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自覚と後悔(シュナイダー様視点)

「くそっ」

 リバーが拳を壁に打ち付けました。

 私たちは追いかけて来る先生方を振り切りながら、マーカス・ゴードンを捜していますが、見つかりません。


 リバーはまた走ろうとして、

「くそっ」

 今度は壁を蹴りました。・・・痛くないんですか?

 私がそんなことを思っていると、

「寮だ」

 と、リバーがそう言って、駆け出しました。「あー、くそったれ!すぐに思い付けよ!腹立つなあっ!あの野郎、コケにしやがって、地獄に堕としてやる!その前に使い物にならなくしてやる!」

 ・・・リバー。その台詞は紳士として、どうかと思いますよ?


「シュナイダー!」

 殿下が追い付きました。「リバーは一体、どこに行ってるんだ?」

「寮です」

「寮か」

 殿下は舌打ちして、「くそっ!すぐに思い付けよ!」

 と、口走りました。

「・・・」

 殿下まで・・・。


「教師が先回りしているかもな。移動の魔法を使う教師が何人かいるんだ。職員室に閉じ込めていたら、背後から捕まりそうになった」

 と、殿下が言ったので、私も舌打ちしそうになるのを何とか堪えると、

「移動の魔法ですか。うっかりしてましたね」

「リバーは頭にないだろうな」

「ええ。ですが、行くしかないでしょう」

 すると、前を行くリバーが止まったかと思うと、窓を開けて、迷いなく飛び降りました。

 私と殿下は顔を見合わせて、

「ここ、3階だよな?」

「ええ」

「・・・」

「・・・」

「・・・とても残念だが、私はルークやリバーとは違う」

 と、殿下が言葉通り、残念そうに言いました。

「ええ。私もです」

 非常に残念ですが、私と殿下は一つ下の階に行き、2階から飛び降りました。


 そして、私と殿下が男子寮の前まで来ると、ルークが来ていました。

「ルーク!」

 ルークが振り返って、

「殿下、シュナイダー」

「何故ここに?」

 と、私が聞くと、ルークは首を傾げて、

「何故って・・・勘?」

 ・・・ルークらしいですね。


 すると、寮の玄関から、3人の先生方に囲まれながら、マーカス・ゴードンが出て来ました。その顔色は真っ青です。

 その後をリバーが不満顔を浮かべながら、歩いて来ます。

 ・・・マーカス・ゴードンは無傷のようです。やはり、先生方が移動の魔法で先回りしていたのです。

 殿下が舌打ちしました。

 

 一人の先生が私たちに気付いて、

「追いかけっこは終わりです。職員室に行きますよ」

「・・・」

 私はリバーに目をやりました。

 リバーは大人しく後をついて来ているようでいて、マーカス・ゴードンを見る目は鋭く、隙を狙っています。

 殿下もルークもそれに気付いたようです。


 殿下がマーカス・ゴードンや先生方の前に立ちはだかり、

「お前」

 マーカス・ゴードンに向かって、「こんなことをして、ただで済むと思うなよ。この学園で王族の権威を振るうつもりはなかったが、今回だけは別だ。あらゆる手を使って、ストレーゼン侯爵家を破滅に追いやってやる」

 と、宣言すると、殿下は声高らかに笑いました。

 マーカス・ゴードンは更に真っ青になります。

 先生方は顔色を変えると、

「レイバーン君!黙りなさい!そんなことは許しませんよ!」

 そう言いながら、一人の先生が殿下の前に立ちました。

 すると、ルークが殿下と先生の間に入り、

「黙れ?!殿下に失礼なことを言わないで下さい!」

「どっちが失礼ですか!王族と言えど、この学園ではただの一生徒ですよ!」

「訂正して下さい!殿下はただの一生徒ではありません!殿下は非常に素晴らしい生徒なんです!最高の生徒なんです!全く以ってただの一生徒なんかではありません!訂正して下さい!」

 ルークの何が何やら分からない台詞に殿下は危うく吹き出しそうになりましたが、マーカス・ゴードンを挟むようにしている二人の先生がそんなルークをぽかんとして見ている様子に素早く目をやると、

