予想外
無事、アナスタシア殿下へのプレゼントが買えましたので・・・。
「では、ジェラートのお店に行きましょう!」
と、ルークが言いました。
待ってました!
「イェイッ!」
私は拳を突き上げながら、声を上げました。
「・・・キャス。それは何?」
リバーは怪訝な顔をしています。あ、嬉しさのあまり変なことを口走ってしまいました。
「な、何となく・・・?」
私は首を傾げます。説明のしようがないです。
「リバー。カサンドラ様ー。行きますよー」
ルークが手を振っています。引率の先生のようです。
「あ、あの店です」
ルークが黄色い屋根のお店を指差して・・・。
「・・・」
私は思わず足を止めてしまいました。
そんな私に気付いたリバーが振り返って、
「・・・キャス。これくらいの坂でそんなに絶望的な顔をしないでよ」
ジェラート屋さんは坂を上ってすぐの所にあります。
そう言えば、私、この世界に生まれてから、坂道を上ったことなんかありません!ひぇー・・・。
「さあ、行くよ」
と、リバーが私の手を引きました。
よし!頑張りましょう!ジェラートが待っています!
私は歩を進めながら、
「苦難の先にあるジェラートは最高の味でしょうね!」
楽しみです!
「ふふっ」
ん?
先を歩くシュナイダー様の肩が震えていました。笑ってます?
「あ、ルーク。なんか変なことしたでしょー」
シュナイダー様の隣を歩いているルークの背に向かって言いますと、ルークはちらりと私を見て、
「自分は普通に歩いてるだけですよ。カサンドラ様はご自分の言動を振り返って下さい」
「ちょっと、リバー、聞いた?ルークったら、何でも私のせいにするのよ?」
「まあ、大抵(シュナイダーが笑うのは)キャスのせいだよ」
「なぬっ?!」
すると、更にシュナイダー様の肩の震えが大きくなります。
私のせいですか?私、何か変なことを言いましたかね?
まあ、シュナイダー様が笑ってくれるなら良しとしましょう。
その後、何とか坂を上って、
「ありがとうございます!」
ジェラート屋さんの店員さんから、オレンジジェラートを受け取りました。ぎゃー!美味しそうですっ!
ちなみにリバーはストロベリー、シュナイダー様はカフェオレ、ルークがバニラです。
ジェラート屋さんは店内で食べることが出来るようにテーブル席がありますが、残念ながら、満席でしたので、仕方なく、店の外で食べることにしました。
街行く方々は歩きながら食べていますが、私たちは貴族令嬢、令息として、何となくそれが出来ず、立ったまま食べています。
・・・にしても、疲れました。私、こんなに歩いたのは初めてです。おまけに坂を上ったのですからね。今日は良く眠れそうです。
ジェラート屋さんのお隣りはまだ開店していませんが、どうやら飲み屋さんのようですね。
私はその店先に置いてある私の肩くらいの高さの酒樽にもたれました。ふー、ちょっと楽になりました。
ですが、リバーが眉をしかめて、
「キャス、そんなものにもたれたらダメだよ」
「大丈夫よ。大きい・・・」
と、私が言いかけた時、私がもたれていた酒樽が傾きました。何も入っていないようで、軽かったのです!
「あっ!」
私だけでなく、皆がそう声を上げた次の瞬間には、支えがなくなった私は仰向けに倒れてしまいました。
私の手から離れたオレンジジェラートは、何と、私の額の上に落ちました!ぎゃあっ!一口しか食べてないのにー!
「キャス!」
「カサンドラ様!」
皆が私に気を取られていましたが、私と一緒に倒れた酒樽が・・・。
「あっ!」
ルークが声を上げます。
酒樽が坂の下りが始まるところまで、ゆっくりと転がっていき・・・。
「待て!」
ルークは駆け出すと、転びながら、酒樽を止めようとしましたが、間に合いません。
大きな酒樽が坂道を転がって行きます!だんだん転がるスピードが上がっていき、酒樽がまるで人を襲おうとするかのように跳ねながら転がって行くのです!
酒樽から逃げようと、買い物袋などをほったらかしにしてしまう人がいて、坂道に物が散乱します。
幸い、人を撥ねることはありませんでしたが・・・。
「ぎゃあああっ!」
私は悲鳴を上げました。
坂の下を一人のおじいさんが屋台を引っ張りながら、横切ろうとしています。自分に向かって、大きな酒樽が転がって来ることには全く気付いていません!
