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過去を乗り越える

 私とアーロンは図書室にやって来ました。

 図書室に来るまで、私もアーロンも一言も喋りませんでした。

 私が先に中に入り、続いて中に入ったアーロンがドアを閉めると、

「あ、あの、キャス様・・・怪我はもう大丈夫ですか?」

 私は振り返ってから、大きく頷くと、

「大丈夫ですよ!アーロンも、スターリング先生が治癒魔法を私にかけているところを見たでしょう?」

「は、はい・・・でも、怖くて、堪らなかったんです。キャス様は頭から血を流していて・・・ぼ、僕のせいで・・・」

「アーロンのせいじゃありませんよ。私が無鉄砲なことをしたせいです。・・・自業自得です。体当たりをしたのはアーロンを助けたかったからですけど、噛み付いたのはアーロンが殴られているところを見て、無性に腹が立って、仕返ししてやりたくなったんです。自分にこんな面があったなんて、驚きました。でも、らしくないことをするものではないですね。どれだけの人に迷惑を掛けたことか・・・」

 私はそこまで言ってから、椅子を引くと、「アーロン。座りましょう」

「は、はい・・・」

 アーロンは私の向かいに座りました。


 向かいの席に座ってはくれましたが、アーロンは俯いていて、私の顔を見てくれません。

 私はそっと溜め息をつくと、 

「昨日、アーロンには謝ろうと思っていたのにとんでもないことになってしまいましたね・・・」

 アーロンは顔を上げて、

「謝る・・・?」

「アーロンに許してもらったら、また野鳥さんを見に行ったり、ここで歴史の話をしたいなあって思ってたんです。ルークには気が早いって言われちゃいましたけど・・・」

 私はそこまで言って、頭を下げると、「ごめんなさい。一昨日は無神経なことを言ってしまって、アーロンを怒らせてしまいました。本当にごめんなさい」

「や、やめて下さい!」

 アーロンは椅子から腰を浮かせて、「僕、怒ってなんて・・・僕、あんな酷い言い方をして・・・僕こそ、キャス様を怒らせたんじゃないかって・・・な、なのに、どうして、僕なんかを助けようとしたんですか?」

「どうしてって、アーロンは私のお友達でしょう?助けるのは当然のことですよ」

 と、私が言いますと、アーロンは力が抜けたように椅子にまた座りました。

 あれっ?!私にお友達と思われていたのがショックなんですか?!


 今度は私が立ち上がって、

「も、もしかして、アーロンは私のことお友達だとは思ってませんでしたか・・・?あ、そ、そうですよね・・・私、良く自分の世界に入ってしまうし、アーロンにはそのせいでいつも迷惑を掛けているし、今回は私のせいで酷い目に遭ってしまうし、そうですよね・・・こんな私なんか・・・」

「ち、違います!」

 アーロンは何度も首を振って、「キャス様がこんな僕をお友達だと言ってくれたのが信じられなくて・・・」

「どうして?」

 アーロンは俯くと、

「一昨日、キャス様にあの3人組のことを聞かれた時に本当のことを話していたら、こんなことにはならなかったと思うんです。・・・キャス様は怪我をせずに済みましたし、リバー様たちが処分を受けることだってなかったんです。・・・僕は取り返しのつかないことをしてしまったんです」

「アーロンは」

 『アーロンは何も悪くありません』と、私は言おうとしましたが・・・口をつぐみました。

 アーロンがぽろぽろと涙をこぼしたのです。


「き、キャス様はもう分かっていると思います・・・シュナイダー様も・・・ぼ、僕はいじめられていたんです・・・で、でも、恥ずかしくてっ・・・いじめられてるなんて、恥ずかしくて・・・誰にも言えなかったんです・・・レオンハルト様もリバー様もシュナイダー様もルークさんも・・・皆、強くて、男の僕から見てもかっこ良くて・・・で、でも、僕はこんなにも弱くてっ・・・ただただ恥ずかしかったっ・・・だから、誰にも言えなかったんですっ・・・ごめんなさいっ・・・ごめんなさいっ」


 アーロンの涙は床に落ち、テーブルに落ち、握りしめた拳に落ち・・・。


 ・・・そうでした。私は前世で皆に無視をされていたことを親にも話せませんでした。


 学校の先生に何か困ったことはないかと、大丈夫かと聞かれたこともありましたが、『何もありません。大丈夫です』と、言い張りました。


 皆に無視されている自分が恥ずかしかったから・・・。


 アーロンは一人で複数の人間に暴行を受けていました。どんなに怖かったことでしょう。どんなに辛かったことでしょう。

 私には分かりません。アーロンにしか分からないことです。


 私は立ち上がると、アーロンの隣に座りました。

「ごめんなさい・・・」

 そして、泣きながら謝るアーロンの手を・・・涙で濡れる手を握りました。

 私の手の上にもアーロンの涙が落ちました。

 アーロンが顔を上げて、涙でいっぱいの目で私を見ました。

 私はアーロンを安心させるように微笑みながら、アーロンの手を両手で握ると、

「アーロンが謝ることなんて何もありません。だって、アーロンは何も悪くないでしょう。アーロンが悪いんじゃなくて、いじめる側の人間が悪いんです。恥ずかしいのはそういう人間の方です。喧嘩が強いとか、体が大きいとか関係ありません。人として、間違っていて、そして、弱いのは、いじめをする人間の方なんです。だから、どうかアーロンは自分を責めたりなんかしないで下さい」

「キャス様・・・」

「ごめんね。アーロン。今まで何にも気付いてあげれなくて、ごめんなさい。シュナイダー様も悔やんでいました。私も悔しいです。お友達であるアーロンの苦しみに今まで何にも気付かなくて、本当に情けないです」

