恋ではないのでしょうか
「キャスは何も悪くありません!」
普段、控えめなサラ姉様が声を上げました。「誰かがキャスに謝罪を求めようとするならば、私はその誰かを絶対に許しません!」
皆、唖然としていましたが、
「サラ、一体・・・」
と、言いかけたジャスティン殿下をサラ姉様はまるで睨むように見て、
「失礼ながら、ジャスティン殿下。ジャスティン殿下はレオンハルト殿下とは違いアナスタシア殿下の言い分だけを聞いて、キャスが悪いと決め付けましたね。あんな風に見られて、いえ、睨まれてはキャスは何も言えません。それから、レオンハルト殿下に何があったと聞かれた時、キャスがアナスタシア殿下にひどいことを言ったんだよ。と、おっしゃいましたね。何もご存知ないのに、見て聞いたかのようにおっしゃいましたよね。ジャスティン殿下はキャスとこれまで交流がありましたのに、一切、キャスのことは考えてくれませんでしたね。レオンハルト殿下にキャスのようなお友達が出来て良かったとおっしゃったのは嘘ですか」
サラ姉様は淡々と言い連ねていきます。
「そ、それは」
「レオンハルト殿下と違って、全く公平ではありませんでしたね。それが何より残念でしたわ」
「あ、あなた!」
アナスタシア殿下は一歩前に出て、ジャスティン殿下を庇うように立つと、「この国の王子であるお兄様になんて失礼なことをおっしゃるの?!婚約者だからって言っていいことと!」
「ですから!」
サラ姉様はアナスタシア殿下の言葉を遮ると、「婚約は破棄致します!」
と、宣言しました。
周りにいた大人たちも聞いていたので、どよめきが上がります。
「さ、サラ姉様、そ、そんな・・・」
た、大変なことになってしまいました。
そんな中をサラ姉様が歩いて行きます。
そして、アナスタシア殿下が全く目に入らないかのように通り過ぎ、ジャスティン殿下の前に立つと、
「突然、婚約破棄をするなど、勝手を言って、申し訳ございません。ですが、ジャスティン殿下を非難したことについても、そして、これからアナスタシア殿下を非難することについても、謝りません」
「な、なんですって・・・」
アナスタシア殿下は顔を強張らせました。
サラ姉様はアナスタシア殿下を見て、
「私にも譲れないものはございます。私はジャスティン殿下との関係に悩んだ時、キャスにだけ相談をしていました。キャスはいつも励ましてくれました。私も奥手ですから、友達となってくれたキャスの存在がどれほど、救いになったことか。そのキャスに、私の大事なお友達にアナスタシア殿下は、レオンハルト殿下やシュナイダー様、おまけにジャスティン殿下にまで媚びを売ってるなどとおっしゃいました」
「・・・」
それを聞いたレオ様がアナスタシア殿下を睨んで、アナスタシア殿下はそれを避けるように俯きました。
「もちろん、キャスはアナスタシア殿下にひどいことなど言っておりません。強いて言うならば、注意をしただけです。あの発言をひどいこととおっしゃるのでしたら、アナスタシア殿下がキャスに対しておっしゃったことは、それ以上ではありませんか?アナスタシア殿下?」
サラ姉様は小さく首を傾げて、アナスタシア殿下の反応を見ましたが、アナスタシア殿下は俯いたままです。「アナスタシア殿下が、ジャスティン殿下は私がダンレストン公爵令嬢だから、仕方なく、婚約者に選んだのだと言ったことを、否定してくれて、ジャスティン殿下は私のことが本当に好きなのだと言ってくれたのもキャスでした。そんなキャスに謝罪をさせるだなんて、私は絶対に許せません」
サラ姉様はそこまで言ってから、ジャスティン殿下に向き合うと、微笑んで、
「この6年・・・辛いこともありましたが、ジャスティン殿下の婚約者となれて、幸せでしたわ」
サラ姉様は優雅にお辞儀すると、「失礼致します。祖父や両親に説明せねばなりませんので」
サラ姉様は堂々とした足取りで、歩いて行かれました。
その姿の美しさに誰もが目を奪われ、一歩も動けませんでした。
その後は大変な騒ぎになりました。
ダンレストン公爵はお客様方に頭を下げっぱなしになり、サラ姉様のお父様は右往左往するだけで、サラ姉様のお母様はそんな夫にしっかりなさいと一喝してから、サラ姉様を捜しに行きました。
両陛下がアナスタシア殿下に事情を聞き、アナスタシア殿下が自分の非を認めた為、国王陛下が叱ったところ、アナスタシア殿下は泣き喚き、王妃様は頭を抱えました。
クリス殿下は何も分からずぽかんと立ち尽くし、サラ姉様に婚約破棄されたショックでジャスティン殿下はその場にずっと固まっていました。レオ様が声を掛けても、全く反応なしです。
