甦る怒り(シュナイダー様視点)
黒幕が分かりましたので、少し時間が戻ります。
リバーが医務室のベッドにカサンドラ様を横たえるのを、私、殿下、ルーク、アーロンは見守っていました。
リバーはカサンドラ様の髪を撫でながら、
「少しの間、会えなくなるね・・・」
と、呟きました。
・・・リバーは、最初からある程度は覚悟をしていたのでしょう。
リバーは名残惜しそうにカサンドラ様の寝顔を見ていましたが、不意に背筋を伸ばし、
「さて。行くか」
そう言って、軽く自分の両頬を叩くと、こちらを見ました。
さっきまであんなに暴れていたとは思えない程、いつもと変わりないリバーがそこにいました。
そして、殿下に向かって、軽く頭を下げてから、
「すみません。お待たせしました」
「ああ。行こうか」
殿下はそう答えました。
スターリング先生にカサンドラ様のことは他の人に任せなさいとリバーは言われましたが、自分が医務室に連れて行くと言い張りました。
仕方なくそれを認めたスターリング先生は殿下に5分後にリバーを職員室に連れて来るようにと言ったのです。
私たちが職員室に入ると、7人の生徒たちは横一列に並んで立っていました。
リバーの姿を認めると、皆、途端に怯えたような表情を浮かべ、肋骨まで折られたリーダー格の男は泣き出してしまいました。
私ももちろん彼らに対して怒りはありましたが、泣かれてしまうとさすがに削がれてしまいます。
殿下は不思議な生き物を見るような目で泣いている男を見ています。
男が泣くなよ。と、呟いたルークですが、自身が赤い目をしていることに気付いているのでしょうか?
アーロンは俯いています。・・・治療しますと言った私に怪我はないと言い張りましたが、とてもそんな風には見えません。
ちなみにこの7人がここまでリバーを恐れているのは、骨を折られただけでなく、リバーがずっと笑っていたせいもあるのです。
もちろん、リバーは可笑しくて笑っていたわけでも、気分が高揚していたわけでもありません。
笑うことによって、更なる恐怖心を彼らに植え付けたのです。・・・まったく。いい性格をしていますよね。
そんなリバーはもう彼らには一切興味をなくしたようで、彼らを一度も見ることなく、殿下の右隣に立つと、窓の外に目を遣りました。
私は殿下の左隣に、その私の隣にはルークが、左端にアーロンが立ちました。
学年主任の先生が私たちと7人の生徒の間に立つと、
「では、カサンドラ・ロクサーヌさんが怪我をした件について、順を追って、説明してもらいましょうか」
と、言うと、ちらりと殿下を見ました。
・・・スターリング先生以外の先生方は厄介なことになったなと言うような顔をしています。
今まで、この学園でも生徒間の揉め事は大なり小なりあったでしょう。
ですが、王族が関わるなんてことは今までなかったはずですから、先生方も頭が痛いことでしょう。
それにしても、あまりにも殿下が静か過ぎることがやや気になります。
今の表情からは何を考えているのか全く読めません。
さっきは倒れていたカサンドラ様の額を流れる血に殿下の目は釘付けになっていました。もちろん、動揺して、当然の場面です。
ですが、スターリング先生に治癒魔法をかけてもらい、カサンドラ様の怪我が治った後の方が殿下は動揺していたような気がするのです。落ち着きがなくなっていたような気がするのです。
・・・そんなことを私が考えながら、殿下を横目で窺っていると、殿下はそんな私の視線に気付き、どこかばつが悪いような表情を浮かべた後、私から顔を背けました。・・・?
