弟の処分に嘆く姉
リバーが8日間、レオ様、シュナイダー様、ルークが5日間の謹慎処分になってしまいました。
8日間は学園が始まって以来、最長だそうです。
ちなみに最恐にして最悪の問題児と恐れられていた私の父は何故か一度も謹慎処分になったことはありません。父と違って、真面目なリバーがこんなことになるなんて・・・。
「8日間までになった理由として、リバーに全く反省の色がないと言うのが一番ですね。それから、いくら姉が怪我を負わされたからと言って、全員の骨を折るのは行き過ぎた暴力行為でしかないと。更に、マーカス・ゴードンを捜しに行こうと、先生方の制止を振り切る際、紳士とは思えない・・・レディにはとても聞かせられない暴言を先生方に浴びせたのも理由に入ります。・・・それにしてもリバーはどこであんな言葉を覚えたんでしょう?」
シュナイダー様は首を傾げます。
品行方正なシュナイダー様には全く聞き覚えがない言葉だったようですね。
「リバーは領地の子たちと遊んでいましたから、その時に覚えたんですよ。特にリバーが仲良くしていたのは年上の方ばかりでしたから、真似してみたかったんだと思います。母に1時間ほど説教されたことがあって、それ以降は私たちの前で言ったことはありませんでした。ですが、何より父の影響があるのだと思います。父は以前、怒り狂いながら、『地獄に堕ちろ』だとか、『くそったれ』だとか、『あの野郎、使い物にならなくしてやる』なんて言ってましたから」
と、私が説明しますと、メグがキッと睨んで、
「そんなこといちいち言わなくていいのっ!」
「す、すみません・・・」
私は肩をすぼめました。
「それから、リバーの派閥の生徒が起こした騒動の責任もリバーが負うことになりました。・・・先生方はリバーが一言でも止めるよう皆に言えば、ここまでの騒動にならなかったと考えたのでしょう。騒動で破損した備品などの弁償は全てカーライル公爵家に請求されます」
「・・・」
・・・母の怒った顔が頭に浮かびました。もちろん、お金のことでどうこう言う母ではありませんが。
窓ガラスは目が飛び出るくらい高いらしいです。魔法で多少硬化してあるはずなのに、何故、割れてしまったのでしょう。
「それから、リバーは8日間の謹慎処分の他に、1年生時の試験全て、0点扱いとし、当然、全教科『不可』となります」
と、シュナイダー様が言ったので、私はしばらく言葉を失っていましたが、
「い、1年生時の試験全てって、この間の前期試験もですか・・・?」
「はい」
・・・あんなに良い点数を取ってたのに、0点になるなんて・・・おまけに『不可』だなんて・・・。
「あ、あの、全教科0点と言うことは、全教科の補講や再試験を受けなければならないってことですか・・・?」
「はい。評価どうこうよりも、そちらの方がリバーにとっては、苦痛でしょうね。全教科の補講や再試験を前期、後期でやるとなると、かなりの時間をそちらに取られてしまいます。次期五大公爵としてやらなくてはならないことがたくさんありますから、こんなことをしている場合ではないとリバーは思うでしょう。先生方は良く分かってらっしゃるようですね。ですが・・・」
シュナイダー様が言い終わらないうちに、
「うわぁあああんっ!」
私は声を上げて泣きました。
シュナイダー様、ルーク、メグがあんぐりと口を開けました。
私、リバーの良い姉どころか、姉らしいことをしたことなんて、一度もありません。何にも出来ないダメな姉です。
ですが、せめて、リバーの足を引っ張ることだけは絶対にしたくないと思っていました。なのに、本当にリバーの足を引っ張ってしまいました!
私がおいおいと泣いていますと、
「ちょっとキャス。最後まで聞きなさい」
と、メグが言いました。
「う・・・?」
私は涙で霞む目でメグを見ましたが、
「殿下とシュナイダーが学園長に頭を下げてくれましたから、補講も再試験も免除になりましたよ」
と、言って、ルークはにっこりと笑いました。
「え」
私はシュナイダー様を見ました。
シュナイダー様は頷いて、
「もちろん、ルークもですよ」
「補講と再試験を免除してもらう代わりに、レオンハルト殿下もシュナイダー様もルークも5日間の謹慎処分になったの。それから、リバー様を含めた4人で長期休暇に入るまで、毎日、お茶の時間に先生方のお手伝いをすることになったそうよ」
「そんな・・・」
「元々、私たちは3日間の謹慎処分になっていたんです。殿下と私はリバーを止めなければならない立場にありながら、リバーの気が済むようにさせてしまいました。私たちの行動のせいで、先生方や他の生徒の皆さんに迷惑を掛けました。私たちは、罰を受けなければなりません」
シュナイダー様が言ったところで、私は頭を下げると、
「ごめんなさい!シュナイダー様にもルークにも迷惑を掛けてしまって、本当にごめんなさい!」
「いいんですよ。もし、リバーがいなかったら、自分があいつらをこてんぱんにしてやっていたと思います。自分、リバーのお陰でスッとしちゃいましたから、同罪ってやつですよ」
ルークはそう言って、ちょっとした悪戯が成功した子供のようにへへっと笑いました。
「私もそうしていましたよ。多分、殿下もだと思います。さすがに骨は折りませんけどね」
シュナイダー様は苦笑いします。
私はまた頭を下げると、
「ごめ・・・」
