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王子様は煩う

 レオ様は私の手を引いて、廊下を歩いて行きます。

 私は転ばないようにするのに必死でしたので、すれ違う生徒さんたちがそんな私とレオ様を見て、驚いた顔をしていることには全く気付きませんでした。


 レオ様は私をいつものベランダに連れて行きました。

 レオ様は私の手を離しましたが、私に背を向けたまま何も言いません。

 沈黙に耐え兼ねた私は涙を拭うと、

「れ、レオ様、わた」

「何故私との約束を破った?!」

「ー・・・」

 レオ様は振り返ると、私の両肩をつかんで、

「約束しただろう!何かあったら、必ずルークに言えと!自分だけで何とかしようなんて思うなと!無茶なことだけは絶対にするなと!」

 『約束』・・・めだかさんの池の前でレオ様とした約束です。

「・・・あ・・・」

 思い出した私は声を漏らしましたが、レオ様は私を揺さぶって、

「一体何を考えて、あんな無茶な真似をしたんだ?!自分でどうにか出来ると思ったのか?!思い上がるな!」

「ご、ごめ・・・」

 私の目からまた涙が溢れて、「迷惑掛けて、ごめんなさ、謹慎・・・」

「そんなことを言ってるんじゃない!謝れと言ってるんじゃない!倒れているキャスを見て、私がっ、皆がどんな思いをしたのか分かっているのか?!」

「わか」

「分かってない!キャスは何にも分かってない!」

「ー・・・」

 次の瞬間、私はレオ様の腕の中にいました。


 抱きしめられて、私はレオ様が震えていることに気付きました。

 私はその震える背中にそっと腕を回しました。すると、レオ様は更に私を強く抱きしめました。息苦しくなるくらい・・・強く・・・強く・・・。

 ・・・私にもし何かあったらとレオ様は思ったのかもしれません。

 申し訳なさでいっぱいになった私はレオ様を安心させるように、抱きしめ返しました。


 私とレオ様はしばらく抱きしめ合っていましたが、レオ様が腕の力を緩めて、

「キャス・・・」

 レオ様は掠れた声でそう言うと、私の顔を上げて、額同士をくっつけました。レオ様の吐息が私の頬を撫でます。「な・・・頼むから、自分のことを大事にしてくれ。キャスは額に血を流して、真っ青だったんだ。そんなキャスを見て、私はゾッとしたんだ。今も怖くて堪らない。あんな思いをするのは耐えられない」

「レオ様・・・」

「だから・・・キャス。これからは約束を守ってくれ。頼む」

 私は頷きますと、

「守ります」

 と、はっきりと言いました。

 レオ様は頷いてから、口元に笑みを浮かべると、私の額に唇をつけました。


 ・・・ん?額に唇をつけた?

 

