりニートになんてなりたいとも思わなかったけれど。
彼女が今日は仕事休むと言いだした、仕事も仕事だし、心的披露は会社員の僕なんかにはわからないところだな、あまり無理をしないでほしいな。
その日は彼女が僕に抱きついたまま、泣き疲れて眠るまで慰めてやった。
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今朝は多分ほぼ同時に起きたのかな?僕が目を開けたと同時に彼女が僕の方を上目遣いで見つめてきた。
今日も彼女は仕事を休むらしい、大丈夫なんだろうか?夜の仕事は休むとペナルティーがあるって言うけどちゃんと計算してるのかな?
これはやっぱり男の僕が働きに出ないとだめかな、元の会社に頭下げてもう一度雇ってもらえないだろうか。
そう思いながらも抱きついて甘えてくる彼女を見て、まぁそれは明日からでもいいかな、なんてニート根性が染み付いてしまったみたいだ。
こうやって男女二人が堕落していく恋愛なんて昔の小説みたいだな、物語だとお洒落だけど、現代日本でそれを実践するとなると、やっぱりちょっと情けないけど。
僕がこんな事になってるなんて友達には言えないな。
あれ、そういえば僕の携帯どこいったんだろ?音ならないけど電源切れてるのかな?
そういえば今日も来客が多いみたいだけど、彼女は僕のそばを離れようとしない、どうやら居留守は正解だったみたいだな。
窓を締め切っているせいで部屋の中に渦巻いている不快な空気と近くで嗅ぐ彼女のむせ返るような甘い香りが僕の鼻孔に届くまでに混ざり合って、鼻腔でさらに芳香剤の香りが混ざって刺激が強いのに心地よい、そんな不思議な匂いに変わって僕の体を内側から溶かしていくようだった。
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あれからの記憶がぱったり消えているあたり、また寝てしまったのかな、なんだか寝てばっかりだな、たまには運動しなきゃな。
そう思ってるとまたインターフォンが鳴り響き、そのせいで彼女が起きてしまった、彼女は朝からうるさいねぇなんて言いながらまだ夢見心地だった。
可愛いなあ。
なんだか玄関の外から声が聞こえたけど、彼女は無反応だし、もしかしたら悪質な来客なのかもしれない、宗教の勧誘とかそういうやつ?
僕たちは二度寝をして昼前にもう一度目を覚ました。
今日は清々しいくらいの青空で、窓から見る景色はとても気持ちが良い。
今日は気分転換に彼女と散歩でもしようかな。
そんな事思ってるとまたインターフォンが鳴った。
もう、ここまで多いとなにか緊急の要件で来てるんじゃないかと不安になる。
僕は彼女に対応するように促すけれど彼女は面倒くさそうな顔をして動きたがらない、困った人だなぁ。
そのうちもう一度インターフォンが鳴って、今度は中に呼びかけてきた、彼女の名前を呼んでいるようだ。
もしかしたら彼女の仕事先の人が心配して見にきてるのかも、彼女お店に電話もしないで休んだりしたしな。
彼女は名前を呼ばれて堪忍したのか、深いため息を吐いて玄関へ向かう。
そんな後ろ姿をみながら、やっぱり裸足で歩くとブサイクだな、なんてちょっと笑ってしまった。
玄関から会話が聞こえる、お店の友達だったのかな?
だんだん言い争うように声が大きくなってきて、僕は心配になりつつも部外者なので触れないようにしよう。
彼女の泣き叫ぶ声が聞こえて、僕はさすがに行かなきゃと思ったけれど、そう思うと同時に玄関へと続く廊下のドアが開いて、紺色の服を着た人たちとスーツのおじさんが入って来た。
え?警察?
彼女、なにかしたの?
警察の人たちが口にハンカチを当てながら僕の方を指す、若い女性警官もいて、他の警察官の陰に隠れるようにして苦い顔をしてる。
スーツのおじさんが僕の方ににじり寄ってくる。
まさかこのソファの中に大量の覚醒剤とか?
おじさんが僕の顔をそっと撫でて布をかけた。
なんの冗談だろうか、めちゃくちゃ写真撮られてるし、フラッシュモブ的なやつか?
いや明らかに違うか、良い加減にしてくれって僕は布を避けようとしたけど腕が動かない、そりゃそうか、もう皮膚の外側が腐りはじめてる。
警察の人たちが僕を連れて行こうとする、大丈夫自分で歩けますって無理か、足ももう機能しなくなって久しい。
運ばれて玄関から出た時、彼女が警察に肩を掴まれながら泣いてるのが見えた。
どうして、手錠されてるの?待ってよ、お巡りさん!何かの誤解です、彼女は悪いことなんて出来る人じゃありません!
あれ、おかしいな、声が出ないぞ?さっきまで彼女と会話してたのに、なんでこんな大事な時に声が出ないんだろう、どうして唾液が出ないんだ?口の中が乾いてるせいか張り付いて動かないよ。
僕の訴えは周りの人に聞こえないまま、彼女との距離がどんどん遠くなる。
そんな、こんなのってあんまりだ。
だから僕は誓った、必ず彼女の無実を証明してみせる。