昼食会は急遽中止となったので、ダンレストン公爵様を除く、父たち、五大公爵様方はお帰りになるお客様のお見送りをしています。
そして、私は・・・。
「サラ姉様・・・」
サラ姉様の手を握りました。
サラ姉様が握り返してくれます。
私は今、サラ姉様のお部屋にいます。サラ姉様のお母様が入れてくれました。
「わ、私は良くないと思います。サラ姉様はジャスティン殿下が好きでしょう?今ならまだ・・・」
「ダメよ。私は言ってはいけないことを言ったの」
「え?」
「ジャスティン殿下は自分よりレオンハルト殿下が国王陛下に相応しいと思っているの。長男と言うだけで、即位していいのかって悩んでるのよ。レオンハルト殿下が『婚約者選定会議』を廃止にした時・・・五大公爵を一番、簡単な方法で賛成に向かわせ、自ら会議に出て、議員全てを納得させたことが、その思いに拍車を掛けたようなの。私はそんなことはないと、ジャスティン殿下が国王陛下になることが一番良いと今まで言って来たけど、先程のああいった場面でも公平性を忘れないレオンハルト殿下の姿を見て、ああ、こういうことなんだなと思ったの。だから、私は腹立ち紛れにジャスティン殿下にも私たちと同じように嫌な思いをさせたくなって、レオンハルト殿下と比べたの。ジャスティン殿下の悩みを知りながら、それを利用して、ジャスティン殿下を非難したの。これがきっかけでご兄弟の仲まで悪くなったらと思うと・・・」
サラ姉様は両手で顔を覆いました。
「だ、大丈夫です。レオ様はジャスティン殿下を支えて行くことが自分の役目だと思っています。『婚約者選定会議』廃止の時だって、全てジャスティン殿下にお伺いを立てていたはずです」
ジャスティン殿下は自分が『婚約者選定会議』を利用して、サラ姉様を婚約者としたこともあり、廃止活動に積極的には加わることが出来なかったのです。初めの頃は昔からの慣例を無理に止めるべきではないと、古参貴族家の議員が廃止反対に回っており、ジャスティン殿下に反対派に来てもらうよう働き掛けを行っていましたから。
「それでも、人の感情はどうしようもないわ」
サラ姉様は呟きました。
「サラ姉様・・・」
サラ姉様は私を見て、
「婚約破棄を決めたのは、あなたのことだけじゃないのよ。私がジャスティン殿下を思い続けるのに疲れただけなの。私は逃げるのよ。アナスタシア殿下が言ったようなことに振り回されるのはもうたくさん。せめて、ジャスティン殿下に思われている自信があれば、良かったのだけど・・・」
「ジャスティン殿下は」
と、私は言いかけましたが、サラ姉様は首を振り、
「キャスのことは大好きだし、信頼してるけど、あなたが言うジャスティン殿下が私を好きだと言うことは・・・それだけは信じられないの。ごめんね」
と、言ったサラ姉様の目から涙がこぼれました。
私はサラ姉様の部屋を後にしました。
一人にしてと言われました。
私は罪悪感に襲われていました。
ツンデレだ、萌えるだの・・・私は一人喜んでいましたが、当人は、サラ姉様は真剣に恋をし、真剣に悩み、苦しんでいたのです。人生2回目だからといい気になって、何もかも分かったような気になって、相談を受け、励ましていましたが、私自身、恋と言うものが全く分かっておらず、サラ姉様の本当の辛さなど理解していなかったのです。
私はただおふたりの恋を傍観して、楽しんでいただけだったのです。サラ姉様に庇ってもらう資格なんてなかったのです。
私はそんなことを考えながら、ふらふらと歩いておりましたが、
「カサンドラ様」
息を弾ませながら、シュナイダー様がやって来ました。
「シュナイダーさ、ま」
「少し心配になって、捜していたんです。良かった」
無表情に見えて、私を見つけて安堵していることが見て取れます。
「・・・」
私は恋のことを良く分かっていませんでした。だから、シュナイダー様への思いが何なのか分からなくなってしまいました。
シュナイダー様は私の側に来て、
「良いのですよ」
「え・・・」
シュナイダー様は私に手を伸ばし、頬を流れる涙に触れました。
「思い切り泣いて、良いのです」
シュナイダー様は目を細め、自分も何かの痛みに耐えているかのようでした。
だから、私は思い切り泣くことにしました。シュナイダー様の分も泣きたいと思いました。
・・・こういう気持ちは恋ではないのでしょうか?
私が声を上げて、泣いていると、シュナイダー様は私の肩にとても遠慮がちに触れると、そっと、私を自分の方へ引き寄せてくれました。初めて触れ合ったシュナイダー様はとても暖かく、私の目からまたたくさんの涙が溢れました。
恋だと思いたいです。




