王子様の旅立ち。その1
透き通るような青い空を私は見上げて、
「良い天気ですね」
「旅立ちにはまたとない天気だな」
私に膝枕してもらっているレオ様は仰向けにさせていた体を横にして、「めだかともしばらくお別れだな」
池の中のめだかさんを見ながら言いました。
「レオ様、まためだかさんの絵を描いてくれて、ありがとうございます」
レオ様の絵の腕前はまた上がってました!
「礼を言われるほどのことではない。私が贈りたかっただけだ」
レオ様はふわりと微笑みました。
レオ様はルークの御祖父様の元で2年間過ごすことになりました。1年でいいではないかと周りの方は言いましたが、レオ様は譲りませんでした。
12歳になれば、魔法を使えるようになりますが、レオ様はそれも1年延ばすことにし、魔力を制御している術も解かないままにするそうです。
カルゼナール王国の王族は魔女の血を代々受け継いでいます。その昔、高い魔力量を持つ子孫を残すため、魔女の家系の人間と婚姻を繰り返したからです。魔女は闇の属性を必ず持っていましたので、王族方はそれも受け継いでいます。
闇の属性には厄介な特徴があります。闇系の攻撃魔法は強力ですが、未熟な人間が闇の魔法を使い続けると、精神を闇に蝕まれてしまうと言う弱点もあるのです。
レオ様は他の属性に比べて、闇の力が特に強いそうなのです。それは魔法を使わなくても、精神に影響を及ぼす程のものらしいのです。
おまけに闇の力を緩和してくれる役目を担う光の属性をレオ様は持っていません(ゲームでは全属性持ちだったはずですが)。
ですから、もっと精神的に強くなるまで、レオ様は魔力の制御を解かないことに決めたのです。
・・・私はそんな説明を父からされました。
レオ様から頼まれたのでしょう。そんな話を聞かされて、行かないで。なんて、言えませんよね。す、拗ねてないですからね。
そして、今日。レオ様はルークの御祖父様の元へと旅立つのです。
「レオ様ー!」
リバーが呼んでいます。リバーの隣にはシュナイダー様とルークもいます。
昨日、皆がカーライル家に泊まり、賑やかな夜を過ごしました。
「リバー、どうした?」
レオ様は少し体を起こして聞きます。
「お兄様たちが来ましたよ!」
レオ様は眉をしかめて、
「昨日ここに来る前にちゃんと別れの挨拶をしたのに」
レオ様はカーライル家から、そのまま国境近くにあるルークの御祖父様の家を目指すことになってますので、昨日、ご家族とお別れしたのですが・・・。
「いいではないですか。2年も会えないのですから」
「兄上は泣くから面倒なんだよ」
と、レオ様は言うと、立ち上がりました。
そして、レオ様は私に手を差し出して、
「今日で膝枕もやめる」
「え・・・」
レオ様は微笑むと、
「キャスは生涯の友だし、それはけして変わらない。でも、私はそれ以上にキャスに寄り掛かっていた。だから、やめないとな」
私は頷きますと、レオ様の手に手を乗せて、
「私、親鳥の気分です」
レオ様はこれでもかと眉をしかめて、
「で、私が巣立つ雛鳥か?キャスも言うようになったな」
と、言いましたが、すぐに愉快そうに笑いました。
ジャスティン殿下、アナスタシア殿下、クリス殿下が王城から来られ、サラ姉様も一緒にレオ様の見送りに来ました。
ジャスティン殿下はおいおい泣きながら、レオ様を抱きしめると、
「私が頼りないばかりにすまなかった」
レオ様はうんざりしていましたが、
「そんなことはありません。私が先のことばかりに気を取られ、今の、目の前にあることを大事にしていなかったことが悪いのです」
「レオ・・・」
「兄上。あまり泣いていると、サラ嬢に呆れられますよ」
初めは寄り添うようにジャスティン殿下の側にいたサラ姉様ですが、号泣するジャスティン殿下に既に呆れたのか、少しずつ距離を取ってました。お、大目に見てあげて下さい!
「サラ嬢」
レオ様はサラ姉様に向かうと、「兄上をよろしくお願いします」
サラ姉様は慌てて、元の位置に戻りますと、
「レオンハルト殿下が戻られるまでは愛想を尽かすことはないと、お約束しますわ」
と、にっこり笑って言いました。
「えっ、それって、どういうこと?!」
ジャスティン殿下はギョッとして言いましたが、サラ姉様はそれを無視して、
「お体に気をつけて、無理はなさらないようにして下さいね」
「はい。ありがとうございます」
と、レオ様が答えると、サラ姉様は頷いてから、
「さあ!ジャスティン殿下、他にも別れのご挨拶をしたい方はたくさんいるんですからね!代わって差し上げないと!」
と、言いますと、ジャスティン殿下を押し退けました。
レオ様はアナスタシア殿下の前に来ると、
「私も頑張るから、アナスタシアも頑張るのだぞ」
「はい。頑張ります」
アナスタシア殿下はレオ様を真っ直ぐに見つめながら、しっかりと答えました。
アナスタシア殿下も1年間、両陛下やお兄様たちと離れ、国王陛下のおば様であるフォルナン侯爵夫人の元で暮らすことになりました。
フォルナン夫人は今回のことを知るなり、王城に乗り込んで来て、両陛下を『全てあなたたち二人が悪いのですよ!』と、叱り飛ばし、長々と説教をされました。
それから、ジャスティン殿下には、『いつまでもへらへらしてないで、しっかりなさい!』
レオ様には、『あんたって子はっ。いつの間にそんなに頭でっかちになっちゃったの?!未熟な子供が余計な気を回してるんじゃありません!』
・・・何て風に皆様を説教されました。ついでに五大公爵様方にも『役立たず!』と、一喝されたそうです。
私はすごく頑張ったのにな・・・。と、私の父は疲れた顔で話してくれました。
そして、フォルナン夫人の剣幕に怯えきっていたアナスタシア殿下には、『あなたのことは私が面倒を見ましょう。甘ったれた根性を治してあげます』と、言いました。
アナスタシア殿下は泣き出しそうになりましたが、『泣く子は嫌いですよ』と、フォルナン夫人に冷たく言い放たれ、すぐに涙を引っ込めました。
「反省文、カーライルに読ませてもらったぞ」
と、レオ様が言いますと、アナスタシア殿下は赤くなって、
「は、恥ずかしいです」
「良く書けてたぞ」
「ありがとうございます」
レオ様は微笑むと、
「今度、街に連れて行ってやるよ」
「えっ」
アナスタシア殿下は目を輝かせましたが、
「レオンハルト殿下。また反省文を書かせるおつもりですか?アナスタシア殿下をそそのかさないで下さい」
と、父がすかさず言い、レオ様は舌を出しました。
レオ様はジャスティン殿下としょっちゅう勝手に王城を抜け出し、私の父に反省文を書かされていたそうです。
「カーライルも芸がないな。いまだ反省文とは」
「自分を見つめ直すには良いことなんです」
「では、私もカーライルがどうしてもって言うなら、書いてやっていいぞ」
「誰がそんなことを言いますか!アナスタシア殿下の反省文がひど過ぎて、反省文なんて、もう見るのも嫌です!」
「まあ!カーライル様ったら、ひどいです!」
と、アナスタシア殿下が顔を真っ赤にさせながら言うとて、レオ様は大笑いしました。
私とリバーは顔を見合わせてから、笑いました。
お二人はもうすでに良い兄妹になっているのではないのでしょうか。




