夏休み、始まり
期待を胸にここ三日間、やりたい事をやりたいようにやった。とはいえ、中学生にできることは限られているし、ましては一人でやれることなどたかがしれている。
俺は、絵を描くのが好きだ。人の絵はもちろんアニメ調でも現実的なデッサンも描ける。けど、一番描いていて楽しいのは、風景画だった。本当なら外に出かけ風景画を思う存分描きたい。しかし、そんな気力をこの夏の暑さが奪っていく。クーラーがガンガンにかかったリビングから出ることさえも億劫になってしまっている。退屈になっていた。テレビもニュースと子供向け番組、変な外国の映画くらいしかやっていないし、家事もやる気にならない。あれ、思っていたのと違う。もっと、夏休みって活気があってもいいんじゃないか。
「暇だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
誰もいない家で叫ぶ声に返ってくる言葉などない。虚しさで一人悲劇のヒロインっぽく憂鬱な表情で俺を置いていった両親を恨んだ。
なにをするにも思い立ったが吉日。俺は朝から庭に出ていた。なんの変哲もない庭だ。母親が趣味としてやっているガーデニングで彩られた庭を今日は描こうと思う。
その前に一日一回頼まれている水まきをし、今日も今日とて照りつける太陽の恵みと朝の心地の良い風を感じつつ、用具を取りに庭の隅にある7畳くらいの倉庫へ向かった。
少し地面を削り半地下になっている倉庫はひんやりと涼しい。釣りの道具やらバーベキューの道具やらアウトドア好きの父親の私物が整理整頓されて置いてある。まあ、整理整頓しているのは普段倉庫に出入りしている俺なんだけどね。
そんなことを独りでに思っていると気配を感じた。棚のせいで見えないものの絶対に何かいる。それになんだか倉庫の奥の方が荒れている気がする。
「誰かいるの?」
と、震えた声をかけてみるも反応がない。
俺は一人っ子だし、両親も旅行でいるはずがないので、誰もいるはずがない。せっかくの夏休みにこんなハプニングに合うなんて運が無さ過ぎる、と悲観的になる。
実は、庭の奥の方にある倉庫なので、普段鍵を掛けていない。無用心もいいところだが、今までこの地域の治安がいいため、泥棒になんて入られたことがなかった。自然に腕に力が入る。全身が強ばっているのを感じる。近くに置いてある小さなスコップを片手に気配の正体を確かめるべく奥へ入っていく。
先手必勝、俺はスコップを振り上げながら気配に向かっていった。
「うらああぁぁぁ、あ?っとっ、うわあああ」
気配の正体を見た瞬間、咄嗟に勢いを殺そうとしたが時既に遅し。
その人物に覆いかぶさるように転んだ。下に父親の寝袋がひかれてなかったら一大事だった。スコップは壁に当たり、ガッシャンと音を立てて地面に落ちた。勢いを殺したおかげでこっちまで返ってきてはないが何か壊れる音もした。
そんなことより俺は下敷きになっている人物に夢中だった。柔らかい。少し、いい匂いがする。顔が、唇が、数センチ顎を動かせば当たる位置にある。動けないでいた。このまま時が止まる気がした。
「重い。どいて」
心地の良い声がし、俺はとっさに立ち上がった。
「ご、ごめん」
立ち上がり、改めてその人物をみる。また時間が止まったように動けなくなった。