何故、笑う(ルーク視点)
歴史の教室にいるはずのカサンドラ様が庭の片隅で頭から血を流して、倒れていました。
何故こんなことに?
リバーに言われ、自分はスターリング先生の元へ走りました。
必死に走りながらも、自分を責めずにはいられませんでした。
自分がいながら、カサンドラ様をあんな目に遭わせてしまった。
自分はカサンドラ様を守れなかった。
殿下に絶対気を抜くなと言われていたのに。全て自分の落ち度だ。カサンドラ様にもしものことがあったら、自分はどうしたらいいんだ?
恐怖で胸が締め付けられ、悔し涙が視界を曇らせます。・・・自分は慌てて目元を拭いました。
治癒魔法でも頭部の怪我を治すのは簡単ではないと聞いたことがあります。カサンドラ様ほど治癒魔法の能力が高くないと言っていたシュナイダーでは手に負えないかもしれません。
だから、一刻も早くスターリング先生をカサンドラ様のところへ連れて行かなければなりません。泣いている場合じゃない。
カサンドラ様、待ってて下さい!
「先生ー!!」
ある教室のドアを自分が開けると、スターリング先生も生徒の皆さんも驚いて、こちらを一斉に見ました。
自分はそれに構わず、教室の中に入って行くと、
「シャウスウッド君!いきなり何ですか?!出て行きなさい!」
怒るスターリング先生にも構わず、
「怪我人です!早く来て下さい!」
と、自分は言うと、スターリング先生の腕をつかみました。
「ち、ちょっと、授業中ですよ!」
自分は生徒の皆さんに向かって、頭を下げると、
「自習ってことでお願いします!!すみません!!」
「何を勝手なことを言ってるんですか!」
と、スターリング先生が自分の腕を振り解こうとしながら、厳しい口調で言いましたが、
「カサンドラ様が死んでしまうかもしれないんです!助けて下さい!お願いします!」
死ぬことはないかもしれませんが、頭からあんなに血を流すなんて、ただ事ではありません。それに治療の遅れが取り返しのつかないことに繋がるかもしれません。だから、カサンドラ様を早く治してもらうためにはなりふり構ってはいられないんです。
教室中にどよめきが上がる中、自分はスターリング先生を強引に引っ張って行きました。
カサンドラ様の元へ向かいながら、自分が分かっているだけのことをスターリング先生に話しました。
そして・・・。
「な、何なのこれ・・・」
と、スターリング先生が呆気に取られて言いました。
自分もびっくりしました。
リバーの周りに7人の生徒が倒れていました。おまけに全員のた打ち回っています。・・・ここまで痛がるなんて、一体、リバーは何をしたんだ?
リバーはそんな7人を見下ろしながら、
「あはははっ!」
何故か声高らかに笑っています。この場にそぐわないリバーの笑い声は何だか異様で、自分はゾッとしました。
「スターリング先生!」
スターリング先生が来たことに気付いたシュナイダーが声を上げました。
自分もスターリング先生も我に返り、リバーも笑うのを止めて、カサンドラ様の元へ走りました。
「血は何とか止めたのですが、これ以上は私の手に負えません」
と、シュナイダーが額の汗を拭いながら悔しそうに言いました。
「頭部の怪我は難しいんです。ですから、むやみにつつかない方がいいんですよ。これで十分です」
スターリング先生はシュナイダーを労うように言うと、膝をつきました。
それから、カサンドラ様の怪我を調べ始めましたが、
「一体、何があったんですか?」
と、説明を求めます。
「ぼ、僕を・・・」
アーロンはカサンドラ様と同じくらい真っ青な顔をしています。「き、キャス様は僕を、た、助けようとして、こんなことにっ、全部、僕のせいなんですっ・・・」
アーロンの声は震えていて、体も小刻みに震えています。
殿下がそんなアーロンの肩に手を置くと、
「大丈夫。キャスは大丈夫だから」
と、励ますように言いましたが、殿下はアーロンにと言うより、自分に言い聞かせているようでした。
スターリング先生がカサンドラ様の怪我の辺りに手をかざして、呪文を唱え始めました。
すると、カサンドラ様が苦しげな声を上げてから、何かを求めるように手を伸ばしました。
「り、リバー・・・リバー・・・」
と、カサンドラ様が呟きます。「ど、こ・・・戻っ、き、て・・・」
そんなカサンドラ様を前にリバーはぐっと唇を噛み締めましたが、7人を殴った時に出来た擦り傷のある手でカサンドラ様の手を握ると、
「・・・キャス。僕は戻って来たよ。ここにいるよ。どこにも行かないから、大丈夫だよ」
と、安心させるように言うと、握ったカサンドラ様の手の指先にそっと唇をつけました。
すると、カサンドラ様の苦しげな表情が少し和らぎ、口元は笑ったように見えました。
自分たちが固唾を飲んで、スターリング先生がカサンドラ様に治癒魔法をかけているところを見守っていると、
「ふうっ」
スターリング先生が息を吐き出しました。
「スターリング先生、姉の怪我は?どうなんですか?」
と、リバーが聞きます。
スターリング先生はリバーに向かって頷くと、
「もう大丈夫ですよ。傷一つ残ってませんから、安心して下さい」
カサンドラ様の顔色は目に見えて、良くなりましたし、呼吸も正常で、今は眠っているようにしか見えません。
リバーは笑顔を見せると、
「ありがとうございます!」
と、弾むような声で礼を言うと、何度もスターリング先生に頭を下げました。
・・・良かった。カサンドラ様は自分の前からいなくなったりしない。本当に良かった。
自分もスターリング先生に向かって、頭を下げながら、また出て来た涙を拭いました。
「ところで」
スターリング先生は立ち上がると、まだのた打ち回っている7人を手で示すと、「一体、あの生徒たちに何をしたんです」
リバーはカサンドラ様を抱えると、もう何の興味もないと言うように7人を見ることもなく、
「全員の腕と足の骨を折ってます。ああ。でかい奴は肋骨も何本か折りましたね。それで僕はもう気が済んだんで、治してあげて下さい」
リバーはそう平然と言ってのけました。
はあ?
スターリング先生がサッと青ざめて、
「なんですって?!」
と、叫び、殿下とシュナイダーはやれやれと言うように首を振りました。
「怖っ」
自分は身震いしながら、今後絶対にリバーを怒らせてはならないと固く心に誓いました。




