情けないです
医務室に戻ったシュナイダー様は私が泣いていることに気付いて、駆け寄って来ると、
「どこか痛みますか?」
私は首を振ると、
「リバーのことを思い出してしまって・・・どうしてるのか心配になって・・・鳥さんもダメなんですよね?」
「反省室には魔法を封じる結界が張り巡らされているようですからね」
「そんなところに3日も・・・私だったら耐えられません・・・リバーがおかしくなったら・・・」
お姉ちゃんも一緒に反省室に入ってもいいのではないでしょうか?!私こそ反省するべきだと思うのです!
「大丈夫ですよ」
シュナイダー様は私を安心させるように微笑んで、「反省室に入ったからと言って、リバーが反省するとは思えませんが、心配ありませんよ。こんなことくらいでおかしくなるようなやわな男ではありません。・・・あ。さっき、カサンドラ様が目を覚ましたことをリバーに伝えてもらえるよう先生に頼みましたよ。リバーも安心するでしょう」
「ありがとうございます!」
私は頭を下げますと、「あの、シュナイダー様?次の授業はいいんですか?」
「お休みします。どのみち、3時限目もお休みしましたから、今日はもういいです」
「・・・」
真面目なシュナイダー様が珍しいことを言いますね。と、私が思っていると、
「それにカサンドラ様の傍にいたいですから」
何ですと?!
「うええっ?!」
私、絶対に真っ赤になってます!
シュナイダー様はそんな私の反応を見て、うっすら赤くなると、
「そ、そんなに驚かないで下さい」
「す、すみません・・・」
私は謝りつつも、驚いても仕方ないような・・・と、思いました。
シュナイダー様はどこかわざとらしい咳をすると、
「冗談はこれくらいにしまして・・・」
冗談ですか?!
シュナイダー様は無表情とはやや違うとても真剣な表情になると、
「アーロンのことなんですが・・・」
「アーロン?」
「最初、アーロンは怪我はしていないと言い張っていたんです。ですが、顔色が悪いですし・・・」
「そりゃあそうです!おなかを何度も殴られていたんですから!」
「ええ。ですから、別の部屋にアーロンを連れて行き、アーロンの服を無理矢理脱がしたんです」
「ふ、服を・・・」
シュナイダー様がアーロンの服を無理矢理脱が・・・。
シュナイダー様は首を傾げて、
「カサンドラ様?何故、赤くなるんですか?」
「い、いえっ・・・す、すみません!どうぞ続けて下さい!」
私ったら、こんな時に何を考えているんでしょう!
「服を脱がしたら、腹の大部分が赤くなってました。それから、昨日今日出来たとは思えないアザがありました。腕や背中にも・・・アーロンは日常的に暴行を受けていたようですね」
「!」
私はショックのあまり、両手で口を覆いました。
「問い詰めても、アーロンは何も言いませんから、仕方なく、治療をして、寮に帰したんです。その後、7人の中の1人に手洗いに行く振りをしろと言い、別の部屋に引っ張り込みました。そして、その男に全て白状させたんです。リバーのお陰でずいぶん素直になりましたよ」
そこまで言って、シュナイダー様は苛立たしげに息を吐くと、「彼らは服に隠れて、外から見えない場所だけを殴ったり、蹴ったりしていたようです。毎回、7人だったわけではなく、特に3人の生徒がたびたびアーロンに暴力を振るっていたようです。カサンドラ様を殴った生徒がその中の1人です。それから、暴行を受けていたのはアーロンだけでなく、他にも何人かいます。それもあって、退学が決まったんです。カサンドラ様が同情することはありません」
「アーロン・・・」
涙がこぼれ、私は顔を覆いました。
「このことは私と少数の先生方しか知りませんが、カサンドラ様には話しておいた方がいいと思ったんです」
「・・・」
前にローズマリー様がアーロンが辛そうな顔をしていると言っていた時、私はレオ様とローズマリー様が仲が良いから、そのせいで落ち込んでいるのだと思い込んでいました。私は何て馬鹿なんでしょうか。これでお友達なんて、恥ずかしいです。
私は顔を覆うのを止めて、
「な、何故、アーロンは暴行を受けていたんですか?」
シュナイダー様は立ち上がると、窓辺まで歩いて行き、
