顛末
話は『この世に生まれたことを後悔させてやるよ!』と、リバーが言い放った後に戻ります。
それにしましても、可愛い弟の台詞とは思えません!
「あ、あの、確か、リバーは全員にかかって来いなんて言ってましたけど、本当に7人を一人で相手したんですか?」
シュナイダー様は頷いて、
「一度にリバーに向かって来ましたよ。あの連中はリバーを舐めているようでしたね。リバーは細身ですし、公爵家の令息が喧嘩の経験などないだろうと思ったんでしょう。更に五大公爵家は魔法だけの公爵家と言われていますから、魔法が使えないのなら、勝てると思ったのでしょうね」
学園では他の生徒に対して、攻撃魔法を使ったら、即刻退学になります。
それから、どうでもいいことではありますが、リバーは細身に見えて、脱いだらスゴイんです!ぎゃっ!
それから、リバーが7人全員の腕と足の骨を折り、おまけに私に怪我を負わせた生徒は肋骨まで折られたと聞かされ、私は気が遠くなり、ベッドのヘッドボードにぐったりともたれました。
メグもやや青ざめていましたが、
「な、何故、わざわざ骨を折るんです?」
と、ごく当たり前な質問をしました。
「リバーの戦法でしょうね。一撃で相手の戦意を喪失させてから、一気に叩きのめす・・・そんな感じですかね。特に今回はスターリング先生が駆け付けるまでに片をつけたかったんでしょう」
「・・・」
何だか小説に書かれてあった私の父のようですね。父も喧嘩の度に相手の腕の骨を折っていたそうですからね。
さすが親子です・・・。
「そう言えば、レオ様も来てくれたと思ってましたが、やっぱり見間違いだったようですね」
私の願望が幻を見せたようです!
「いえ、自分が鳥を飛ばしましたから、殿下もあの場所に来ていましたよ」
「えっ。なら、どうして、リバーを止めなかったんですか?」
シュナイダー様は眉をしかめると、
「それを期待するのは少々気の毒だと思いますよ。リバーはああ見えて、私たちの中で一番力が強いんですよ。火の力が圧倒的に強いカーライル公爵家の人間の特徴でもあります。おまけにあの状態のリバーを止めるとなると、殿下も無傷では済みません。もちろん、魔法が使えたら別でしょうが、魔法を使えない中で、尚且つ、一人で止められるとすれば、五大公爵様方かルークの父君か・・・それに匹敵する強さを持つ人間くらいですよ」
ひぇっ!リバーって、そんなに強いんですか?!レオ様、勝手な期待をしてしまい申し訳ありません!
スターリング先生が7人の治療を終えた後、皆さん、職員室に移動しました。
そして、リバーたちは別人のように素直になった7人から黒幕の正体を聞いたのです。
私、ゴードン様に狙われていたなんて、夢にも思ってませんでした。
「貴女、ぼーっとしてるけど、分かってるの?」
メグはぽけっとしている私を睨んで、「マーカス・ゴードンの計画通りに事が進んでいたら、貴女の評判は地に堕ちていたのよ?マーカス・ゴードンと結婚するしか道はなくなっていたのよ?!貴女の人生は悲惨なものになっていたのかもしれないのよ?!貴女には警戒心や危機感はないの?!一体、どこに置いて来たのよ!」
「ど、どこに置いて来たんでしょう?」
「知らないわよ!自分で探して来なさい!」
「・・・は、はい。すみません」
私は体を小さくしました。
「まあまあ、メグさん、落ち着いて下さい。カサンドラ様は頭を打ったばかりなんですから、大声は良くないですよ。・・・それにしても、あの男は結婚や持参金よりも、その前にカーライル公爵様に殺されることは考えなかったんですかね?」
と、首を傾げたルークをメグが睨んで、
「キャスが犯されましたなんて言えると思う?キャスじゃなくったって、言えるわけがないわよ。女性は本当に立場が弱いのよ。男性はいくら遊んだって、何も言われないけど、未婚の女性が純潔でなくなったら、いえ、そんな噂が立っただけでも、破滅よ。堕落しただとか、ふしだら、汚れたなんて言われて、社交界から追放されてしまうんだもの」
メグは苛立ったように足を踏み鳴らしながら、更に続けます。「更に妊娠してしまったら、さすがのカーライル公爵様だって、孫の父親を殺すなんて出来るはずがないわよ。マーカス・ゴードンはそれを狙ったのよ。よくもここまで卑劣なことが思い付いたものよね。おぞましいわ!」
メグはゾッとしたのか、体を震わせました。
私はそんなメグを見ながらも、
「・・・うーん」
もしかしたら、お父様なら、殺してしまう、いえ。灰にしてしまうのではないでしょうか。と、私は一瞬そう考えてしまいましたが、いえ!さすがにそれはないです!と、慌てて、自分の中で否定すると、「ですが、ゴードン様は侯爵家の方ですよね?何故、ここまでして、お金が欲しいんですか?」
「彼は侯爵家の三男ですから、爵位を継ぐ可能性は低いんです。ですから、裕福な家の令嬢と結婚するしかないと思ったんですよ。爵位を継げないとなると、生きて行くためには、自分で稼がなくてはなりませんからね。ですが、マーカス・ゴードンは遊んで暮らしたかったようですし、手っ取り早くその生活が得られる方法を探していたのでしょうね」
「・・・」
確かにカーライル家はお金持ちですし、びっくりするくらいの額の持参金が私について来るそうです。これだけあれば、貴女に少々難があっても我慢してくれるはずよ。と、かなり失礼なことを母は言いました。
・・・ですが、持参金については何故か私を結婚させる気満々の母が一人で考えた額であって、父とリバーは知りません。今後、カーライル家の争いの種にならなければ良いのですが。
「あのー、私、ゴードン様をいい人だと信じていましたから、普通に交際を申し込めば良かったのでは・・・?」
と、私が言いますと、メグは眉を上げて、
「貴女、マーカス・ゴードンとお付き合いするつもりがあったの?」
すると、シュナイダー様がスッと目を細め、
「・・・そうなんですか?」
と、いやに低い声で言いました。・・・あれ?シュナイダー様、怒ってます?
