魔法は楽しいものではないのです
ある日、私はルークが剣を素振りするのを眺めていました。
「頑張るね!」
と、私が声を掛けますと、ルークは振るスピードを少し遅くして、
「自分、魔力量が高い方ではないんで、攻撃魔法に頼らずにやっていかないといけないんで!」
ルークは攻撃魔法より、物理攻撃力や反応速度を上げる補助魔法を学びたいと言っています。それは学園に入ってからでしょうね。
「ごめんね。リバーが付き合えなくて」
今日、父が急にお休みになり、リバーに魔法の基礎を教えています。シュナイダー様も一緒です。
「いや、リバーやシュナイダーは剣術よりも魔法に力を入れるべきですよ」
ルークは気にしないで下さいと言うように笑顔を見せました。
五大公爵はその昔、王族の盾にするために、ただ単に魔力が高い人間から選ばれ、公爵という地位を与えられたに過ぎません。
カーライル家は元々は子爵家でした。
高い地位を与えることで、更なる忠誠心を誓わせたと言うことです。
ですから、五大公爵家よりも古くから、高い位にある家は少なからず、不満があり、取って代わりたいと思っていたりしますので、父たちは足元を掬われる可能性があるのです。だからこそ、高い魔力を持つ子孫を残し、力を見せつけていく必要があるんですよね。
リバーやシュナイダー様には相当なプレッシャーになることでしょう。
「私、呑気にしてていいのかしら」
と、私はぽつりと言いました。「双子なのに、リバーばっかり大変なんだもの。私は何にも出来ないし・・・」
それを聞いたルークが手を止めます。
「ルークだって、頑張ってるのに」
「リバーはカサンドラ様が応援してくれるだけで、いくらでも頑張れますよ。お姉さん馬鹿ですからね」
私は声を上げて笑うと、
「ルークも言うわね!」
ルークはリバーの姿を捜すような仕草をしてから、へへっと笑いましたが、
「治癒魔法の遣い手として、有名になるのでしょう?何にも出来ないことはないじゃないですか」
「でも、戦えないわ。身を守る術もないし」
「自分が守りますよ」
おや?珍しいことを言いますね。
「レオ様が優先じゃないの?」
ルークは首を振って、
「・・・殿下を救ってくれたのはカサンドラ様です。殿下はカサンドラ様を優先して欲しいと思うでしょう」
私は目を細めてしまうと、
「そんな大層なことは何もしていないわ。お父様が教えてくれなきゃ、何にも分からなかったもの」
「カーライル公爵様がカサンドラ様に教えたと言うことは、カサンドラ様なら救えると思ったからですよ」
ルークは穏やかに、そして、私を諭すように言って・・・。
「ルーク。変わったわね」
大人になったと言うか・・・もうただのレオ様馬鹿ではなくなってます。
「変わったかどうかは分かりませんが、変わりたいです」
ルークはとても真剣な表情で、「自分は殿下を崇拝していて、どこまでもついて行こうと思ってましたが、後をついて行くだけではいけないと思ったんです。シュナイダーも言っていたように殿下に頼られる人間にならないと、また殿下を一人にしてしまいますから」
「ルーク・・・」
レオ様。今のルークをレオ様に見せてあげたいです。
皆が考え、皆が成長しようとしているのですね。
私も負けてられません!
「ルーク!ルークが私を守って、大怪我しても大丈夫よ。私がすぐに治してあげるからね!」
と、私が張り切って言いますと、ルークは眉を寄せて、
「大怪我なんて、縁起でもない」
と、言いましたが、すぐに楽しそうに笑いました。
そこへ、
「キャス。ルーク君」
父がリバーとシュナイダー様と一緒にやって来て、「気分転換にちょっと外を歩こうと思ってるんだが、一緒にどうかな」
「行きます!」
と、私は答えてから、ルークを見て、「ルークもちょっと休んだらどう?」
「そうですね」
ルークはそう言って、タオルを取ると、肩に引っ掛けました。
5人でぶらぶらと歩いて・・・。
「お父様、どこに行くんですか?」
と、私が聞きますと、
「リバーとシュナイダー君が基礎にうんざりしてるみたいだからねー。ちょっと見せてやろうかなーと思って」
と、父は言うと、ニヤリと笑いました。
「そうなの?」
私がリバーを見ますと、
「だって、お父様だから、タリスさんと違うことを教えてくれると思ったのに」
リバーはややむくれています。・・・いい子のリバーが珍しいですね。
「学園に入るまではずっとこんな感じだよ」
「「えー」」
私もつい不満の声を上げました。
私も早く母のような解毒魔法が出来るようになりたいです。食中毒にも対応出来るそうですので、私にピッタリでしょう!(一体、何を食べるつもりだ)
湖までやって来ました。
「さてと」
父は湖に向かって、右手を広げると、呪文を唱え始めました。
そして、右手を高く上げた瞬間、湖と同じ大きさの火柱がドーン!と、上がりました。
