踏み込んで、怒られる
放課後・・・。
「アーロン」
私は一人で廊下を歩いていたアーロンに声を掛けました。
アーロンは私に気付くと、にっこり笑って、
「キャス様。どうしたのですか?」
いつもと変わらない笑顔を浮かべるアーロンを見て、やっぱり止めておこうかと私は思いましたが、アーロンは大事なお友達ですので、踏み込んでみるべきだと思い直し、
「あ、アーロン、昨日のことなんですが、お茶の時間にあの3人組と一緒にいましたよね?あの方たちとはお友達なのですか?」
私がそう聞くと、アーロンの笑顔が消えました。
ですが、それはほんの一瞬で、
「あの3人組って、誰のことですか?」
アーロンの口調はいたって穏やかです。
「前に歴史の授業の後、一緒に歩いていた私とアーロンをにやにやしながら見ていた方たちですよ。私とお話したいとか言って、私の腕をつかんだ人がいたでしょう?それで、アーロンが助けてくれたでしょう?」
アーロンは苦笑いして、
「助けてくれたのはゴードン様ですよ。僕は何にもしてません」
「そんなことありません!」
と、私は思わず、強い口調で言ってしまいましたが、アーロンの驚いた顔を見て、「あ、ご、ごめんなさい。つい・・・。それで、あの3人組とは・・・」
「お友達ではありませんよ」
「でも、親しそうにアーロンの肩を叩いて・・・」
と、私は言いかけましたが、ふと、ある可能性が頭の中に浮かんで来ました。「アーロン・・・もしかして、あの方たちに嫌がらせされてるんじゃ・・・」
私がその可能性を思わず口に出してしまうと、アーロンが明らかに表情を変えました。
「そ、そうなんですか?何をされているの?」
「嫌がらせなんかされてません。用がありますので、これで失礼します」
と、アーロンは言うと、足早にその場から去ろうとしたので、
「待って下さい!」
私はアーロンの肘の辺りをつかんで、止めようとしましたが、
「っ・・・」
アーロンが顔を歪めました。私は慌てて手を離すと、
「ごめんなさい。腕を痛めてるんですか?私、治癒魔法を・・・」
「それほど痛くありませんから」
「そんな風には見えませんよ。ねえ、アーロン、私では頼りないかもしれないけど、話してくれませんか?話すだけでも違うと思うのです」
「・・・」
「あ、じゃあ、リバーやシュナイダー様に相談してみませんか?話し辛いのは分かりますが、私なんかより、頼りになるし、あ、そうです!ローズマリー様に・・・」
と、私が言いかけると、アーロンが私を睨むように見て、
「やめて下さい!キャス様のように悩む必要も苦労する必要もない公爵家の方に、僕の気持ちなんか分かるはずがないです!余計なお節介をしないで下さい!!」
と、声を荒らげました。
「ー・・・」
怯えた私が体を震わせてしまうと、アーロンは自分が言った言葉に自分で驚いたようで、あっと声を上げました。
そして、私に向かって、慌てて頭を下げると、
「すみませんっ。失礼します!」
・・・アーロンは走って行ってしまいました。
「あ、カサンドラ様」
私が教室に戻ると、待っていたルークが駆け寄って来て、「あれ?・・・カサンドラ様、ほっぺが真っ赤ですけど、どうしたんですか?もしかして、不器用なのに、自分でお化粧をしたんですか?はっきり言いますが、変ですよ?鏡、見ました?」
「こ、これがお化粧なわけがないでしょう。うっかりさんな口にお仕置きしたんですよ」
「お仕置き?・・・自分で叩いたのですか?」
「・・・はい」
・・・アーロンが怒るのは当たり前です。あんな時にローズマリー様の名前を出すべきではありませんでした。前にローズマリー様がアーロンを心配していたことがふと頭によぎってしまい、つい、言ってしまいました。何て、馬鹿なんでしょう。
ルークはこれでもかと眉をしかめて、
「カサンドラ様。一応、女性なんですから、顔を叩くなんてしてはいけませんよ」
一応、女性・・・一応?ちょっと引っ掛かりましたが、無視することにして、
「・・・はい」
「一体、何があったんです?」
「余計なことを言って、アーロンを怒らせました・・・」
「アーロンを?アーロンが怒るなんて、よっぽどですね」
「・・・はい」
「ですが、悪気はなかったんでしょう?」
「もちろん、悪気なんかないですよ・・・。でも、悪気がないからと、許されるわけじゃないですし・・・私、どうしたら・・・」
ルークは溜め息をつくと、
「もちろん、謝るしかないでしょう。殿下の時と違って、喧嘩しているわけではないんですから、カサンドラ様から謝るしかないですよね?」
「・・・」
「アーロンとこのまま話すことがなくなっても良いのですか?お友達ではなくなってしまいますよ?」
私は慌てて、首を振り、
「良くないです!」
ルークは頷いて、
「明日は歴史の授業があるでしょう?その時にお話したらいいのではないですか?」
「はい!」
アーロンは大事なお友達です。絶対許してもらわなくてはなりません。
「ルーク、ありがとう」
と、私がお礼を言いますと、ルークは微笑んで、
「では、その顔を早く治して下さいね」
「嫌です。お仕置きですから、自分で治したら、お仕置きの意味がありません!治しません!」
ルークは渋い顔になると、
「変なところで意地っ張りですね。そこまで真っ赤になるくらい叩いたのなら、十分、お仕置きになってますよ」
「こんなのはすぐ治りますから、いいのです」
「カサンドラ様、ダメですよ。リバーに言い付けますよ?」
「さすがのリバーも女子寮には入れませんからね。明日までには元通りになりますから、証拠は残りませんよ。知らんぷりしてやります。ふふん」
「ふふん?!それ、何ですか?!イラッと来ました!」
「さあ、寮に帰りましょう」
「いえ!帰しません!リバーはまだ校舎内にいるはずです!リバーのところへ連れて行きます!」
ルークがむんずと私の腕を掴みました。
「ぎゃー!離してー!」
「離しません!」
リバーは怖いので、行きたくないです!