私は殿下の様子を不思議に思っていましたが、
「マーカス・ゴードン様に頼まれたんです」
と、言う声で我に返りました。
マーカス・ゴードン・・・ストレーゼン侯爵家の三男だったと思います。話をしたことはありませんが、一応、顔は覚えていました。
ストレーゼン侯爵の方は私の祖父と親交があったと記憶しています。
「そのマーカス・ゴードンが何故お前らにそんなことを頼んだんだ?」
と、リバーがややきつい口調で聞きました。
・・・何だかまた不穏な空気が流れ始めて来たようです。
すると、私とリバーの担任の先生が、
「ロクサーヌ君、黙りなさい。君に質問する権利はないよ」
と、注意したので、
「申し訳ありません」
リバーはすぐに謝りましたが、明らかに口先だけで謝っています。
担任の先生は当然それに気付いたようで、これでもかと言うくらい眉をしかめました。
7人の生徒の中で比較的しっかりしている男子生徒が、リバーの顔を窺いながら、
「ご、ゴードン様はカサンドラ・ロクサーヌ様を入学当初から狙ってました。必ず自分の物にしてやると・・・い、言っていました」
と、言うと、一瞬にして、リバー、殿下、ルークの纏う空気が変わりました。
「自分の物にするだなんて、あまり感心しない物言いね」
スターリング先生は不快感を露わにしましたが、「それで?」
「そ、それで、ゴードン様は、そ、そこのディアボルト、君をカサンドラ・ロクサーヌ様を釣る餌にすることにしたんです。カサンドラ・ロクサーヌ様を俺たちがディアボルト君をな、殴ったりしているところに連れて行き、そこへゴードン様が助けに入ることになっていたんです。そしたら、カサンドラ・ロクサーヌ様はゴードン様への警戒心を解きますよね?感謝するだろうし、ひょっとしたら、好意を持つことだって・・・あるかもしれませんよね?そ、それで、その・・・あの・・・そのー・・・」
男子生徒は手を握ったり離したりしながら、またちらちらとリバーの顔を窺い始めました。・・・苛々するのですが。
スターリング先生は苛々と右足を動かしていましたが、
「勿体振らないで、さっさと話しなさい!」
と、鋭く言い放ちました。
男子生徒は震え上がると、
「それでっ、ゴードン様は、カサンドラ・ロクサーヌ様を油断させ、別の場所に連れて行き、犯すつもりだったんです!ゴードン様はカサンドラ・ロクサーヌ様の純潔を奪い、結婚するのだと言っていました!」
「ー・・・」
背中に震えが走り、更に怒りか恐怖のせいかは分かりませんが、腹の中で何かが燃え上がったような感覚が起こりました。
もし、カサンドラ様と同じクラスであるあの彼が私に知らせてくれなかったら、カサンドラ様は今頃、女性としての人生をめちゃくちゃにされていたかもしれません。もう二度とあの笑顔が見れなくなっていたかもしれません。
「お前ら、ふざけるなよ!そんな卑劣な計画に手を貸したのか?!人間として、恥ずかしくないのかっ!」
ルークがそう怒鳴った次の瞬間、椅子が空中を舞い、派手な音を立てて、戸棚にぶつかりました。
リバーが椅子を蹴り飛ばしたのです。
そして、その場が静まり返った後、
「あの野郎!ぶっ殺してやる!!」
リバーの怒号が職員室に響き渡りました。
その顔には今まで見たこともない怒りの形相が浮かんでいます。
そんなリバーを見て、7人の生徒が揃って、悲鳴を上げました。
・・・恐れていた第二波が来たようです。
リバーの怒りは当然です。
純潔を奪いたいなどと発言すれば、それだけで、その女性を侮辱し、汚したことになります。そんな目で見ただけでも、罪深いことです。
ですから、リバーの中ではカサンドラ様がマーカス・ゴードンに汚されたも同然なんです。
「シュナイダー」
殿下が私の腕を掴み、「もうここまで来たら、リバーの好きなようにさせるしかない。私も責任を負う」
と、素早く言いましたので、私はすぐに頷きました。
殿下はルークにも同じ事を言い、ルークも頷きました。
「待ちなさい!!」
先生方が声を上げました。
リバーが駆け出したのです。
待てと言われて、待つわけもなく、リバーは一直線にドアへと向かいます。
待ちなさいと言われた時、リバーは紳士としてはどうかと思う台詞を吐きましたが、聞かなかったことにしましょう。
先生方がそんなリバーを止めようと追いかけます。
更に私と殿下とルークはそんな先生方の邪魔をするために走りました。
リバー。私と貴方は敵を素手で殺せるよう訓練を受けています。だからこそ、加減は分かっているはずです。
ですが、どうか、ほどほどでお願いします。
もちろん、私も責任は負いますけどね。




