長い夜が明けて
長い間抱えていた苦悩から解放されたレオ様は眠り続けました。
その間に、サラ姉様がジャスティン殿下を叩き起こし、レオ様に頼まれた通り、全ての事を話しました。
ジャスティン殿下は大変なショックを受けました。
レオ様があまりにしっかりしてるので、何の心配もないと思い込んでいたと悔やんでいましたが、これからは自分がレオ様の支えになると言ったそうです。
アナスタシア殿下もとても良く眠っていたそうです。
ほぼいつもの時間に起きますと、きちんと朝食を取りましたが、まだレオ様が起きないと知り、ひどく不安そうな顔になりました。
そうなのです。レオ様は身動ぎ一つせずに眠っています。全く起きる気配がありません。こうなると分かっていたから、サラ姉様に頼んだのでしょうか。
私はずっとレオ様の側にいます。私の方はほとんど眠れませんでした。
ちょっと心配になって、レオ様の顔に耳を寄せてみると、規則正しい寝息を立てていますので、大丈夫だと思うのですが・・・。
レオ様があまり眠れていなかったことを知り、サンドイッチを作ってくれた日のことを思い出しました。
おなかがすいて夜中に起きた私は廊下でレオ様と出くわしたのです。あの時もレオ様は眠れずにいたのでしょうか。
何故、何も話してくれなかったのでしょうか。私に安らぎを感じてくれていたのなら、何でも話して欲しかったです。
私がそんなことを考えながら、肩を落としていると、
「キャス・・・」
少し掠れたレオ様の声がしました。
「!」
私は顔を上げると、「レオ様!」
レオ様はとても穏やかな顔をしてました。
私はとても安堵しましたが、レオ様は私の顔をじっと見つめていたかと思うと、
「くはっ」
いきなり吹き出しました。
な、何ですか?!
「お、お前、いつもより目つきが悪いぞ!」
レオ様は声を上げて、笑いました。
失礼です!きっと、目つきが悪いのは寝不足だからなんです!だいたいレオ様は寝起きのくせに綺麗な顔しちゃって、ずるいです!
私がむくれていますと、
「寝ていないんだろ?・・・悪かったな」
と、レオ様がとても申し訳なさそうに言いました。
私は首を振りますと、
「レオ様が起きた時に側にいたかったんです」
と、言って、微笑みました。
レオ様は目を細めると、
「・・・ありがとう。キャス」
「いえ」
「妹に対して、あんな酷い事を言った私を・・・妹を蔑み続けて来た私を・・・それでも友達だと言ってくれて、ありがとう」
「お礼なんていいんです」
当然のことを言っただけです!
「嬉しかった。本当に救われた・・・」
「レオ様・・・」
私はまた泣きそうになりましたが、「あ!お水入れますね!」
喉が渇いているはずですからね!
私はサイドテーブルに置いてあるガラスのピッチャーに手を伸ばそうとして・・・。
「しばらくキャスとは会わないでいようと思う」
「え?」
今、レオ様は何て言ったのですか?
レオ様は体を起こすと、窓の外に目をやって・・・。
「国境近くに、元騎士団長であるルークの祖父さんが祖母さんと一緒に暮らしてるんだが、その家でしばらく世話になろうと思っている。ルークの祖父さんは今でも剣術を教えているから、私も祖父さんに教えを請おうと思っている。・・・私は城を離れるべきだと思う。いや、そうしなければならない。そして、剣術の腕を磨きながら、精神を鍛えて、そして、自分を見つめ直そうと思ってる」
「れ、レオさ・・・」
「皆、許してくれた。あれだけ酷いことをされたはずのアナスタシアも。兄上も責めないと思う。でも、それではだめなのだ。自分が許せない。いけないと思っても、止めなかった。全てアナスタシアが悪いと思い込んで、止めなかった。こんな自分を自分だけは許してはいけない」
レオ様は私のすぐ側にいます。でも、レオ様は遠くを見ています。私が見えていないのですか?
「会いに行っても・・・」
そう言った私の声は震えていました。
「だめだ。カルゼナール国内だがとても遠いんだ」
「移動の祠が・・・」
「祖父さんの家に行くには山を一つ越えないと行けない。祠はないし、馬車では行けないんだ。キャスのような令嬢が行けるような場所ではない」
「お父様なら・・・魔法で・・・」
レオ様は私を見ると、
「キャス。私は会えないと言っただろう」
と、少し苛立ったように言いました。
「どうしてですか!」
私はレオ様の手を掴むと、「どうして会えないなんて言うのですか!」
「キャス。分かってくれ」
「いやです!どうして、わざわざそんな遠くへ行くんですか?!」
「このままではキャスやリバーの友として、相応しい人間ではないからだ」
私は首を振ると、
「相応しいって何ですか!友達は相応しいとか相応しくないとか、そんなのっ、関係ないじゃないですかあっ!れ、レオ様はそ、そんな風にっ、自分で自分を追い詰めるからっ・・・」
私の目から涙が溢れます。
「キャス!」
レオ様は私を抱きしめて、「頼む。分かってくれ」
私は分かりたくないと言うように首を振ると、
「わ、わた、し、要らない、で、しか?」
「そんなわけないだろうっ!」
「じゃあ・・・じゃ、な、んでっ・・・あ、うあっ、うあああんっ!」
私は声を上げて泣きました。
私はたくさん泣きました。そして、泣き疲れて眠った私をレオ様はベッドに寝かせると、部屋から出て行きました。
レオ様は皆様を晩餐会が行われた広間に集め、自分がアナスタシア殿下にしてきた事を自ら全て話しました。
皆様、一様に衝撃を受け、ルークは殿下がそんなことをするはずがない。と、声を上げましたが、レオ様はルークを見ると、黙って、首を振りました。
レオ様は城から離れ、ルークの御祖父様の元へ行くことも告げました。
ジャスティン殿下は強く反対しましたが、レオ様の決意は固く、説得を諦めるしかありませんでした。
そして、レオ様はシュナイダー様の誕生日会に参加せず、私の父を伴って、一足先に王城へ帰ることになりました。
シュナイダー様に自分が誕生日会をぶち壊しにするところだった。申し訳ない。アナスタシアを誘ってくれたことを感謝するべきだったのに。と、言い残して・・・。
私が目を覚ました頃には、もう既にレオ様は王城に帰った後でした。
髪をしばらく撫でていてくれたように感じたのは、気のせいでしょうか。