「ん?」

 レオ様は首を傾げると、私の額から、唇を離しました。


 それから、レオ様はしばらく固まっていましたが、

「わあっ!」

 と、声を上げてから、私の体をべりっと離すと、自身は壁に背中が付くまで下がって、「すすすっ、すまない!わわわっ、私は何をっ!ほほほっ、本当にすまないっ!」

「・・・」

 私はレオ様のあまりに親密な行為にぽかんとしていましたが、『すすすっ』、『わわわっ』、『ほほほっ』を思い返してしまうと、「ぷーっ!」

 吹き出してしまいました。

 レオ様はギョッとすると、

「な、何だ?!」

「だ、だって、レオ様、どもって・・・あはははっ」

 私は笑ってしまいました。

「笑うな!私は怒ってるんだぞ!」

 レオ様は言葉通り怒りましたが、私は笑うのを止められませんでした。

 ・・・レオ様はたまにとっても可愛いので困ります。


 私に笑われてしまったことで拗ねていたレオ様でしたが、やっと機嫌を直すと、

「・・・マーカス・ゴードンは退学になったよ。既に寮から出て行っている」

「そうですか・・・」

 と、私は言いましたが、ふと眉を寄せて、「レオ様?」

「何だ?」

「何故、そんな遠くに座るんですか?」

 レオ様は私から3メートルくらい離れたところに座っています。

 レオ様は赤くなると、

「そ、その、あんなことがあったばかりだから、あまり男が近くにいない方がいいかと思って・・・」

「・・・」

 抱きしめたり、額にキスしたりしたくせに今更ですか?・・・あ、でも、どちらも子供の頃に良くされましたね。レオ様からすれば挨拶みたいなものでしょう。

 ですが、私はとっても恥ずかしかったのです。それをごまかすために、笑ったようなものです。やっぱり子供の頃とは違います。

 なのに、レオ様は子供の頃と変わりなく、私と接してるようです。一人の女性と言うよりは、妹扱いなのかもしれません。

 そこまで思った時、胸が痛みました。

 ・・・うん?どうして胸が痛むのでしょう?


「キャス?」

 レオ様の声に私は我に返りました。「どうした?怖いか?」

 そう言ったレオ様はとても心配そうな顔をしています。

 私は微かな胸の痛みを無視すると、にっこり笑って、

「大丈夫です。でも、レオ様に傍にいてもらえたら、私はもっと安心すると思います。・・・だから、レオ様の傍に行っていいですか?」


 すると・・・。


「うっ」

 レオ様が呻くような声を上げてから、胸を押さえました。


 ・・・ん?レオ様?発作ですか?


「自覚した途端、可愛く見えるとは・・・私の目は腐ってしまったのではないだろうか・・・」

 レオ様は私から顔を背けて、何やらぶつぶつ言っています。・・・四角?三角?

「レオ様?何を言ってるんですか?」

「な、何でもない。ちょっとした発作だ」

 と、レオ様は言うと、立ち上がって、私の傍に腰を下ろしました。

 そして、手を伸ばして、私の頭をなでなですると、

「リバーと8日も会えないのは辛いだろうが、8日なんてあっという間だからな」

 と、励ますように言ってくれました。


「退学はやむを得ないよな。あまりに悪質な計画だったからな」

 レオ様はとても険しい顔をしていますが、

「あの、ストレーゼン侯爵様はどんな方でした?」

 と、私が聞くと、少しだけ表情を緩めて、

「私はストレーゼン侯爵のことは以前から知っていたんだ。侯爵自身は好感の持てる人物だし、2人の兄も評判はいい。次兄は王室付きの魔術師だ。それから、更に姉が2人いるんだが、侯爵によると、マーカス・ゴードンはその4人とはだいぶ年が離れているせいもあって、子供の頃からずいぶん甘やかされていたそうだ。マーカス・ゴードンの方も甘え上手と言うのか、取り入るのが上手かったようだな」

 レオ様はそこまで言ってから、苛立たしげに髪をかき上げて、「そんなマーカス・ゴードンを一番甘やかしていたのは今はもう亡くなっているが、侯爵の母親らしい。莫大な遺産をマーカス・ゴードン一人に残したくらいだからな」

「えっ」

「だが、薄々、息子の欠点に気付いていた侯爵は母親の遺産のことを受け取ることが出来る25歳まで黙っておくことにしたんだ。そうすれば、真面目に学園生活を送るだろうと考えたんだろうな。侯爵は魔術師を目指して欲しかったとも言っていた」

 と、言う事は・・・。

「じゃあ、ゴードン様は私と結婚なんかしなくても・・・」

 レオ様は頷いて、

「ああ。そんな必要は全くなかった」

「・・・」

 何てこったい。

「それから、マーカス・ゴードンは今は侯爵が代理で管理している領地も貰えることになっていたんだ。その領地収入だけでも十分暮らしていけただろうし、25歳になれば、多少遊んでも、底をつくことがない遺産が手に入ったわけだ。・・・侯爵が息子に良かれと思ってしたことが、完全に裏目に出てしまったと言うわけだな」