また謝ろうとしましたが、思い直して、「ありがとうございます。・・・本当にありがとうございます」
ところで。
「今、レオ様はどうしてるんですか?」
「殿下は学園長と共にストレーゼン侯爵と話をしている最中です。本来は、学園長、カーライル公爵様、ストレーゼン侯爵の3人の予定でしたが、殿下はリバーの上に立つ人間として、最後まで見届ける義務があると言って、同席を願い出たのです。本音は侯爵相手に学園長が強く出れるか心配だったようですが。学園長は初めは、いくらこの国の王子と言えど、学園では一生徒でしかない殿下の同席に難色を示していましたが、そこへ、丁度、カーライル公爵様が鳥を飛ばして来たんです。すると、途端に殿下の同席を認めてくださったのです」
「父は鳥で何と知らせたのですか?」
と、私が聞きますと、シュナイダー様は一つ咳をしてから、
「『この度は息子と娘がご迷惑をお掛けし、大変申し訳ございません。息子の処分や弁償について、こちらは全く異存ございませんので、後は全て殿下にお任せします。何より、その方が学園長も私と再会するより、心穏やかでおられることが出来ますでしょう。私でなければとおっしゃるのであれば、いつでも学園長のお傍に参りますが、多分、それを望まれることはないでしょう』です」
シュナイダー様、お父様の真似も上手なんですね!と、私は感心しましたが、
「な、何だか引っ掛かる言葉が・・・」
言葉は丁寧ですが、どうせ俺とは会いたくないだろ?だから、レオ様に任せるんだよ。感謝しろよ。と、言っているようにしか思えません。
学園長さんもよっぽど父とは会いたくなかったようですね。
それから、あの7人が何故マーカス・ゴードンに協力したかについてですが、彼らは普段から貴族家の生徒たちに平民だからと見下されていて、彼らなりにとても傷ついていたそうなんです。そんな彼らをマーカス・ゴードンはけして見下すことなく、気さくに接してくれたので、彼らはマーカス・ゴードンを崇めるようになったそうなんです。
「まあ、そんなマーカス・ゴードンを崇める気持ちも、マーカス・ゴードンから『私はこいつらを利用しただけで、仲間ではない。平民なんかと仲間になるわけがない』と言われて、あっという間になくなったようですけどね」
と、ルークが言いました。
「・・・」
・・・彼らもまた騙されていたのかもしれません。
「まあ、彼らも悪いのだけれど、差別する人間の方にも問題はあるわよね。貴族として生まれたことを自分の力だとでも思っているのかしらね」
メグは肩をすくめました。
「・・・」
・・・たまに思うことがあります。もし、私が平民だったら、誰も見向きもしないのではないかと。それこそ、前世の自分のように・・・。
私はそんなことを考えて、更に暗い気持ちになりましたが、
「それで皆さんはどうなるんですか?」
「退学が決まりました」
「退学・・・」
私はそう呟いてから、「ですが、平民の方々が学園を辞めてしまったら、なかなか就職先がないと聞いたことがあります。いいのでしょうか・・・」
「それは殿下もおっしゃっていましたね」
「・・・」
「でも、このまま残っても、居辛いでしょう。学ぶ場所はここだけではないし、転校した方がいいのではないかしら?この学園を退学になったからと言って、他の学校に入っていけないわけではないのだから」
この国には魔法学園以外にも魔力量がない方々が通う学校がいくつかあります。そのうちの1校は貴族家の子女のみが通う私立校なのですが、魔法学園よりも質の高い教育がされていると聞きます。ですから、魔力量があっても、能力が高くなかったり、魔術師を目指す必要のない方々がそちらに入学するケースも多々あります。ただし、入学金や授業料がとっても高いそうです。
「あ」
ルークが医務室の時計を見て、「そろそろ次の授業が始まりますよ」
「そうね。行きましょうか。キャスはもう今日は休みなさいね。頭を打ったのだし、スターリング先生もそう言っていたから」
「はい」
私は頷きましたが、メグがじっと私の顔を見つめますので、「何ですか?」
「そ、その・・・」
メグはやや俯いて、「さっき・・・」
「はい?」
「き、嫌いよ。何て言ったけど、つい口に出ただけだからっ」
そう言って、メグは真っ赤になります。
「メグ・・・」
「ま、まあっ、かと言って、好きでもないけれどねっ」
ルークが笑って、
「メグさん、泣いてたくせに良くそんな・・・」
「レディが泣いてたなんて、いちいち口に出すものではないわ!紳士失格よ!」
と、メグがルークを指差しながら、言い放ちましたが、
「失格は言い過ぎですよ!だいたいレディが人を指差すのはどうかと思いますよ!」
と、ルークが言い返します。
「まあっ!生意気なことを言うのね!ルークのくせに!」
「自分のくせに?!どういう意味ですか?!」
「そのまんまの意味よ!」
ルークとメグが何やらまた言い合いを始めたので、
「はいはい」
シュナイダー様が二人の間に入って、「医務室で騒ぐのは止めて下さいね」
「「・・・」」
二人は黙りました。
シュナイダー様、ルーク、メグが医務室から出て行って、私はぼんやりと空を見上げていました。
リバー・・・。
私はリバーのことを思って、涙を流していましたが、ドアがノックされたので、
「は、はい」
と、答えると、ドアが開いて・・・。
「シュナイダー様・・・?」
シュナイダー様が戻って来ました。




