出来損ない(アナスタシア殿下視点)
だって、あの女が悪いのよ。
レオ兄様は女と仲良くするような人じゃなかったもの。
だから、女である私も嫌いなのだと思った。悲しいけど、しょうがないって思ってた。
なのに、レオ兄様は『キャス』って、女と仲良くなった。
私のことは蔑むような目で見るのに、あの女のことは本当に可愛くてしょうがないって目で見るの。
どうして?その女は私と同じ女でしょう?私と何が違うの?
私が4歳の時、レオ兄様が、婚約者候補の家に滞在すると聞いて、とっても嫌だったけど、はっきり嫌と言えないお兄様と違って、レオ兄様が婚約者を選ぶわけがないって分かってたから、平気だった。カーライル様のお家に1週間も滞在していたけど、双子の弟がいるらしいから、その弟と気が合ったんだわ。きっと、そうよ。
「キャスにべたべたしないで下さったら、お越しいただいても構いませんが」
と、カーライル様がレオ兄様に言ったのを私は耳にした。
レオ兄様とカーライル様は仲がいい。カーライル様は私にとても優しくしてくれる。でも、レオ兄様に対しては、小言を言うけど、既に王族と五大公爵としての信頼関係が出来ている。つまり、私は子供扱いされているだけ。
「カーライルとあの奥方から、どうしたら、あんなに面白い奴が生まれて来るのだろうな。私はキャスが気に入ったぞ」
「キャスを犬か何かだと思ってませんか?」
「キャスは吠えたりしないぞ。そうだな。変な小動物だ」
「変なは失礼でしょう。可愛いのに」
「ああ。キャスは可愛いぞ」
と、言って、レオ兄様は笑った。
私には一度も笑いかけてくれたことはない。
私は『キャス』が双子の姉の方だと言うことを知っていた。
その女にはレオ兄様は笑いかけるのだと思った。
そんなの許せない。
だけど、その頃からレオ兄様は私に少し優しくなった。シュナイダー様のことがあって、私の存在を無視するように目も合わせてくれなかったけど、私と話をしてくれるようになった。嬉しかったけど、照れ臭くて、やっぱり突っ掛かってしまった。私、いつレオ兄様に本当は好きなのだと言えるのかしら。
私をシュナイダー様と会わせないようにしてもらいたいとレオ兄様がお父様とお母様に頼んでいる時、私、いけないと思ったけど、盗み聞きをしたの。
シュナイダー様と会えなくなると思うと辛かったけど、
『実の妹に厳しくないか。ですって?私はあんな出来損ないを妹だなんて思いたくないです。私の頼みを聞いて下さらなければ、私がアナスタシア自らこの城から出て行きたくなるよう仕向けてやります。脅しではないですよ。私はやると決めたら、どんな手を使っても、やり遂げます。さあ、どちらが良いですか?』
そのレオ兄様の言葉の方が辛かった。
それから、レオ兄様は何度も面と向かって、『出来損ない』と私に言うようになった。言われる度に消えてしまいたいと思った。
でも、私が出来損ないだから悪いの。レオ兄様は間違ってない。
クリスが生まれて、可愛くてしょうがなくって、私は良く面倒を見るようになった。
クリスは私をキラキラした目で見てくれるの。私の行くところ、どこでもついて来てくれるの。初めて、私は誰かに愛されていると実感したの。
良いお姉さんになろうと決めたの。レオ兄様には愛されていない私だけど、私は弟を愛そうと思ったの。クリスには私のような思いをさせたくないから。
そうやって毎日を過ごしていると、10歳になった時、アンバー公爵家にはレオ兄様が一緒でなければならないという条件はあったけど、自由に外出することを許してもらえるようになった。
レオ兄様が許してくれたと、お父様から聞いた時は本当に嬉しかった。
嬉しかったけど、お礼も言えずにまた突っ掛かり、口喧嘩になる。でも、口喧嘩している時は私を見てくれるからいいの。だから、簡単に負かされないように頑張らないと。それに絶対泣いちゃダメ。レオ兄様にうんざりされるから。
外出が自由に出来ることになり、私がまず向かったのはカーライル公爵家だった。『キャス』がどんな女か知りたかった。レオ兄様を追いかけたと思われたくないから、シュナイダー様がいると思って行ったと言うことにしよう。
カサンドラ・ロクサーヌと仲良くしたら、レオ兄様も私に優しくしてくれるかもしれない。私はそう思っていたけれど、手を繋いで歩いている二人を見て、ダメだと思った。
