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石影の花

作者: 夏生秋人

 彼女は突然現れ、突然消え去った。




 当時小学生だった結理ゆうりは、両親の離婚騒動で埼玉県の自宅を離れ、騒動が落ち着くまで岩手県の遠野市にある母の実家に一人預けられていた。一人っ子であった母には田舎特有のしがらみが多く(さらに本家筋であった為)、関東出身の父親は結理が生まれて間もなく母の家に不満を呈すようになり、離婚はまさしく時間の問題であった。しかしながら結理自身、幼いころからカサカサの枯れ葉のような家族交流でヒネはしなかったが、常にテンションが低い自他共に認める枯れ枝男子(当時のクラスでのあだ名は“菩薩”である)として育ってしまい、その為離婚に関して特に悲観もしていなかった。


(みんな、ヨノナカに期待しすぎなんだ。ジンセイ希望1割、諦め9割だ。)


 そうして、まるで排ガスという悪意で未熟なまま立ち枯れを起こしたブナのように老成した少年は、実家の裏山に祀られていた“石”の前で衝撃的な出会いを果たす。

 文字通り衝撃的だった。外套をまとった異国の少女が石より現れ出で、頭から結理の顔面にぶち当たったのである。幸い骨折はしなかったが、結理の鼻から噴出した鼻血は容赦なく少女へ降りかかり一時その場は大狂乱に見舞われたが、そこは枯れ枝男子、すぐに冷静さを取り戻し少女に言葉を掛けた。


「鼻血かけてごめんなさい」


「◎△$♪×¥●&%#?!」


「謝罪すらできない!!!」


 言葉は通じなかった。結理はそれまでの人生を凝縮しても足りないほどの困惑を味わいながら、ひとまず祀られた石のさらに奥にあった山小屋に少女を匿った。実家の祖父母はなかなかにイヤラシイ人種であった為(ここは父に同情する)、祖父母を頼ることは考えなかったが、祖父母の家にあるあれこれは頼ることに決め、布団、食料、衣類等をありがたく頂戴した。少女は生野菜だろうが冷や飯だろうがモリモリ食べ、結理に餌付に似た感覚をもたらし「ユーリ、ユーリ」とけなげに自分の名を呼ぶ姿は非常にクるものがあり、結理がいささか幼い劣情を催したのもやむない。

 少女は、既知の時代からの来訪者ではなく、未だ人類が知覚しえない世界からの異邦人であった。少女にせがまれて古い巨木の枝から杖を削りだし、少女に与えると、たちまち彼女の言葉が分かるようになった。彼女は杖を媒介して“理術”を編んだという。言葉を通じた二人は(真っ先に鼻血について謝罪した)次第に親しくなり、1日1日の長い時間を一緒に過ごした。結理は彼女から、恋心を貰った。結理にとって全てが初めての体験だった。

 結理は大学生になった今でも、彼女の透き通るような金色の髪と、目を細めころころと笑う笑顔を思い出す。



彼女は唐突にいなくなった。

何もかも残したまま。結理の心にすら、置きっぱなしで。



 後から分かったことだが、山小屋からさらに奥に行ったところに巨石があった。祀られていた石の母石で、この地方では昔から母石を通して“山人”が現れるという。彼女は元の世界に帰ったのだろうか。




 数年後、大学生となった結理は、数年前と変わりない彼女と再会する。彼女の世界で。奴隷の少女と、傷ついた少年、すべて諦めた高貴な少女と一緒に。


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