無駄だとしても(シュナイダー様視点)
殿下はやはりあの雨の日の私とカサンドラ様を見ていたのです。
『・・・私のキャスに触るなと思った。私は性懲りもなく、またキャスのことを好きになっていたのだとその時に気付いた』
・・・また?ずっと、好きだったの間違いじゃないのか?と、私が思っていると、殿下は俯いて、
「恥ずかしかった。アンバーのじいさんの葬儀が終わったばかりで、シュナイダーは悲しんでいるのに・・・なのに、私ときたら・・・本当に恥ずかしかった」
「それでまたカサンドラ様を忘れることにしたと」
殿下は頷きました。「結局、私が言ったように貴方はカサンドラ様しか好きになれないじゃないですか」
殿下は赤くなると、
「そんなことはない。第一、キャスはローズマリーとのことを応援してくれていたんだ。私のことなんか眼中にない証拠だろう。キャスが私を何とも思っていないのは私が一番良く分かっていた。だから、忘れたんだ」
「忘れてなんかいないでしょう」
「いや。私はその都度、その都度、きちんと忘れている」
殿下はいやに堂々と言い張りました。
「・・・」
良くそんなことが言えますね。私は呆れました。
「ともかく、今、私はキャスのことは何とも思っていない。だから、私のことは気にせず、キャスに好きだと言えばいい。シュナイダーだって、逃げてるんじゃないのか?」
「・・・」
貴方だけには言われたくないです。と、私は思いながらも、「では、本当に私が思いを告げてもいいんですね?」
「ああ」
「もし、私とカサンドラ様が婚約しても、貴方は心から祝えますか?」
「ああ」
殿下は淀みなく答えます。
「貴方は私の従兄弟ですし、カサンドラ様の友人でもあります。婚約披露のパーティーも結婚式も出席してくれますよね?」
「ああ」
「私とカサンドラ様が神の前で永遠の忠誠と愛を誓い合うところを見ても、平気なんですか?」
「・・・ああ」
・・・おや?
「貴方は五大公爵家の交流会を再開するべきだと思っている。私の妻となったカサンドラ様とは1ヶ月に一度は必ず会うことになりますよ?夜会もありますよね?私とカサンドラ様が踊っているところを見ても・・・」
「しつこいぞ!」
殿下が声を荒らげます。「友人であるシュナイダーとキャスを祝福するのは当然だろう!」
私はにっこり笑って、
「では、私とカサンドラ様の子供も可愛がって下さいますか?」
と、聞きました。
「は?」
殿下はぽかんとしました。
こんな間抜けな顔をする殿下を見るのは後にも先にも、これきりだと思います。
「子供が大きくなれば、カサンドラ様は貴方を紹介するでしょうね。この方が私の生涯の友だと」
「・・・」
「貴方は可愛がってくれるでしょうね。何と言っても、生涯の友の子供なのですから」
「・・・」
「子供は3人くらい欲しいですね。リバーとカサンドラ様を見ていたら、双子もいいなと思いますが、こればっかりは確実ではないですから。あ、国王陛下となられる貴方に名付け親になってもらうのはどうでしょう?」
「・・・」
「カサンドラ様も賛成してくれるはずですよね。貴方は私の妻となるカサンドラ様の生涯・・・」
「いい加減にしろ!誰が名付け親になんかなるか!誰が可愛がるか!」
殿下はそう声を上げながら、立ち上がりました。
私は首を傾げると、
「おや?可愛がってくれませんか?カサンドラ様が悲しみますよ。貴方は生涯の友なのに」
「生涯の友、生涯の友って、うるさいんだよ!人が黙って聞いているからと調子に乗って、べらべら喋るな!思いも告げてないくせに、何が子供だ!気が早過ぎるんだよ!頭がおかしくなったのか?!」
・・・貴方を怒らせてみたかっただけです。私は内心笑いながら、
