ある夫人との出会い
私たちがレオ様の部屋を出ると、私の母と一緒に別の部屋にいたアナスタシア殿下が駆けて来ました。
アナスタシア殿下はまだ遠慮があるのか、レオ様の部屋には入らないそうです。
「キャス様。リバー様。フォルナン侯爵夫人がお会いしたいそうです」
き、来ましたー!
「ご案内しますね」
「は、は、は、はいぃっ」
私が動揺しながら答えますと、
「大丈夫ですよ。一見、怖いですけどね」
全然、大丈夫じゃないです!
私たちはフォルナン夫人が滞在しているお部屋と続いているリビングルームへ通されました。
「フォルナン夫人を呼んで来ますね」
アナスタシア殿下が行こうとしましたが、
「私ならこちらです」
先程、私たちが入って来た扉から、60歳代の・・・は、迫力のある女性が入って来ました。体つきはふくよかですが、きびきびとした歩き方で私たちの前に来ました。
そして、リバーと私をジロッと見ると、
「あなたたちがカーライル家の双子ですね」
ひぃっ!
「はい。娘の・・・」
と、私の母が紹介しようとしましたが、
「本人たちから直接伺いますわ」
と、フォルナン夫人は遮りました。「では、将来のカーライル公爵からお願いしましょうか」
「はい」
リバーはにっこり笑って、お辞儀をすると、「リバー・ロクサーヌと申します。お会いできて、大変光栄です」
「・・・」
フォルナン夫人はにこやかな笑顔を浮かべているリバーを見つめていましたが、鼻を鳴らして、「可愛くない子だね。わざと必要以上に愛想良くして、私がどんな人間か見極めようとしているね。それで本当に笑っているつもりかい」
おっ!リバーの作り笑いに気付きました!
リバーは面食らったようですが、
「見極めるなんて、とんでもございません。そんな大それたことは致しませんよ。ですが、フォルナン夫人のような方にお会い出来て、本当に嬉しく思います」
と、にっこり笑って言いました。作り笑いではないようです。
リバーは作り笑いを見破られたのに、どこか嬉しそうです。多分、更に完璧にしてやろうと思っているはずです。変わった弟ですねー。
ですが、フォルナン夫人は表情を緩めると、
「カーライル家はしばらく安泰だね」
そう満足げに頷きながら、私の母に向かって、「この子は現カーライル公爵より美男子になるだろうね。遊びほうけたりしないように、ちゃんと教育するんですよ」
「はい。心に留めておきます」
と、母が答えました。
「さて」
フォルナン夫人が私を見ました。ひぃっ!
私はリバーにしがみつきたくなりましたが、グッと堪えます。リバーがちゃんと挨拶をしたのです。私も頑張らなくては。何より怖がるなんて失礼なことをしてはいけません。
私はお辞儀をすると、
「か、カサンドラ・ロクサーヌでございます。お近づきになれて、大変光栄です」
「ふうん。あなたがレオンハルトのガールフレンドね」
「え」
微妙に違いますが・・・。
私は何と言っていいやら困っていましたが、
「ありがとう」
と、フォルナン夫人がそう言って、私を抱きしめました。
「えっ」
「あの子を助けてくれて、ありがとう。レオンハルトは良い友達に恵まれて、本当に良かった」
「フォルナン夫人・・・」
フォルナン夫人はとっても暖かい方でした。怯えたりなんかして、申し訳ありません!
その後、昼食会が行われました。
リバーとフォルナン夫人がもっぱら話をしています。
フォルナン夫人の鋭い質問を、リバーは涼しい顔で答えていきます。
リバーって、凄いんですね!お姉ちゃん、びっくりです!
なんて、私が思っていますと、
「カサンドラ嬢」
フォルナン夫人が私を呼びました。
「?!」
私、鴨肉のローストを食べようと口を開けていましたが、顔だけをフォルナン夫人に向けましたので、べちょっ。と、お肉を頬に付けてしまいました!やってしまいました!
「・・・」
しーん。と、なります。
私は固まっていましたが、
「固まってないで、すぐに拭いなさい」
と、フォルナン夫人がおっしゃいましたので、
「もっ、申し訳ありません」
私は慌てて、ナプキンで頬を拭いました。
私が頬を綺麗にするのを待っていたフォルナン夫人は、
「あなたはもう少し、淑女となる訓練をしっかりとした方がいいかもしれませんわね。ぼんやりしていたかと思いきや、落ち着きがなくなるし。何より、五大公爵家の令嬢にしては、全く威厳がありませんね。いちいちおどおどするし」
「も、申し訳ありません・・・」
おっしゃる通りです・・・私、しょぼーんとしましたが、
「口を挟むことを先にお詫びします」
と、リバーが・・・「姉は確かに威厳のカケラもありませんし、良くぼんやりしているわりには早とちりをしたり、うっかりすることも多いですが・・・」
リバーったら、ひ、ひどいです!
ところが・・・。
「姉は人当たりが良く、けして他人に対して、悪感情を抱くこともありませんし、何より、優しくて、人を和ませることの出来る、僕にとって自慢の姉です。無理に威厳を持たせる必要はないと思うのです。姉の良さを奪ってしまいますから」
リバー・・・何て素晴らしい弟なのでしょうか!私の自慢の弟です!
・・・ですが、庇われるだけではいきません。
「わ、私、は、五大公爵家の令嬢としてどころか、一人の人間としても、とても、未熟です。ですが、私の数少ない長所を大事に思ってくれている弟や両親の恥となるようなことだけはしないと心に決めております。フォルナン夫人が思ってらっしゃるような令嬢にはなれないかもしれませんが、いつかまたお会いした時に少しでも見直していただけるよう、精一杯、頑張りたいです」
と、私は何とかそう言ったのですが・・・。
「・・・」
フォルナン夫人は黙り込んでます。
ひぃー・・・私、まずいことを言いましたかね・・・?
私はビクビクしていましたが、フォルナン夫人はにっこり笑って、
「それは長生きしなきゃね。楽しみにしてますよ。それにしても、いい姉弟だこと。カーライル家の宝だわ」
フォルナン夫人の笑顔はとても暖かく、私はつられるように笑顔になると、リバーを見ました。
リバーが良く言えたね。と、言うように歯を見せて、笑いました。
私も同じように笑ってから、大きく頷きましたが、
「ううっ・・・」
ん?
「うっ、も、申し訳ありませんー・・・」
母が泣いています。ど、どうしたのですか?
「まあ、泣くことはないでしょう」
フォルナン夫人は目を丸くさせています。
「私、もうっ、カサンドラが何か失敗をするもんだとばっかり決めつけて・・・母親として、情けないですー・・・ううっ」
「・・・」
いや、お母様がそう思うのも無理ないですから、いいんですよ?実際、失敗しましたよ?
「ほ、本当に自慢の子供たちです」
と、母は泣きながらも、嬉しそうに言いました。
私はもらい泣きしそうになりましたが・・・。
「ぐすっ・・・」
ん?
見ると、上座にいるジャスティン殿下が既にもらい泣きしてました!私、もう泣けません!
すると、
「ジャスティン!一国の王子が人前で泣くものではありません!!」
フォルナン夫人の雷が落ちました。
・・・耳がじーんとしました。とても迫力がありました。絶対、怒らせまい。と、私は固く心に誓いました。