「大きな理由が妬みです。彼らは貴族家の生徒から疎外されていましたが、アーロンは全属性持ちですし、殿下や私たちと親しいこともあって、彼らからすれば、特別扱いされているように見えたのだと思います。更に最近は他の貴族家の生徒とも仲良くしていたので、それが気に入らなかったのでしょう。初めは軽く小突く程度だったものが、殴る蹴るの暴行にまでなっていったんです。アーロンは彼らの鬱憤を晴らす道具にされていたのでしょう」
「そんな・・・アーロンにシュナイダー様たち以外に仲の良い貴族家の生徒さんがいるのは、全属性持ちだとかレオ様と仲が良いからだけじゃなくて、アーロンの性格があってこそなのに」
「ええ。・・・アーロンには何の罪もありません」
私は涙が落ちたシーツを握り締め、
「私、何にも知りませんでした・・・情けないです」
「・・・ええ。私も同じ気持ちです」
シュナイダー様は振り返って、私を見ると、「アーロンは何故正直に打ち明けてくれないのでしょうか・・・」
そう言って、唇を噛みました。
「・・・」
私は悔しそうと言うより、どこか悲しそうなシュナイダー様を見つめていましたが、「わ、私、アーロンと話してみます。私に任せてもらえませんか?」
「・・・そうですね。アーロンもそれを望んでいるかもしれません。アーロンは自分のせいでカサンドラ様が怪我をしたのだと何度も繰り返していましたから」
「アーロンは何も悪くないのに・・・」
シュナイダー様は窓から離れ、ベッドの側の椅子に座ると、
「本当にあんな無茶なことは二度としないで下さいね。マーガレット様が言ったように怪我が自分で治せるからと過信したりしないように。何より貴女は女性なんですから、自分で何とかしようなんて思わないで下さい」
「はい。分かりました」
それからシュナイダー様はスターリング先生が治療する様子を聞かせてくれましたが、どうも元気がありません。合間に溜め息をついたりしてますし・・・。私は心配になると、
「シュナイダー様・・・疲れてます?あ、私のせいで・・・」
シュナイダー様は首を振ると、
「ちょっと知りたくないことを知ってしまったせいですかね・・・」
と、呟くように言いました。
その後、私はそれはどういうことかと聞きましたが、シュナイダー様は曖昧な笑みを浮かべただけでした。
4時限目が終わり、私とシュナイダー様は医務室を出ました。
それから、シュナイダー様と別れ、自分の教室に戻っていると、
「カサンドラ様」
ルークが追い掛けて来ました。「もう大丈夫なんですか?頭を打ったんですから、もっと大事にした方が・・・」
ルークが酷く心配そうに言いましたので、
「頭痛も眩暈もないから、大丈夫ですよ!」
と、私は笑って見せると、「ごめんね。心配かけて」
ルークも笑顔を見せると、
「もういいんですよ。カサンドラ様が無事なら」
「でも、ルークのご両親にも申し訳なくて・・・・謹慎のこと、知らせが行ってるかしら。あ、お父様は私の父から聞かされてるかも・・・すぐにお詫びの手紙を書かないと」
「えー、いいですってー」
「そういうわけにはいきませんよ!」
「参ったなあ」
ルークは頭をかきましたが、「まあ、とりあえず、教室に戻りましょうか」
「はい」
私とルークが教室に戻っていると、
「あ、殿下・・・」
廊下の壁にもたれるようにして、レオ様が立っていました。
レオ様は私に気付くと、ゆっくりと壁から背を離しました。
私は思わず身震いをしてしまいました。
・・・私を見るレオ様の目がとても鋭いのです。纏う空気は張り詰めています。
私は怖くなって、思わず、一歩後ろに下がってしまいました。
ですが、レオ様が大股で私の前に来ると、
「あっ」
無言のまま私の腕を掴み、歩き始めました。
「殿下!待って下さい!」
レオ様の様子にルークが心配になったようで、止めようとしましたが、
「私が寮まで送るから、先に帰れ」
レオ様は立ち止まらずに、そう簡潔に言い残すと、更に歩くスピードを速めました。
私は転びそうになったので、
「れ、レオ様、まっ・・・」
と、言いかけましたが、
「黙れ」
「・・・」
その冷たい声に私はまた身震いさせると、涙をこぼしました。私のせいでたくさん迷惑を掛けてしまったのに、泣くなんて、ずるいとは思いますが、どうしても堪えることが出来ません。
レオ様を怒らせてしまった。
レオ様に嫌われたかもしれない。
そう思った時、殴られた時よりも鋭い痛みが私の体を貫いたような気がしました。