「今だ!」

 と、声を上げました。


「マーカス・ゴードン!」


 リバーがそう叫ぶと、マーカス・ゴードンがギョッとして振り返りました。

「食らえ!」

 リバーは飛び上がると、マーカス・ゴードンの顔面に蹴りを入れました。リバーの足は見事なまでにマーカス・ゴードンの顔に減り込みました。


 私とルークは仰向けに倒れて行くマーカス・ゴードンが後頭部を打たないようにその体を受け止めました。

 そして、次の瞬間、王城にある設計間違いの噴水のようにマーカス・ゴードンの鼻から盛大に血が噴き出しました。・・・鼻の骨が折れたようです。


 リバーは華麗に着地すると、そんなマーカス・ゴードンや慌てふためく先生方をよそに、声高らかに笑い続けました。



 その後、移動の魔法でスターリング先生が現れました。

「ふうん・・・」

 そのスターリング先生はマーカス・ゴードンの怪我を調べていましたが、「治して欲しいですか?」

 と、落ち着き払った様子で聞きました。

 他の先生方は驚いて、

「スターリング先生?!何を言ってるんですか?!」

 スターリング先生は腰に手を当てると、

「見たところ、死ぬような怪我ではありません。私でしたら、すぐに治せますし、彼らが後頭部を打たないように支えてくれたようですから、後遺症も残らないでしょう。まあ、今はとーっても痛いでしょうけどね」

「な、治して、くだ・・・おねが、しま」

 マーカス・ゴードンは目から涙を、鼻から血を流しながら懇願します。

 スターリング先生はそんなマーカス・ゴードンを冷ややかに見下ろして、

「カサンドラ・ロクサーヌさんに対して企てた計画の全てを正直に白状すると神に誓えば、治してあげましょう。さあ、誓いなさい」

 マーカス・ゴードンは何度も頷きましたが、「誓えと言っているんです!」

 と、スターリング先生は鋭く言い放ちました。

「誓いますから、助けて下さいー!」

 マーカス・ゴードンは絶叫しました。


 

「スターリング先生はなかなか凄い方ですね」

「まったくだな。・・・何故かキャスには隠しているが、カーライル公爵夫人とは親友同士らしいぞ」

「へえ・・・通りで」

 私と殿下はスターリング先生がマーカス・ゴードンの治療をしている様子を少し離れたところで見ながら話をしています。

 リバーは大人しく先生方に連行されて行きました。・・・やっぱり笑い続けていましたけどね。

 ルークはスターリング先生が治療する様子を間近で見ています。

「・・・殿下」

「うん?」

「カサンドラ様があんな目に遭った割に静かでしたね。もちろん、何とも思っていないのではと言うことではありません。とても怒っていたと言うことは分かっています」

 殿下は溜め息をつくと、

「王子と言う立場が邪魔をするんだよ。・・・これほど王族であることを煩わしく思ったことはない。リバーが羨ましいよ」

 どこか悲しげに言いました。

 そんな殿下の横顔を見ながら、私は少し迷いましたが、


「殿下は自覚されたのではないのですか?・・・カサンドラ様が好きなのだと」


 自分でも驚きましたが、その声は掠れてしまいました。

 本当はこの時を恐れていたのだと気付きました。


 殿下はしばらく黙っていました。

 やっぱり、その表情からは何も読み取れません。

 私が殿下の答えを諦めようとしたその時、


「私はあまりに愚かだった。こんなことがなければ気付かないなんて・・・」

 

「え?」


「私はキャスを愛している。それ以外の表現は思いつかない」


「・・・」


「倒れているキャスを見て、キャスに対して、猛烈に腹が立っていたんだ。それこそ、首を絞めたくなるくらいな。多分、今も腹が立っている。だが、血が消えて、顔色が良くなって、ただ安らかに眠っているようなキャスを目にした時、ただただ愛おしいと思った。・・・そのことに自分でも驚いて、情けないことに、一人動揺してしまっていた」


 殿下はそこまで言うと、私と向き合って、

「だが、どうこうするつもりはない」

「は?」

「それでも、シュナイダーには話しておかないといけないと思った。お前も正直に話してくれたんだからな」

「どうこうするつもりはないって・・・」

「また忘れると言うことだ」

 私はこんな時なのに笑ってしまうと、

「無理ですよ。貴方は忘れられるわけがない」

「・・・」

 殿下は頬を膨らませると、「忘れる」

「何故、忘れる必要が?」

「自分が自分でなくなるからだ。こんな思いは困るんだ。何より私はキャスが怖い」

「怖い・・・?」

「ああ。怖くて堪らない」

「・・・」

 ・・・どういう意味ですか?


「殿下ー、シュナイダー、どうでもいいかもしれませんが、治りましたよー」

 と、ルークが私たちに向かって、手を振りました。

「本当にどうでもいいけどな」

 そう言って、殿下は何事もなかったかのように笑いました。

「どうでもいいとは何ですか!私はもうふらふらなんですよ!」

 と、スターリング先生は怒りました。


 殿下もルークも笑っていましたが、私はもう笑えませんでした。


 ・・・聞かなければ良かったと後悔しました。



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