「私、絶対にここを動きません!」
私が足を踏ん張りながら言いますと、ルークはにやりと笑って、
「じゃあ、ここにいましょう。リバーに鳥を飛ばして、ここに来てもらいます。確か殿下も一緒にいるはずです」
「?!」
ぎゃあ!学園のお母様まで一緒なんて、まずいです!2倍、いえ、5倍、お説教されるに決まってます!「くっ・・・。リバーだけでなく、レオ様もだなんて・・・ひ、人の弱みを利用するとは、卑怯な・・・」
と、私が言いますと、ルークはムッとして、
「カサンドラ様に卑怯なんて言われたくありません。証拠に残らないなんて、カサンドラ様も卑怯なことを言っているではありませんか」
「私は卑怯ではないのです。ずるいことを言っただけなんです」
「そんなことを堂々と言わないで下さい!だいたいうっかりさんな口にお仕置きしただなんて、カサンドラ様はちょっと頭がおかしいのではないですか?」
「あ、頭がおかしい?!私は自分に腹が立ったから、叩いたんです!なのに、頭がおかしいだなんて!私もルークにはイラッとして来ましたよっ!」
と、私が言ってやりますと、ルークは鼻で笑って、
「気が合いますね!何を考えているんだか理解不能なカサンドラ様と気が合っても、仲間入りするみたいで、全く嬉しくないですけどねっ!」
「し、失礼な人ですね!私も嬉しくなんかないですよ!このレオ様馬鹿!」
「何の関係があるんですか?!」
・・・何て風に私とルークがくだらない言い争いをしていますと、
「まあ!ロクサーヌ様!」
んっ?!
ローズマリー様がやって来て、
「そのお顔、どうしたんですか?熱にしてはおかしいですね。頬だけが真っ赤ですし・・・」
「あ、ローズさん。聞いて下さいよ。お仕置きだとか言って、カサンドラ様が自分で顔を叩いたんですよ」
「ルーク!」
余計なことを言わないで下さい!
「お仕置き?」
ローズマリー様はきょとんとしましたが、
「カサンドラ様は自分で治せるのに、拒否するんですよ。全く困った方ですよ」
「だから、自分で治したら、お仕置きの意味がないんですよ!」
「ああもうっ!うっとうしい!引きずってでも、リバーの所へ連れて行きますからね!」
「リバーは怖いから、嫌ですー」
「いい加減にして下さい!!」
ルークは一喝すると、私を引きずって行きます。私の力では敵うわけもなく・・・。
「ううっ・・・」
仕方なく、リバーとレオ様にお説教されることを選んだ私がルークに引っ張られて行こうとしていると、
「ルークさん。待って下さい」
と、ローズマリー様が言いましたので、ルークが立ち止まります。そして、「ロクサーヌ様。失礼します」
ローズマリー様が私の前に立つと、私の顔を両手で包むようにしました。
えっ?!何ですか?!同性なのに、ちょっとドキッとするではないですか!
すると、次の瞬間、私の両頬がぽうっと暖かくなりました。
「うえええーっ?!」
ルークが仰天して、「カサンドラ様!治っちゃいましたよ?!」
「えっ?!」
そう言えば、全然痛くなくなりました!
ローズマリー様はにっこり笑うと、
「私が治す分には問題ないですよね?」
今、呪文を唱えてませんよね?!一体、何をしたんですか?!