「貴方だって、べらべらと昔の夢の話までしたではありませんか。抱きしめただとか、口づけとか、11歳でそんな夢を見るなんて、ずいぶんとませてますよね。まあ、そんな夢を見るのは勝手ですが、反応に困りますから、いちいち話さなくていいですよ。殿下は恥ずかしくないのですか?」
殿下は真っ赤になって、
「う、うるさい!今になって、恥ずかしくなって来た!もう忘れてくれ!」
「努力します。あ、カサンドラ様には話さない方がいいですよ」
「話すわけないだろう。また変態呼ばわりされる」
「・・・」
「・・・」
「ふっ」
私は吹き出してしまうと、「殿下を変態呼ばわり出来るのはカサンドラ様くらいですね」
と、言って、笑いました。
殿下はつられるように笑うと、
「全くだな。いい度胸してるよな」
私と殿下はしばらく笑っていましたが、
「・・・それにしても、貴方は何だかんだで嘘がつけない方ですよね。こんなに色々と話して下さるとは思いませんでした。意外と簡単でしたね」
殿下はこれでもかと眉をしかめて、
「お前なあ・・・」
「私は!」
私は殿下が文句を言おうとするのを遮ると、「嬉しいですよ。ここまで腹を割って、話すことが出来て。・・・私も感謝しています。殿下。ありがとうございます」
私は頭を下げました。
殿下は目を丸くしましたが、
「よ、よせ。何も頭を下げるようなことではないだろう」
「貴方のカサンドラ様に対する思いを知っていながら、知らない振りをしていたせいもあって、貴方に真正面から向き合えなくなっていました。ですから、すっきりしました」
殿下は目を細めて、
「シュナイダー・・・」
「後は貴方が素直にカサンドラ様が好きだと認めて下されば、更にすっきりするのですが」
殿下はまたムッとして、
「本当にしつこいな。私のことは放っておけ。私はシュナイダーとキャスが幸せならそれでいい」
「なら、名付け親・・・」
「それは絶対に嫌だ!」
と、殿下は声を上げると、スケッチブックを取り上げ、「戻る!疲れた!寝る!」
殿下は大股でドアに向かいます。
「・・・」
何故、片言なんだろう・・・と、私は思いつつ、「お休みなさい」
と、声を掛けると、
「・・・シュナイダー」
殿下は私に背を向けたまま、「ローズマリーとは少し離れてみるよ」
「殿下・・・」
「お休み」
殿下は私の部屋を後にしました。
私はその後、夕暮れを眺めながら、淹れ直したお茶を飲みました。
殿下は結局、カサンドラ様を好きだと認めませんでした。
ですが、殿下が改めて、カサンドラ様のことが好きだと気付くのは、そう遠い日ではないと私は思うのです。
翌朝。私が部屋を出ると、殿下がこちらに向かって歩いて来るところでした。
「殿下。おはようございます」
「・・・おはよう」
殿下は不機嫌そうです。
「殿下ー。シュナイダー。おはようございますー!」
ルークが元気いっぱいでやって来ました。・・・たまに羨ましく思います。
「おはようございます」
「おはよう」
殿下が先に歩き、その後を私とルークが歩きます。
「ルーク。今日は私も女子寮まで一緒に行きます」
「え?何で?」
「カサンドラ様にちょっと」
「ふうーん。じゃあ、一緒に行こう」
「ええ」
私は前を歩く殿下の背を見つめます。
・・・少し前から、殿下はローズさんを送り迎えしなくなりました。
ローズさんがお友達と行くからと、断ったのです。
ローズさんはローズさんで殿下を思い切るための一歩を踏み出したようですね。
「シュナイダー様!おはようございます!」
ルークと一緒に来た私を見て、カサンドラ様は驚いたようですが、すぐににっこり笑って、挨拶しました。
「おはようございます。カサンドラ様。マーガレット様」
「・・・おはようございます」
マーガレット様は低い声で挨拶を返しました。目つきもどことなく、怖いです。・・・根に持っているようですね。
マーガレット様に監視役をさせよう。と、言い出したのはリバーです。機会があればお話することにしましょう。同罪でしょう!・・・と、言われそうですが。
