溜め息(シュナイダー様視点)
多分、私と殿下はカサンドラ様をどう思っているか・・・お互いにそれが知りたかったのだと思います。
いつからか、殿下は私の前で不自然なくらいにカサンドラ様の話をしなくなりました。そう。あれは・・・。
私はひどく渇いた喉を潤すために、お茶を一口飲みました。緊張しているのでしょうか?
殿下と一緒にいて、緊張するなんて、おかしいな。・・・そんなことを思っていると、殿下もティーカップを持ち上げました。
・・・その手はほんの少し震えています。
私はそれを見なかったことにして、話を始めることにしました。
「初めは楽しそうにしている貴方とカサンドラ様を見ているだけで、私も楽しかったんです。それがいつしか、カサンドラ様の隣にいるのが貴方ではなく、私ならと思うようになりました。いつからなんて、はっきりとは分かりませんが、私はカサンドラ様を好きになっていて、そして、貴方を妬んでいました」
「・・・」
殿下は結局、お茶は飲まずに、ティーカップを置きました。
「私はカサンドラ様は貴方のことが好きだと思っていたんですよ」
「何だって?」
やや俯いていた殿下が顔を上げました。
「だから、私もカサンドラ様を忘れようとしていました。貴方と一緒ですね。ですが、カサンドラ様に殿下を好きなのではないかと聞いたら・・・」
殿下はやや前かがみになると、
「そ、それで・・・キャスは何て・・・」
私は眉を上げると、
「カサンドラ様を何とも思っていないのなら、気にならないでしょう?」
・・・それに聞かない方がいいと思います。
殿下は私を睨みましたが、
「ああ。キャスにどう思われようが関係ない」
と、言って、そっぽを向くと、「お前は諦めることなどない。さっさとキャスに思いを告げて、婚約でも何でもすればいい。キャスも喜んで、受け入れるだろう」
「・・・」
・・・そうは思えませんが。
「清々する。だいたいシュナイダーは私がキャスを好きだから、ローズマリーを好きになれないと思っているようだが、そうではない」
「では、何故、私とカサンドラ様が話しているだけで、絡んで来たりするのですか?嫉妬しているようにしか思えませんが?」
殿下はばつの悪さからか頬を赤くすると、
「キャスは初めて好きになった女性だ。だから、気になるだけだ。嫉妬ではない」
「・・・」
・・・良くそんなことが言えますね。
「だ、だいたい私はキャスを見ていたら、苛々するんだ。心が掻き乱されると言うか・・・前はキャスと一緒にいると、安らいだり、心がとても落ち着いたんだ。だから、好きだったんだと思う。今、ローズマリーと一緒にいると同じような感覚になる。だから、ローズマリーを好きになれるはずた」
「は・・・」
私は唖然としました。
この方の好きか好きじゃないかを判断するのは、安らげるかそうじゃないか、なのか?
だいたい好きでもない女性に心が掻き乱されるわけがないのに。
私は溜め息をつきました。・・・殿下は頭の良い方なのに、恋愛については、失礼ながら、頭が悪過ぎます。
その溜め息に殿下は気付くと、
「何だ、それは」
と、私を睨みました。
「いえ。では、この間、カサンドラ様を泣かせましたよね?それはどう説明していただけますか?」
「何故それを・・・」
「偶然、カサンドラ様が廊下で泣いているところを見掛けましてね。痛々しいほどでしたよ?」
「・・・」
殿下は俯きました。
「カサンドラ様は何があったか詳しく話してくれませんでしたが、貴方に嫌いだと言ったことを後悔していました。あの11歳の夜に何があっても殿下を嫌いにならないと言ったのにと、カサンドラ様は言っていましたよ。11歳の夜とは貴方が先程言っていた、何もかも終わった夜と同じ日のことですよね?」
「・・・」
殿下の肩が微かに揺れました。
「そんなカサンドラ様が貴方がアナスタシア殿下にしたことをいつまでも気にしているとは思えませんが?あの夜に終わったわけではなく、貴方の勝手な思い込みが終わらせてしまったのではないのですか?・・・まあ、私からすれば、貴方が何を言い訳しようが、カサンドラ様から逃げているとしか思えません。我が国の将来の国王はずいぶん意気地無しだ。たった一人の女性から逃げ回っている」
「逃げてなどいない!」
殿下は噛み付くように声を上げました。