このままではおじいさんに直撃してしまう!と、思った私は思わず両手で顔を覆いました。
ところが、これも、幸いなことに、酒樽がおじいさんに当たることはありませんでしたが、屋台を突き破って行きました!な、何てことでしょう!
屋台を突き破った酒樽でしたが、スピードが落ちることはありません。
すると、一台の馬車が真っ直ぐ進んで来ていました。このままでは、酒樽と正面衝突してしまいます!
「ぎゃあああっ!馬さんがあぁぁっ!!」
私はもう絶叫していました。
どーん!と、馬さんと酒樽が激突してしまいましたが、ぺしゃんこになったのは酒樽の方で馬さんはびくともしていません。と、言うことは、魔法で作った馬さんだったんですね。よ、良かったですー・・・。
ところが・・・。
「誰だ!こんなもんを転がしたのは!」
と、怒声が上がりました。
そ、そうです!安心している場合ではありません。
道には物が散乱していて、おじいさんが引いていた屋台はもう使い物になりませんし、多くの馬車の通行を邪魔してしまいました。私はそんな大変な騒ぎを引き起こしてしまったのです。わ、私、牢屋にぶち込まれるのではないでしょうか?!
街の方たちが、腹立ち紛れに怒声を上げる中・・・酒樽が激突した馬車の扉が開きました。
降り立った人物は・・・。
「何の騒ぎだ?」
私の父でした!
酒樽を追い掛けて、坂を下りていたリバーが、父の元に走り、事情を説明します。
父は頷くと、息を吸い込み、
「お静かに!!」
と、声を張り上げました。
途端に怒声が飛び交っていたその場がしいんと静まり返りました。
「私はカーライル公爵家当主、アンドレアス・ロクサーヌ!!」
五大公爵の登場にまた辺りが騒がしくなりましたが、「この度の騒ぎで損害を受けた方は遠慮なくおっしゃって下さい!!カーライル家で全て補償致します!!お騒がせをして、大変申し訳ありませんでした!!」
父はそう声を上げると、深々と頭を下げました。
これには怒声を上げていた方々の方が逆に恐縮してしまったようで、
「いや、何ともないですから、公爵様、顔を上げてください」
と、口々に言って下さいました。
それから、壊れてしまった屋台を引いていたおじいさんと話を終えた父が、いまだに座り込んだままでいる私の元へやって来ました。
オレンジジェラートまみれにしている私の顔を見て、父は苦笑いしましたが、手をかざして、呪文を唱えます。
途端に私の顔が綺麗になりました。
「キャス」
父は私の前で膝を付くと、「もう大丈夫だよ。この街の人たちは、皆、いい人だ」
「お、おとうさ・・・」
私の目から大粒の涙がこぼれ、「ごめんなしゃーーーぃ!!」
私は父にしがみつくと、声を上げて泣きました。
昨日、フォルナン夫人に家族の恥になるようなことはしないと心に決めているなんて言ったばかりなのに、大変なことをしてしまいました。私は何てダメな人間なんでしょう!
「キャス」
父は私を抱きしめ、髪を撫でながら、「わざとじゃないんだ。運が悪かっただけだよ」
「お、おと、さまにっ、頭をっ、下げ・・・うえぇぇぇー・・・」
父は首を振って、
「当然のことをしただけだよ。子供の為に頭を下げることもそうだし、私が治めなければならないことでもあった。さあ、片付けをしよう」
「は、はい・・・」
泣いている場合ではなく、物で散乱した道を掃除しなければなりません。
私は涙を拭いながら、立ち上がりました。
その後、カーライル家の使用人さんたちも呼んで、掃除をしました。何の関係もない街の方々も手伝ってくださいました。
父はお詫びとお礼として、見るも無残な有様になってしまった酒樽を置いていた飲み屋さんを一日貸し切りにし、その日、店に来店した方の飲食代を全てカーライル家で持ちますから、皆さんでお誘い合わせの上、いらして下さい。と、言いました。すると、街の方々から歓声と拍手が起こりました。
お父様!素敵です!
その夜・・・。
『私、キャスは迷子になるくらいだと予想していたのよ。そんな大事になるとは夢にも思っていなかったわ』
と、母は言うと、深々と溜め息をつきました。
予想を上回ることを仕出かしてしまい、大変申し訳ございませんでしたー!




