断片(メグ視点)
こんな時ではありますが、私、マーガレット・フォスターは、キャスが寝言で、
『レオ様、大好き』
なんて、とんでもないことを言ったので、一気に気分が盛り上がってしまいました!
ところが。
「な・・・チョコ、レート・・・あ、げますから、拗ねない、で・・・くださ」
と、キャスは続けて言いました。
「ん・・・?」
チョコレート・・・?
とりあえず、キャスの寝言を繋げてみましょう。
『レオ様。大好きなチョコレートあげますから、拗ねないでください』
私、ずるっと、椅子から滑り落ちそうになりましたが、何とか踏ん張ると、
「紛らわしい寝言はやめてちょうだい!」
と、声を上げてしまいました。
すると、キャスが眉間にシワを寄せて、
「うう・・・」
と、声を出しましたが、結局、起きませんでした。
事情が聞きたいから、早く起きればいいのにと思ってはいますが、私が声を上げたせいでキャスを起こしてしまうのは申し訳ないですから、とりあえず、ホッとしました。
それよりも、私はキャスのことに関してはレオンハルト殿下を応援する気は一切ないです。なのに、一瞬と言えど、私の恋愛小説好きな部分が刺激され、気分が盛り上がってしまいました。
そんな自分に少々腹が立ちましたので、
「チョコレートでもキャラメルでも何でも吐くらいあげちゃっていいわよ」
と、眠るキャスに言ってあげました。
それにしても、ローズマリーさんがいなくて良かったですね。
どちらにしろ、気まずいことになっていたはずですから。
何となく空気がこもっているような気がしたので、空気を入れ換えるために窓を開けました。
心地の良い風が室内に流れて来て、キャスの前髪が微かに揺れました。
私がしばらく外の風景を見つめていると、
「・・・?」
ローズマリーさんが言ったように女性の悲鳴が聞こえて来たかと思ったら、ガラスが割れる音がしました。
すぐに思ったのは、高級品が大変。です。
ガラスや陶器は粉々に割れようものなら、魔法でも完全には直せないのです。ですから、物凄く高いんです。
ひびが入ったくらいなら直せますが、その場合、専門の職人さんに頼まなくてはなりません。職人さんは数が少ないので、やはりとてもお金がかかるんです。
ですが。
「やだ。私ったら、お金の心配をしている場合じゃないわね」
私は我に返ると、様子を見に行くことにしました。悲鳴が上がり、ガラスが割れたりと・・・普通ではありません。さすがに気になります。
窓を閉めて、
「すぐに戻って来るから」
キャスにそう声を掛けると、医務室を出ました。
階段を上がっていると、
「教室に戻りなさい!!」
「戻って!!」
先生方の怒鳴り声が耳に入って来ました。な、何事?
急いで階段を上り切ると、何人もの生徒が私の前を走って行きました。
「リバー様の前にマーカス・ゴードンを突き出してやる!」
その中の一人が言い、皆が口々に同意しました。
何だか良く分かりませんが、リバー様の派閥の人たちがマーカス・ゴードンとやらを捜し始めたようです。先生方の制止も無視です。
これは授業になんかならないわね。
私が納得しながら、教室に向かっていると、
「ローズマリーさん?」
ローズマリーさんが一人の男子生徒の手を取っていました。な、何をしているの?
「もう大丈夫ですよ」
そう言って、ローズマリーさんが男子生徒の手を離しました。
「あ、ありがとうございます」
男子生徒は赤くなりながらお礼を言うと、走って行ってしまいました。
「ローズマリーさん」
私が声を掛けると、ローズマリーさんが駆け寄って来て、
「マーガレット様。ロクサーヌ様は目を覚ましました?」
私は辺りを見渡しながら、
「まだなのだけど、悲鳴やらガラスが割れる音が聞こえて来たから、気になって来てみたのよ」
ローズマリーさんは頷くと、
「リバー様の派閥の生徒さんが我先にと競い合うようにマーカス・ゴードンって方を見つけようとしていて、それが殴り合いの喧嘩にまで発展してしまったんです。それに怯えた方々が悲鳴を上げたり、泣き出してしまって」
「さっきの方は?」
「え?ああ。割れたガラスで怪我をされたので、治療をしていたんです」
ローズマリーさんは傷を癒すことの出来る不思議な力を持っているらしいのです。ちゃんと見てみたかったのに、残念です。
「ところで、リバー様たちはどこに行ったのかしら?声が聞こえないわね」
と、私が言ったところで、
「きゃあああっ」
悲鳴が上がり、二人の男子生徒がもつれ合うようにして、教室から廊下に転がり出て来ました。
前から気に入らなかったとか何とか言い合っています。キャスもリバー様も関係ないじゃないの!
すると、
「男爵家が調子に乗るなよ!」
男子生徒はそう叫ぶと、相手の男子生徒を殴りました。
その時、私の脳裏にあの光景が甦りました。
お母様があの悪魔に無慈悲なまでに殴られて、蹴られて・・・。
私はそれをただ見ているだけで・・・。
そして、あの悪魔はお母様の顔を踏みつけながら、私を見て、笑った・・・。
『よく覚えておけ。これはお前のせいなんだぞ』
「マーガレット様!」
ローズマリーさんに肩を揺すられて、私はハッと我に返りました。「大丈夫ですか?真っ青ですよ」
「え、ええ・・・」
見ると、二人の男子生徒は先生方に取り押さえられていました。私はこれ以上、暴力を見ないで済むことに安堵しながらも、どこか鋭いところのあるローズマリーさんが怪訝そうな目で私を見ていることに気付くと、「は、初めて、喧嘩なんて見てしまったから、驚いてしまったみたい。わ、私、キャスが心配だから、医務室に戻るわね」
ローズマリーさんから、逃げるようにその場を離れました。
医務室に戻る途中、吐き気がして、お手洗いに駆け込みました。
胃の中が空っぽになって、やっと、医務室に戻ることが出来ました。
キャスはまだ起きる気配がありません。
私は力無く椅子に座り、
「キャス・・・私、堪らなく心細いのよ。お願いだから、起きてちょうだい・・・」
そしてら縋るような思いで、キャスの手を握りました。
すると、ややあって、キャスが私の手を握り返しました。
キャスはやっぱり眠ったままでしたが、それでも私は救われたような気持ちになりました。
医務室へ戻ってから来て、もう既に2時間が経ち、私がついうとうとしていると、
「失礼しますっ!」
その声の後、医務室のドアが開きました。
「る、ルーク」
現れたのはルークでした。
ルークは私に向かって、にっこり笑って見せると、ベッドの側に来て、
「カサンドラ様はまだ起きないんですか?!」
「ちょっと、声が大きいわよ」
と、私が慌てて注意すると、ルークはしまったと言うように舌を出してから、
「メグさん、昼食を取ってないんじゃないかと思って、サンドイッチを貰って来ましたよ。カフェオレもあります」
「まあ。ルークにしては気が利くわね」
私は感心しましたが、ルークはまた舌を出して、
「シュナイダーがそうしろって言ったんです」
「・・・あ、やっぱり」
「ですよねー」
ルークは楽しそうに笑いました。
この後、私はサンドイッチとカフェオレをいただきながら、今回の騒動についての経緯を全てルークに教えてもらいました。
レディが殿方の話に口を挟むわけにはいきませから、何とか最後まで聞いた後にようやく、
『貴方、笑ってる場合じゃないわよね?!』
一番初めに頭に浮かんだ言葉を口に出すことが出来たのです。
・・・ルークの笑顔を見た途端、泣きそうになっただなんて、絶対に言えません。
キャスの寝言についてですが・・・申し訳ございません!