私はそれを気にすることなく続けます。
「貴方は多分、カサンドラ様を好きになったら、自分が自分でなくなり、カーライル公爵様やカサンドラ様を憎んだ頃に戻ってしまうと思っているのではないですか?それを恐れているのではないですか?貴方はカサンドラ様を好きではないと思い込んでいるのに、カサンドラ様が私や他の男性と話をしているだけで嫉妬してしまう自分に苛立っている。理由が分からないから苛立っている。ですが、カサンドラ様のことが好きだと素直に認めることが出来たら、そんな苛立ちもなくなるのではないですか?」
「・・・」
「誰だって、人を羨み、妬むことはあります。憎むことだってあります。それはしょうがないことなんですよ。貴方はアナスタシア殿下のこともあって、自分がそんな感情を持つのを何より嫌がっているのでしょう。でも、そんな感情から目を反らさずに、真正面から向き合って、解決していかなくてはならないのではないですか?貴方にはそれが出来るはずです。ローズさんを逃げ道に使うのではなく、貴方自身が乗り越えなくてはならないのです。ローズさんが必要だと言いましたが、貴方はローズさんがいなければ、生きていけないのですか?そんなに貴方は弱い人ですか?」
「・・・」
殿下はゆっくりと首を振りました。
「ともかく、ローズさんのことは解放してあげて下さい。友人としての付き合いに留めるべきです。貴方はローズさんを幸せにしたいと言いましたが、ローズさんの幸せを貴方が勝手に決めないで下さい。ローズさんはローズさんで考えていることがあるようですよ?貴方と歩む人生などローズさんの頭には一切ないんですよ。結局、貴方の独りよがりでしかないんです。貴方を救ってくれたローズさんに本当に感謝しているのであれば、ローズさんから離れてあげて下さい。・・・カサンドラ様と離れてみて初めてカサンドラ様が好きだと気付いたように、ローズさんとも距離を置いてみて下さい。好きになれないと気付くはずです。そして、今でも、カサンドラ様が好きだと気付くはずです」
殿下は苛立たしげに髪をかき上げると、
「何故、シュナイダーは私にキャスを好きだと認めさせたがるんだ?キャスが好きなんだろう?だったら、私のことは放っておけばいいじゃないか」
私は肩をすくめると、
「ずいぶん放っておいたつもりですが」
殿下は怪訝な顔になると、
「何?」
「ルークの御祖母様に貴方の話を聞いたのは、2年近く前ですよ?話を聞いて、貴方がカサンドラ様を好きだったことに気付くのは容易な話です。なのに、私は何も知らない振りをしていました。学園に入学して、貴方がローズさんを妃にしたいと思っていると聞いた時はカサンドラ様を忘れたのだと思い、安堵しましたし、殿下がローズさんと結婚してくれればいいと思っていました。はっきり言って、貴方が邪魔でしたからね。更に貴方がローズさんを好きではないと知りながら、また知らない振りをしました。私だって、醜い感情を持っていると言えますよね?貴方だけではないんですよ」
「・・・」
殿下は額に手をやると、溜め息をついて、「言いたいことは良く分かった。シュナイダーがここまで話してくれたことには感謝する。ただ、私は本当にキャスを好きではない」
「・・・」
しつこい人ですね。私はうんざりしましたが、「貴方には話していないことがまだありますよね。感謝して下さるのなら、貴方も全て話して下さい」
殿下は困惑げに眉を寄せて、
「全て・・・とは?」
「貴方は私の祖父の葬儀の後から、どこかよそよそしくなりましたよね?不自然な程、カサンドラ様の話題を避けるようになりましたよね?貴方は祖父の葬儀の日・・・あの雨の日、私がカサンドラ様を抱きしめているところを見たのではないですか?・・・その時、どう思ったのですか?」
「ー・・・」
殿下は息を呑みました。
その後、殿下は黙り込みましたが、殿下の答えを、私は辛抱強く待ちました。
いくらか経った後、殿下は観念したかのように、
「・・・私のキャスに触るなと思った。私は性懲りもなく、またキャスのことを好きになっていたのだとその時に気付いた」
私は今日、何度目になるか分からない溜め息をまたつきました。
・・・ほらね。貴方はカサンドラ様しか好きになれないんですよ。