だから、私とレオ兄様はまた口喧嘩することになっちゃったけど、いつもレオ兄様は辛辣にものを言うのに、調子が出ないのかいつもと違う。おまけに私が鼻血を出したら、大丈夫かと声を掛けてくれて、背中を撫でてくれた。嘘みたい。
レオ兄様がいつもと違う理由は認めたくないけど・・・カサンドラ・ロクサーヌに自分が実の妹に冷たいと知られたくないから・・・それだけのことだ。
レオ兄様は『優秀で冷静な王子で気に入った人間には優しく、面倒見が良い』と『気に入らない人間に対してはどこまでも冷たく残酷で、存在すら認めない』と言う二面性を持っている。
私はレオ兄様に冷たくされ、存在を無視されて来た。そのくせ気分が良ければ優しかったりするから、また冷たくされると酷く落ち込む。
体が弱く、自由に出来ない苛立ちや、優秀なレオ兄様に対する嫉妬から、レオ兄様に嫌な態度を取っていた私が悪いことは分かっている。
でも、私がクリスのいいお姉さんになっても、勉強を頑張っても、ピアノを上手に弾けるようになっても、レオ兄様は私を好きになってくれない。
せめて、自分を見てもらいたいと、レオ兄様を怒らせたりした。嫌われるだけだと思っていても、やめられなかった。存在を無視されるのだけは堪えられなかった。
あのダンレストン公爵家での昼食会でのことは、あんな騒ぎになるとは思っていなかった。
お兄様が婚約者を本当に好きだったとは知らなかったから、私は事実を言ったまでだと思っていたんだもの。
それに何より、レオ兄様にあんなに大事にされながら、シュナイダー様を好きだと言ったカサンドラ・ロクサーヌに腹が立って、お兄様にあんな嘘をついたの。
だって、私が好きなレオ兄様とシュナイダー様の二人共、あの女に奪われると思ったから、ちょっと嫌な目に遭わせたかっただけなの。
それだけだったけど、私はレオ兄様にとって、本当に要らない人間になってしまった。
レオ兄様は自分の二面性を隠している。現にお兄様もクリスも気付いていない。お父様とお母様も大きくなって、落ち着いたと思っている。城にいる人間も誰も知らない。
私はあの騒動の後、いつレオ兄様に断罪されるのだろうかと怯えて過ごした。でも、外出禁止は有り難かった。城の中では誰が聞いているか分からないし、レオ兄様は私の部屋には近寄りたがらないから、何もされずに済むと思った。少しでも時間稼ぎが出来ると思った。だから、サラ様とカサンドラ・ロクサーヌには謝らなかった。外出禁止の期間が延びると思ったから。それに、もしかしたら、そのうちレオ兄様が機嫌を治してくれるかもしれないと思ったの。
そんな中、カーライル様が毎日私のところへ顔を出してくれるようになった。
大好きなカーライル様が私に毎日会いに来てくれた。その間はレオ兄様に対する恐怖を忘れることが出来た。
カーライル様は初めの頃は勉強を教えてくれていただけだったけど、2週間が過ぎた頃、あの騒動について切り出した。
「やっぱり、カーライル様も娘が可愛いのね。そんな人の話は聞きたくないわ」
と、強い口調で私が言うと、
「私がカサンドラの親でなくても、あの場合、誰でもアナスタシア殿下が悪いと判断するでしょう。アナスタシア殿下。あなたはこの国の王女なんですよ。いい加減、普通の子供ではないことを理解して下さい。ご自分の言動がどれだけ周りに迷惑を掛けたかと言うことも。ああ、私に癇癪をぶつけられても私は何とも思いませんし、私を罷免すると言っても無駄ですよ。五大公爵の罷免は国王陛下の一存では決められません。残りの五大公爵、8人の大臣、議員全ての賛成が必要です。アナスタシア殿下に今言った全ての人間を動かすことが出来ますか?ああ、泣かれても何とも思いませんよ。娘に泣かれると弱いですが、あの子は泣いて何とかなると思っている子ではないですし、不器用ですからね」
カーライル様はそう言って、にっこり笑いました。笑っているのに、何故、怖いのかしら・・・?
「さて、どうしますか。あなたはこのままではこの国の王女として生きてはいけませんよ。こうして部屋にずーっと閉じ篭っていますか?」
「・・・」
それもいいかもしれないと思った私は、「そうしてもいいわ。そしたら、レオ兄様にもう蔑まれずに・・・」
「何と言いましたか?」
途端にカーライル様が顔色を変えた。
どうしよう。言ってはいけないことを言ってしまった。私はやっぱり出来損ないだ。レオ兄様に知られたらどうしよう。