「ぎゃああああっ!」
私は悲鳴を上げました。「お魚しゃんが煮魚しゃんにー!」
父は笑うと、
「大丈夫だよ。あれは本物じゃないんだ」
と、言いながら、手の平に炎を出して、「熱くないよ。触ってごらん」
私たち4人は恐る恐る炎に触れてみると、
「熱くない!」
「幻影を見せただけなんだ」
「ほえー」
私とルークは感嘆の声を上げました。
父は湖に目を遣って、
「あれが本当の火柱だったら、一瞬で五千人は殺せると思うよ」
「・・・」
私たちはゾッとしました。
「五大公爵だからって、戦争もないのにこんなに恐ろしい魔法を身につけなくてはならないことが堪らなく嫌でね。・・・五大公爵になんてなりたくなかったよ。でも、戦争がないからこそ、こうやって、強大な魔法を使えると言うことが、力を示す方法にもなる。古くから高い地位にある家からは、魔法だけの公爵家と言われることもあるけど、私たちはもちろん、代々の公爵もその家族も、それ以上のことをやってきたと言う自負がある。王族の盾になると言うことがどんな意味を持つのかろくに考えもしない、権力を得て、優越感に浸りたいだけの家の人間には、渡すべきではない。だから、嫌でも身につけなくてはならない。それが五大公爵家に生まれた人間の使命だ」
父はそこまで言うと、リバーとシュナイダー様の肩に手を置いて、「あえて言うけど、君たちはこれから本当に大変な思いをすると思う。私は重圧から逃げたくて、あまり自慢にもならないことをたくさんして来た。カーライル家の名に泥を塗るところだった。でもね。子供の頃から、身につけて来た基礎だけは私の中に残っていてくれて、そして、助けてくれたんだ。基礎の積み重ねは退屈だし、辛いことだと思う。でも、必ず君たちの力になり、自信にも繋がる」
父は私とルークを見て、
「二人にも言えることだよ。人の命を奪い、また助けることの出来る魔法を身につけることに楽しいことなんてないし、あってはならないんだ。遊びじゃないんだ。それを肝に命じるように」
「はい!」
と、私たちが元気良く返事をしますと、父は表情を緩めて、
「でも、あまり根を詰め過ぎないようにね。たまには息抜きも必要だ。あの方にも言ったが、どうかなあ」
どうでしょうかねえ?心配です。
「ところで」
シュナイダー様が安定の無表情で、「カーライル公爵様は瞬間移動の魔法を習得しているそうですが、闇の属性がないと、出来ないのではないのですか?」
そうなのです。父は闇の属性を持っていません。
我がカーライル家は公爵家にもかかわらず、今まで王族との婚姻が成立したことは一度もなく、闇の属性を持つ人間が代々一人もおりません。
それが何故かと言いますと・・・。
その昔、カルゼナール王国の第三王女と思いを寄せ合っていたカーライル公爵でしたが、第三王女は無理矢理他国に嫁がされ、その後、カーライル公爵自身は、無実の罪を着せられ、処刑されてしまいます。それからと言うもの、カーライル家の人間が王族の婚約者となった途端、どちらも病死したり、事故で亡くなったりしたことが何度もあったそうです。
そして、それは、『カーライル公爵の呪い』と言われ・・・ひぃっ!
こ、怖いです。私、レオ様が婚約者選びの名目で我が家に来た時点では、この話は知りませんでした。レオ様が私を『面白い』なんて理由だけで、婚約者にしなくて良かったです。皆、信じていないようですが、私は信じてます。でも、これからも婚約者に選ばれる可能性はないでしょうから、安心です。
おっと。話が反れました。何故、闇の属性がない父が瞬間移動の魔法を習得することが出来たかと言いますと、
「いや、絶対に出来ないわけではないんだ。ただ闇の属性を持っていないと習得がとても難しくなるし、時間もかかる。更に習得したとしても、体力の消耗が激しいから、移動したところで何の役にも立たない場合も多い。だから、習得出来ないんじゃなくて、習得しようと思わないだけなんだよ。皆」
「なら、何故、カーライル公爵様は習得したんですか?!」
ルークが勢い込んで聞きます。「きっと、深い理由がおありなんですね?!」
「・・・」
父は黙っています。ん?
何故かちょっと赤くなってます。んん?
「お父様?教えて下さい」
と、私が催促しますと・・・。
「妻が、習得したら、結婚してくれると言ったからだ」
・・・放蕩者と言われていた父のプロポーズが信じられなかった母が、瞬間移動の魔法が出来るようになったら、結婚してもいい。と、言ったそうです。
それで、父は苦労の末、習得したのです。
五大公爵の使命や魔法の基礎の大切さについて、とても良い話をして、皆の尊敬を集めた父ですが、リバーたちの表情は一気に微妙なものになりました。
私は良いと思いますけどね。愛ですよ!愛!