「・・・」

 アーロンは首を振って、更に涙をこぼします。

「アーロン。一人で怖かったよね。痛かったよね。辛かったよね。私なら耐えられなかった・・・アーロンは凄いですよ」

 私の目からも涙がこぼれます。「実は私もね・・・すごく前のことなんだけど、いじめられていたんです。そして、私も誰にも言えなかったんです」

 アーロンは驚いた顔をして、

「リバー様は・・・」

 私は首を振って、

「本当に昔のことなんです」


 前世のことを持ち出すのは良くないと思います。

 でも、私はいまだにそれに囚われていて、たまに思い出しては落ち込んだり、うじうじと悩んだりしています。

 前世でいじめられていたこと。それが自分に自信が持てない原因の一つでもあるんですよね。

 ・・・もう本当にずっとずっと前のことなのに。私はダメな人間です。

 こんな後ろ向きな私がいくらアーロンを励ましても、嘘でしかないですし、頑張って、乗り越えよう!なんて言う資格なんかありません。

 けれど・・・。


 私は涙を拭うと、

「アーロン。私、頑張るから。もう昔のことに囚われるのはやめる。私もアーロンのように強くなる」

 こんな私でもアーロンと一緒に頑張ることは出来ます!

「え・・・僕は強くなんか・・・」

 私はゆっくりと首を振って、

「アーロンは強いですよ。弱くなんかないです。だって、あの3人組の中の一人が私の腕を掴んだ時、私を守ろうとしてくれたじゃないですか。あの時にはもう嫌がらせされていたんでしょう?なのに、普通は出来ませんよ。それに辛い目に遭っているのに、いつもにこにこしてたでしょう?皆に優しいでしょう?だから、アーロンは本当はとっても強いんですよ。自分で気付いていないだけです」

「キャス様・・・」

「私もアーロンのように強くなりたいです。・・・でも、私は本当に弱いから、多分、すごく時間はかかると思うけれど・・・自分のためにも、アーロンのためにも乗り越えたいんです。強くなりたいんです」

 すると、アーロンは涙を拭って、

「キャス様も弱くなんかないですよ。自分の危険を省みず、僕のことを助けようとしてくれました。ですから、キャス様なら絶対乗り越えられますよ」

 私は赤くなりますと、

「私は考えなしなだけですから」

 すると、アーロンは私をじっと見つめて・・・うん?

「言われてみればそうですよね・・・キャス様は本当に考えなしな方ですよね・・・僕、キャス様のことをもっと慎重な方かと思ってました。残念ながら、逆でしたね・・・」

「ぬ・・・?」

 アーロンもなかなか言いますね・・・。

「キャス様。もう二度とあんな無茶な真似をするのはやめて下さいね」

「は、はい」

「心臓が止まるかと思ったんですからね」

「す、すみません」

「キャス様は女性なんですからね。分かってるんですか?」

「は、はい。もちろん、分かってます!」

 ・・・それから、私はアーロンに説教されました。ううっ。すみませんでしたっ。



 翌朝。

 私はいつもより早く校舎にやって来ました。

 それから、その足でスターリング先生に会いに行こうとしていると、

「キャス様!おはようございます!」

 アーロンが走って来ました。

「アーロン。おはようございます」

 アーロンは私の前に立つと、頭を下げて、

「昨日はありがとうございました」

「お礼なんて・・・私は何もしていませんよ」

 と、言った私でしたが、ふとアーロンの顔を見つめました。・・・あれ?「・・・ねえ、アーロン?何だかすっきりした顔をしてますね?」

 昨日とは別人のようです。

 アーロンは頷くと、

「僕、決めたんです。レオンハルト様やリバー様たちに本当のことを話そうって」

「え・・・いじめられていたことを?」

「はい。隠し事はもうしたくないんです。それにそうしないと、本当に乗り越えたことにならないんじゃないか・・・と、思うようになったんです。・・・ローズにも話したいと思っています」

「・・・そうですか。その方がいいかもしれませんね」

 私が頷いていると、

「それから、もう一つお話したいのですが・・・」

「はい?」

 アーロンはピシッと背筋を伸ばすと、

「僕、王室付きの魔術師になります!今までずっと迷いがあったんですけど、もう絶対迷いません!」

「え」

 私は驚きましたが、アーロンのキラキラした瞳にはローズマリー様のように全く迷いがないことに気付きました。

 アーロンは決心したんですね!


 私は笑顔になると、

「アーロンなら絶対になれますよ!頑張って下さい!」

「はい!それから、僕、強くなります!今度はキャス様をちゃんと守れるように強くなります!」

「え?私?私ですか?」

 私はきょとんとしましたが、アーロンはにっこり笑って、

「お互い頑張りましょうね!」

 ・・・そう言い残すと意気揚々と行ってしまいました。

 私は呆気に取られていましたが、

「やっぱり、アーロンは強いなあ・・・」


 これは私も負けていられないですね!


 だって、私はもう一人じゃないんですから・・・。


 私はまた人として生を受けることが出来ました。だから、そのことに感謝しながら、今の人生を悔いなく生きて行かなくてはなりません。前世のことに囚われて、いつまでも後ろ向きでいては、もったいないですよね!

 ・・・あんな風に終わらせてしまった『野崎明日香』の分も生きていかなければならないのです。


 私は空を見上げました。


「ごめんね。・・・でも、私、前を向いて、頑張るからね。あなたの分も」


 私は背筋を伸ばすと、職員室に向かいました。


 まずは今回の騒動の原因を作った人間としてしなければならないことがあるのです。



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