フロンティア
「なあ、これ調子悪いんじゃねえの?全然、頭良くなんないんだけど。相変わらず、俺はホッブズどまりですよ。」
トイレから帰ってくると、杉山が女性に『イコライザー』を突きつけているところだった。
「ですから、そういう装置じゃないと何度も説明しているじゃないですか。」
「いや、俺は全てを投げ出して、能力を明晰な頭脳に割り当てた。なのに、俺は相対性理論を論破できそうもない。ん?ということは、相対性理論は間違ってないのか?というか、能力全部、頭脳に割り当てたら、俺しゃべることもできないんじゃね?俺、現在進行形でしゃべってるけど。」
それを聞いた女性は、何かに気がついたのか、杉山の手の中にある『イコライザー』をひったくった。落ちてくる髪を乱暴にかきあげ、必死に『イコライザー』を操作する。それを、杉山はストローでメロンソーダを啜りながら眺めている。
「おー、蛍、帰ろうぜ!『イコライザー』、やっぱ詐欺だったわ。俺は、フェルマーの最終定理を残された余白で証明できそうもありません。」
杉山は、こちらに気が付くと、手を挙げ立ち上がる。
「ちょっと―」
女性が腕を掴む。杉山は女性と目が合う。女性は、まるで親の敵でも見るような目で杉山を睨みつけていた。
「え?何?もしかして、会計?おごってくれるって言ったじゃん。メロンソーダか?メロンソーダの分か?」
両手を上げる勢いで、女性の手は杉山の腕から離れる。女性は、驚いたように目を見開く。女性は再び杉山の腕を掴む。
「いや、俺、金持ってきてないんだわ。蛍に頼んで。」
杉山が、そっと女性の手を外す。手を外された女性は、俺と目が合うと、今度は俺の腕を掴む。
「なに?そんなにまずかった?メロンソーダって、いつ高級品になったんだ?」
女性は、力いっぱい俺の腕を握ってくる。確かに、傍から見るとそう見えないこともない。
俺は、静かに女性の手をはずす。女性は、脱力し、そのままその場に崩れ落ちそうだった。
「すまん。」
俺は、女性に背を向け、そのまま出口に向かう。扉を開けると、杉山が小走りで追いついてくるのが分かった。
「久しぶりに俺んちでゲームしようぜ。高校時代みたいに、みんな呼んでよ。」
杉山が、白い息を吐きながら、意味もなく俺の前に出る。コートのフードのファーに、長い後ろ髪が乗っているのが見えた。
「今日か?」
「ダメなのか?俺は、おまえを救ってやったのに。」
杉山は、振り返るとイタズラじみた笑みを浮かべる。まるで、少年のような純粋なその笑顔は、高校の頃から変わっていない。俺の日常が崩れそうなとき、いつもこいつがいて、そんな顔をしていた。
しょうがない、付き合ってやるか。そんなとき、俺はいつもそう思っていたが、今思えば、そうじゃなかったのかもしれない。『イコライザー』。その単語が思い浮かぶ。
「分かった。」
「じゃあ、決まりな。一成には声かけといたから、あとはよろしく。」
「あとはよろしくって、何人呼ぶつもりなんだ。」
「いいんだよ。こういうのは、大勢いたほうが楽しんだよ。」
杉山が身体を震わせ、楽しそうに笑う。本人は気がついていないが、これは最上級の喜びの表現だ。動物みたいに分かりやすいやつだ。
『今日も明日も変わりゃしない。そんな泣き言は、もう飽きた。』
何かの歌詞なのか、杉山がそう歌う。後ろを歩いていた俺には、通行人が何人か杉山を振り返るのが見えた。
太陽の沈んだ街の交差点で、冷えた風が杉山の後ろ髪を揺らす。こいつの後ろ姿を、俺は今まで何度も見てきた。
足を踏み出し、なんとなく杉山の横に並ぶ。すると、杉山はまた身体を震わせ始めた。
―了―
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
今回、『イコライザー』というテーマで書いてみたのですが、恥ずかしながら、そもそも、『イコライザー』というものがなんなのかを把握していないまま
書き上げました。
そんな経緯もあったので、『イコール』にするものかな、と漠然と考え、音楽編集で使った『イコライゼーション』を踏まえて、『イコライザー』という架空の装置を作ってみました。
拙い文章ですが、楽しく書かせてもらいました。また、こんな短編を書いてみたいなと思います。
ちなみに、今回の物語は、以前投稿した『ホタルイカ』のスピンオフとして書いてみました。よろしければ、そちらの方も読んでみてください。
それでは、またどこかでお会いしましょう。バイバイ!