「も、もちろん、そんなつもりは全くありませんでしたよ」
と、私は慌てて否定しました。
「まあ、そうでしょうね。マーカス・ゴードンもそれが分かっていたんでしょうね。おまけにルークがほとんど一緒にいるし、リバー様の派閥の生徒の目もあって、なかなか貴女に近付くことが出来ないし、強力な競争相手もいる。だから、こんな強引な計画を実行に移したんでしょうね」
「?」
競争相手って、誰のことですか?リバーですか?
「更にカーライル公爵様がカサンドラ様を誰にも嫁がせるつもりがないことをマーカス・ゴードンはどこかで聞いたそうなんですよ。だから、焦っていたんでしょうね。あ、それから、カサンドラ様を強引にお茶に誘って、警戒心を抱かせてしまったかもしれないと思い、もうこの手段しかないと踏み切ったようですね」
「・・・」
・・・そう言えば、今頃思い出しましたが、アレックスがゴードン様には気をつけた方がいいと言ってました!なのに、私ったら、ゴードン様がいい人だと決め付けて、アレックスの忠告を真剣に受け取ってはいませんでした!アレックスに悪いことをしてしまいました!
「それにしても、ゴードン様は良くそこまで話しましたね。簡単に認めたのですか?」
と、私が疑問を口にしますと、シュナイダー様は苦笑いして、
「スターリング先生が全て正直に話さない限り、治療はしませんとマーカス・ゴードンを脅したんですよ。少々、酷い怪我をしていましたからね」
スターリング先生も地味に怖いなあと思いつつ、
「ゴードン様が何故怪我をしたんですか?」
あの場所にはいませんでしたよね?
「それはもちろんリバーがマーカス・ゴードンの顔面を狙って、飛び蹴りをしたからです。鼻の骨が折れて、凄い出血量でしたよ」
「鼻の骨が・・・鼻血が・・・ひぃっ!」
私は震え上がりました。
腕、足、肋骨と来て、最後は鼻の骨ですか?!
ですが・・・。
「リバーにしては、黒幕であるゴードン様に対して、雑な気がするのですが、気のせいでしょうか?」
と、私が言いますと、シュナイダー様は頷いて、
「雑にならざるを得なかったと言えますね。マーカス・ゴードンはカサンドラ様が壁に激突するのを見て、寮の自分の部屋に逃げ込んだんです。リバーもある程度で校舎内には見切りをつけ、寮に走りました。ですが、先生方も当然それに気付き、移動の魔法で先回りしていたんです。寮に行ったら、既に先生方がマーカス・ゴードンを取り囲んでいました。それでも、リバーは一瞬の隙を突き、跳び蹴りすることが出来たんです。・・・そして、やっぱり笑ってましたね」
「やっぱり笑うんですね・・・」
一方で、学園内は異様な空気が漂っていました。リバーの派閥の皆様が私が大怪我をしたと知り、殺気立っていたからです。おまけに何故かカサンドラ・ロクサーヌ死亡説まで出ていたそうです(ルークのせいです)。
「皆が誰のせいでそうなったかと話しているところにリバー様がマーカス・ゴードン!出て来い!お前だけは殺してやる!って、怒鳴ったでしょう?当然、マーカス・ゴードンの仕業だと気付いた皆が授業をほったらかしにして、リバー様と一緒にマーカス・ゴードンを捜し始めたのよ。リバー様の派閥の生徒は学園の半分以上いるから、もう授業になんかならないわよね。先生方は授業に戻れと怒鳴っていたけれど、誰も聞きやしないし、走り回るし、マーカス・ゴードンのクラスのドアが壊されるし、廊下の窓ガラスが割られるし、何故か関係のない生徒同士が喧嘩を始めるし、怯えた女子生徒が泣き喚くし・・・ともかく、とんでもない騒ぎになったわ」
「そんな・・・私があんな怪我をしたせいで・・・」
こんなことになってしまうなんて!
怪我は治してもらったのに、頭がガンガンします。こんな騒ぎになった原因は私です。私が衝動的な行動しなければ、こんなことにならなかったはずです。
ですが、私はそれ以上にリバーのことが気になってしまい、
「そ、その、今、リバーはどこにいるんですか?会えますか?」
と、聞きました。
シュナイダー様は首を振り、
「残念ながら、しばらくリバーとは会えません。リバーは即刻謹慎処分になりましたから」
「き、謹慎処分・・・?」
「謹慎期間は8日間。そのうちの3日間は反省室行きとなり、リバーは既に反省室に入っています」
「は、反省室って、学園のどこかにある地下牢みたいなところですよね」
「はい。詳しい場所はほんの一部の先生しか知らないそうですね」
「リバー・・・」
反省室では魔法を封じられ、教科書すら与えられず、何もない狭い部屋でただひたすら反省させられると、聞いたことがあります。そんなところに3日もいなければならないなんて・・・。
私は泣きそうになりましたが、更にルークがこう言ったので、今度は仰天しました。
「それから、殿下もシュナイダーも自分も5日間の謹慎処分になってしまいました」
「ええっ?!レオ様まで?!」
王子様に次期五大公爵に騎士団団長の息子が謹慎処分になるなんて、前代未聞ではないでしょうか!




