頼み事
レオ様は何て冷たい目をするのでしょう・・・。
私は昨日の父の話を思い出しました。
『キャス。・・・頼みたいことがある』
お父様が私に頼み事ですか?
『お母様と喧嘩しましたか?』
と、私が言いますと、父は笑って、
『違う、違う』
仲裁して欲しいのではないんですか?私は首を傾げて、
『あ、アナスタシア殿下のことですか?私、怒らせるようなことはしませんよ?』
『いや。そんな心配はしていないよ』
『そうですか?・・・それにしても、シュナイダー様の誕生日会に来ないのではないかと思っていたので意外でした』
『うん・・・実はね。アナスタシア殿下はクリス殿下に誘われても行かないとおっしゃっていたんだか・・・レオンハルト殿下が普段は全く寄り付かないアナスタシア殿下の部屋に来られて、シュナイダー君の誕生日会に出席するようおっしゃったんだ』
『えっ、レオ様がですか?』
びっくりです!・・・ですが、『シュナイダー様の気持ちを汲んで・・・だと思うのですが・・・それか兄妹仲良くとか』
『いや、それは有り得ない。レオンハルト殿下は幼い頃からアナスタシア殿下と行動を共にしたがらない』
『そんな・・・』
父は少し迷った様子を見せましたが、
『今回の視察は嘘なんだ』
私はぽかんとしますと、
『え、あの・・・どういうことですか?』
すると、父は私の手を握って、
『キャス。私はある人を救いたい。キャスに力を貸して欲しい。多分、キャスでないとだめなんだ』
父のあまりに真剣な表情に、私はとてつもない不安を覚えました。
「キャス!」
サラ姉様が私の肩を揺すって、「どうしたの?ぼんやりして」
私は我に返りますと、
「え、あ、いえ・・・ごめんなさい」
「馬車が止まったわ。行きましょう」
「は、はい」
お出迎えをしなければですね。ぼんやりしている場合ではありません。
私たちは頭を下げ、ジャスティン殿下たちが馬車から降りるのを待ちます。
「顔を上げて良いよ」
と、ジャスティン殿下がおっしゃったので、私たちは顔を上げます。
「本日は私のためにお越しいただいて、ありがとうございます」
と、シュナイダー様が言いますと、ジャスティン殿下、クリス殿下が招待に対するお礼の言葉を述べ、
「アナスタシア。シュナイダー君にきちんと挨拶しなさい」
と、ジャスティン殿下がどこか落ち着きのないアナスタシア殿下におっしゃいました。
アナスタシア殿下はシュナイダー様を見ると、顔を真っ赤にさせて、
「お、お招きありがとうございます」
と、おっしゃいました。何とも可愛らしいですね。
「ところでレオはどうしたのかな」
と、ジャスティン殿下が聞きました。
「気分が優れないとのことで、部屋で休まれていると思います」
「レオが?珍しいな。後で見に行こう」
すると、
「私、疲れてしまいましたので、休ませていただいてもよろしいでしょうか」
と、アナスタシア殿下がおっしゃいました。確かにちょっと顔色が良くないようです。
「お部屋の用意は出来てますので、すぐにご案内します」
「ありがとうございます」
アナスタシア殿下はお辞儀してから、アンバー公爵家の使用人さんの後について行きました。
「私もお姉様と一緒に行きます」
クリス殿下が走って行きますと、
「クリス。転ぶなよ」
と、ジャスティン殿下が声を掛けました。
おー、ジャスティン殿下もお兄様らしいことが言えるのですね(失礼です)。
ジャスティン殿下はお二人を見守ってましたが、
「アナスタシアが最近はおとなしくなったんだよ。シュナイダー君の招待が嬉しかったのだろうな。シュナイダー君、感謝するよ」
「いえ。とんでもございません」
「君が無理をしてなければ良いのだが」
「大丈夫です」
と、シュナイダー様は穏やかにそう答えました。
ジャスティン殿下がその言葉に安堵するように頷いてから、
「サラ・・・」
愛しのサラ姉様の元へと行こうとされましたが、
「アナスタシア殿下がお部屋に落ち着かれるまで、ご一緒した方がよろしいのではないでしょうか」
と、サラ姉様はどことなく素っ気なく言いました。
分かった・・・と、ジャスティン殿下は寂しそうにおっしゃいますと、その場から離れました。ちょっと可哀相です。
「良いのですか?」
と、私がサラ姉様に聞きますと、サラ姉様は私に歩くよう促し、
「ねえ、キャス。アナスタシア殿下、とても緊張しているわね」
「そうですね・・・」
私は頷くと、「サラ姉様。今日のことですが・・・」
「・・・」
サラ姉様は少しの間、黙りましたが、「分かってるわ。でも、私、とても信じられなくて・・・」
「私もです・・・父が言ったようなことは起こって欲しくないです」
「・・・そうね」
「サラ姉様・・・こんなことに巻き込んでごめんなさい」
と、私が謝りますと、サラ姉様は首を振ってから、私を元気づけるように笑顔を見せて、
「将来、私の家族になる方の為だもの。何だってするわ」
私もつられるように笑みを浮かべましたが、
「私も何だってします。あの方の為なら」
気を引き締めるように両手をぎゅっと握り締めました。
その後、ジャスティン殿下、クリス殿下が合流し、ダンレストン家のスイーツをシュナイダー様が淹れて下さったお茶と共にいだたきました。スイーツもお茶も絶品でした。
それから、私はレオ様の部屋にお茶とスイーツを持って行きました。
「レオ様。お茶とスイーツをお持ちしましたよ。申し訳ありませんが、開けて下さいますか」
すぐにドアが開いて、
「キャス」
いつものレオ様の笑顔に私はホッとして笑みを返しますと、
「お体は大丈夫ですか?」
「ああ。もう大丈夫だ」
私はレオ様のベッドが整えられたままなのを見て、
「ベッドで休まれていたのだと思いました」
「ソファーで休んでいたんだ」
「そうですか・・・」
それにしては、レオ様が着ている服にシワがあまりないように見えます。
私はレオ様が美味しそうにスイーツを食べる様子を見ていましたが、
「どうですか?」
「うん、美味い」
まあ、聞くまでもなかったのですが。
レオ様はスイーツを食べ終わると、お茶を一口飲んで、
「なあ、キャス」
「はい」
「あれは、アナスタシアの様子はどうだった?」
私は先程のアナスタシア殿下の様子を思い出しながら、
「ええと、シュナイダー様にむやみに近付くこともなく、ご挨拶をされてました。顔を真っ赤にさせて、とっても可愛らしかったですよ。その後すぐに疲れたとおっしゃって、今は部屋で休んでらっしゃいます」
すると、レオ様はホッとするでもなく、心配するでもなく、
「ふうん。そうか」
どこかがっかりしているように見えました。まるでアナスタシア殿下が問題を起こしていないことをがっかりしたように・・・。
私はレオ様のことを良く分かっていなかったのかもしれないと、今、初めてそう思いました。




