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「教通様が墓をつくられた話」~古今拾遺物語より~

作者: 大山哲生

紫式部の墓をめぐる、私の解釈です。

   「教通様が墓をつくられた話」~古今拾遺物語より~   作 大山哲生

今は昔、長暦四年(1140年)の桜の季節も過ぎた頃、藤原教通(ふじわらののりみち)様はどことなくふさぎこんでおいでのように見えました。内大臣の職におつきになって長いので仕事の不安ではないようです。

 地方からの使者とお会いになったあとなど、深いため息をおつきになって部屋へこもってしまわれるのです。

 周りの者が、教通様の機嫌をなおしてもらおうと蹴鞠の会を催した時も、縁側に出てご覧になるだけで、加わろうとはなさいませんでした。

 教通様のご機嫌がすぐれないのはどうしてなのか、一介の女房である私にはわかりませんでした。

 ある日のこと、私が教通様の部屋のお香をとりかえるために参上したしましたときに、教通様はこうおっしゃいました。

「我が娘の生子を後朱雀帝の女御として入内させて四年経つのに、いまだ皇子に恵まれん。どうしてだろう。これもなにかの祟りなのか」

 私は、教通様がなぜふさぎこんでおいでなのかがこのときわかりました。

 後朱雀帝と生子様の間に皇子が誕生したなら、教通様のご威光はもっともっと強いものになっていくのです。藤原の氏長者(うじのちょうじゃ)の継承はもちろん、その皇子が帝になられたなら教通様は外祖父として絶大な権力を持つことができるのです。

 その皇子がなかなか生まれないことに教通様はかなり焦っておられたのでした。

 教通様は、陰陽師をお呼びになり、

「我が娘生子に皇子が生まれない。これはなにか祟りをなすものがあるのではないかと思う。それを占ってみてくれ」とおっしゃいました。

 陰陽師が言うには、「愛欲の強い者が地獄で苦しんでおり、その苦しみが生子様に祟っていると思われます」

「愛欲の強い者とは誰だ」と教通様はお聞きになりました。

「愛欲について最も強い言霊(ことだま)つまり最も強い言葉を残した人物です」

「はて、最も強い言霊を残した者というと……源氏の物語を残した越後守為時女(えちごのかみためときのむすめ)か」

「さよう。あの藤式部こそ最も強い言霊を残した人物」

「藤式部は、物語の中の紫の上の名にあやかって宮中では紫式部と呼ばれておるが」

「その紫式部が地獄で苦しんでおります。これをお救いになれば、生子様への祟りも解けましょう」と陰陽師は言いました。

「ところで、地獄で苦しんでいる者を救うというのはどうすればいいのじゃ。式部相手に寺院を発願するのも大層じゃ」

「昔、小野篁(おののたかむら)という者がおりまして、昼は宮中で働き夜は地獄で働いておりました。藤原良相(ふじわらのよしみ)が小野篁のはからいで生き返ったという話もございますゆえ、紫式部の墓と隣り合わせに小野篁の墓を作れば、きっと篁も式部を極楽浄土に導くことでございましょう」

「それはよい考えじゃ。さっそく社をつくって墓をふたつ並べよう」と教通様は膝を打って明るい声でおっしゃいました。

陰陽師はあわてて「ただし、小野篁は嵯峨帝の悪口を言って島流しにされたこともあり、今でもあまり評判はようはござらん。社などは建てず、人知れず隣に墓を建立するのがよいかと」と言うのです。

 それまで女房は死後卒塔婆が立てられるのが常で、墓を作られることなど異例でございました。それでも教通様は紫式部の墓をかつて淳和帝が離宮として使われていた屋敷 (現在の堀川北大路下がる西側) の隅にお作りになられ、並べて小野篁の墓を作るようお命じになりました。

二つ並んだ紫式部と小野篁の墓の法要もすんだころには、教通様はもとのような快活な教通様に戻っておいででした。

 しかし、後朱雀帝の女御として入内された生子様が皇子をお産みになることはありませんでした。

 教通様は、その後藤原の氏長者をお継ぎになられましたが、すでに藤原摂関家の権勢には陰りが見え始めていたのでございました。


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