ルークとマーガレット様が前を、私とカサンドラ様が後ろを歩きます。
「シュナイダー様、今日はどうされたんですか?」
と、カサンドラ様が聞きました。
「カサンドラ様とお話がしたくて」
と、私が答えると、
「へっ?!」
カサンドラ様は驚きます。「な、な、何のお話が?何のお話をするんですか?」
「いいではないですか。何でも」
「はあ・・・」
「昨日のお休みはどうされてました?」
と、私が聞くと、カサンドラ様は両手を私に見せて、
「本当なら、傷だらけだったんです!」
「一体、どういう・・・?」
またこの方は意味の分からないことを言いますね。
「メグに刺繍を教えてもらっていたのですが、何回も針で指を刺したんです。私、とんでもない不器用なんです。本当に情けないです・・・」
カサンドラ様はそう言って、肩を落としました。
すると、マーガレット様が振り返って、
「貴女、治癒魔法が使えて、本当に良かったわね」
「全くです。芸は身を助けますね」
カサンドラ様がひどく真顔でそんなことを言うので、
「ふっ」
私は吹き出してしまいました。
「シュナイダー様?何が可笑しいんですか?」
「い、いえ」
カサンドラ様は首を傾げましたが、
「リバーに誕生日プレゼントとして、カーライル家の紋章を刺繍したハンカチを贈るつもりにしているんです」
「えっ。五大公爵家は竜ですよね?難しくないですか?そんなに時間ありませんよね?」
と、ルークが言うと、カサンドラ様は赤くなって、
「だ、だから、来年の誕生日プレゼントにですよ」
「来年?!1年以上あるじゃないですか!」
「い、いいじゃないの!ついでにルークにもあげるわよ。あ、シュナイダー様も・・・」
と、言いながら、カサンドラ様は私を見ると、「シュナイダー様と言えば・・・」
「ええ。当然、アンバー家の紋章も竜です」
と、私が言うと、
「うっ・・・」
カサンドラ様は今にも泣き出しそうになりました。
私は何とか笑いを堪えてから、
「私のことは気にしなくていいですよ」
「でも・・・あ!犬さんはどうですか?!」
「ああ。いいですね」
カサンドラ様は笑顔になると、
「頑張ります!」
「はい。楽しみにしていますね」
「カサンドラ様。自分には何を?」
ルークが自分を指差しながら言いました。
「うーん・・・」
カサンドラ様はしばらく考えた後、「そうです!レオ様とお揃いでお魚さんにしましょう!レオ様はお魚さん好きですからね!」
「ありがとうございます!」
ルークは満面の笑顔になりました。
・・・ルークは魚が好きなわけではないですが、殿下とお揃いがいいのでしょうね。殿下はルークとお揃いなんて、嫌かもしれませんが。
「竜に比べると魚はあまりに手抜き過ぎないかしら?」
「私の好きなお魚さんです!手抜きはしませんよ!」
「それは気持ちの問題でしょう」
「気持ちがこもっていれば、何でも嬉しいですよ」
と、私が言うと、
「ですよね!」
と、カサンドラ様は言って、にっこり笑いました。
私はカサンドラ様が好きで、隣でその笑顔をずっと見ていたい・・・生涯、守ってあげたい・・・そんな風に思っています。
ですが、この思いが叶うことはないと自分でも分かっています。
殿下とカサンドラ様の間には私が到底入り込むことの出来ない絆があるのです。
それを知りながら、カサンドラ様を好きになってしまった私は馬鹿なんでしょうね。
ただ、無駄だとしても、自分が納得出来るまで、頑張ってみたいと思うのです。
後悔だけはしたくないから。
5話連続でシュナイダー様視点となりました。
長くなってしまいましたが、お付き合い下さり、ありがとうございました。
キャスが好きなら、面倒なレオ様のことなんか放っておけば良いのですが、彼なりの信念があるのだと思います。