「そんな・・・ストレーゼン侯爵様が気の毒ですね・・・」

「それでも息子の性格を見誤った責任はあるし、甘やかした他の家族にも責任はある。・・・まあ、あの侯爵が父親なら、これから真っ当な人間になる可能性はあるだろう」

「そうですね・・・そう願いたいです」

 ・・・それにしても、あの優しさが全部嘘だったなんて、ショックです。アーロンはどう思ったのでしょう。

 今日、寮に帰ったら、明日、話がしたいとアーロンに鳥さんを飛ばすことにしましょう。


「レオ様はいつから謹慎になるんですか?」

「明日からだ。もちろん、シュナイダーとルークもだ」

「そうですか・・・」

 私は肩を落としましたが、ハッとして、「レオ様。リバーのために頭を下げてくれたんですよね?リバーのために謹慎期間が伸びたんですよね?おまけに先生のお手伝いまで・・・本当にごめんなさい!」

 私が頭を下げると、レオ様はその私の頭をぽんぽんしました。

「まあ、あのリバーを止めるとなると私も無傷では済まないだろう。それこそ、腕の骨は覚悟しなければならなかった。だったら、謹慎した方がましだ。キャスは見なくて良かったよ。あれは夢に出るぞ」

 レオ様は冗談めかして言いました。

 私が気にしなくていいようにそうしてくれているのです。

 私はまた泣きそうになりましたが、ぐっと堪えますと、手を挙げて、

「レオ様!私もお手伝いをします!仲間に入れて下さい!」

 と、お願いしましたが、レオ様はその手を下ろして、

「本当にやめてくれ。余計な仕事が増えるだけだ」

 本当に嫌そうに言いました。がーん。



 その後、私とレオ様は教室に戻ることにしました。

 私は隣を歩くレオ様を見ました。

 レオ様は視線に気付いたのか、私を見ると、

「うん?」

「・・・レオ様、明日からいないんだなあと思って・・・」

 私がそう言って、がっくり肩を落とすと、

「キャス」

 レオ様は私の背中を軽く触れて、「背筋を伸ばして、しゃんとしろ。公爵令嬢が体を丸めるな」

「は、はい」

 私は背筋を伸ばしました。

「私やルークがいなくても、そうしていろ。堂々としていれば、隙があると見られることはない。それから、キャスがそんな風だと周りが気にするだろう。同情を引くような真似をするな。他人に気を使わせるようなこともするな。五大公爵家の人間は胸の内がどうであれ、強く誇り高く見せなければならない」

「・・・」

「出来るな?」

「はいっ!出来ます!」

 私がそう元気良く答えると、レオ様は頷いて、

「よし」

 私も大きく頷きますと、

「レオ様。私、本当はとても心細かったんですけど、レオ様とお話したら、気持ちが落ち着きました。レオ様って、凄いですね」

「・・・」

 レオ様は左手で口を覆うと、「まずい。頭までいよいよ腐ってしまったのではないだろうか・・・」

「・・・?」

 私は首を傾げますと、「レオ様も独り言が特技になったんですか?」

 レオ様はサッと口を覆うのを止めると、

「断じて、違う」

 と、きっぱりと言いました。ですよね・・・。



 レオ様のお陰で不安な気持ちが楽になった気がします。

 それでも・・・明日からは、レオ様はいないのです。

 いつも傍にいてくれるルークもいません。

 治癒魔法の授業があっても、隣の席にはシュナイダー様がいません。

 火と土と風の授業があっても、一緒に受けるはずのリバーはいないのです。今も学園のどこかにある反省室にいるのです。

 私だけが普通に過ごしていていいのでしょうか・・・。


 教室に入ると、

「アーロン」

 アーロンがルークの席に座っていました。

 アーロンは私とレオ様に気付くと、立ち上がって、

「ルークさんにお二人がどこかに行ったと聞いて、待っていたんです」

「体は辛くないのか?」

 と、レオ様が聞きましたので、アーロンは頷くと、

「はい。シュナイダー様に治してもらったので、大丈夫です。僕、キャス様とどうしてもお話したくて・・・」

 私はレオ様を見ますと、

「レオ様・・・」

 レオ様は微笑んでから頷くと、

「じゃあ、私は先に帰るから。アーロン。キャスを頼むな」

「はいっ」

 

 レオ様が帰って行って、

「アーロン。図書室に行きましょうか」

 私はにっこり笑いました。

 アーロンがとても不安そうな顔をしているので、安心させてあげたかったのです。


 上手く笑えていたら、いいのですが。



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