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王子様の2年間(シュナイダー様視点)

『では、少しだけ昔の話をしましょう』


 私はそう言うと、また座りました。

 殿下は立ったまま、私を睨み続けています。

「そう見下ろされると、話しづらいので、どうか、座っていただけませんか」

 殿下は舌打ちすると、ソファーに座りました。

「あのダンレストン公爵家襲撃事件の時、ルークの御祖父様が王都に帰っていたことはご存知ですよね?」

「・・・」

 殿下は何の反応もしません。

「あの後、ルークの妹さんたちがせがんだので、御祖母様も王都に帰って来ていたんですよ。ですから、私は御祖母様に会いに行って、貴方が王城を離れていた2年間のことを聞いたんですよ」

「ー・・・!」

 殿下は途端に顔色を変えると、「な、何故そんなことをしたっ?!」

「気になっていたから。それだけですよ」

「お前っ・・・」

「ああ。何故気になったかを先にお話します。まだ私の祖父が生きていた頃のことです。私の祖父が病に倒れてから、初めてカサンドラ様とリバーがお見舞いに来てくれた時に、祖父のベッドの側にあるテーブルに置いてあった便箋を見て、カサンドラ様が怒ったんですよ。怒ったと言いますか、拗ねているようでしたね。まあ、普通、拗ねますよね。自分は定期的に分厚い手紙を送っているのに、殿下からはたった3ヶ月に1通、おまけにたった3行の手紙しか送られて来ない。なのに、祖父への手紙は便箋いっぱいに書かれていると知れば、さすがのカサンドラ様も拗ねますよね。でも、おかしいですね。貴方は筆不精なんかではないはずなのに、どうして、カサンドラ様とリバーにだけ筆不精になってしまったのか。私がアナスタシア殿下のことがあって、王城に行かなくなった間もルークが体調を崩したお母様について、しばらく領地で過ごしていた間も貴方は丁寧な手紙を送って下さったのに、何故、カサンドラ様にはそうしなかったんですか?きっと、カサンドラ様は色んなことを書いたんでしょうね。貴方がその手紙を読んで、何を思い、何を感じたか、カサンドラ様は知りたかったと思いますよ?なのに、印刷したかのように同じ文面だけしか送らないなんて、何故、そんな貴方らしくないことをしたんですか?」

「っ」

 殿下は左手で目を覆いました。


「カサンドラ様からの手紙を全く読んでいなかったんですよね?だから、何も書けなかったんでしょう?」


 質問ではありません。ただの確認です。


「ルークの御祖母様に聞きました。向こうで暮らし始めて、1週間が経った頃、貴方が急にふさぎ込んで、稽古以外では一歩も外に出ず、部屋に閉じこもるようになったと。・・・ルークの御祖父様は見兼ねて、王城に帰るよう何度もおっしゃったそうですね。それでも、貴方は『今、帰るわけにはいかない。頼むから、ここに居させて欲しい』と、頭を下げたんですよね?貴方の懇願に御祖父様は折れるしかなかったようです。・・・それから、もう一つ。貴方宛にたくさんの方から手紙が送られて来ていましたが、『カサンドラ・ロクサーヌ様』からの手紙を見た途端、貴方はいつも泣きそうな顔になって、けして、嬉しそうではなかったと。御祖母様は嫌いな女の子からの手紙なのではないかと最初は思っていたそうですが、定期的に来ていた手紙が、たった、2日遅れただけで、貴方が何回も郵便箱を見に行っていることに気付いてからは、貴方が『好きな女の子からの手紙を見て、その子に会いたくなってしまったから、泣きそうな顔をしているんだ』と、思うようになったそうですよ」

「・・・」

 殿下は目を覆ったままです。


「カサンドラ様と離れてから、1週間後にカサンドラ様に対する思いが何なのか分かったのではないですか?」

 ・・・殿下は嘘をつける方ではありません。ここまで私に知られたとなれば、正直に話して下さるはずです。

「・・・」

「殿下。何故帰って来なかったのですか?構わないじゃないですか。貴方はたった11歳だったんですよ?一人で苦しむ必要なんてないでしょう。思いを自覚したのなら、カサンドラ様に会いたかったでしょう?」

 そう私が言うと、殿下は長い溜め息をついて、

「・・・ずっと、キャスに対する思いは気に入ったおもちゃを離せないような物だと思っていた。おもちゃなんて、良くない表現かもしれないが、いつか執着心も独占欲もなくなると思っていた。キャスから離れるのはそれらをなくす、いい機会になると思っていた」

 殿下がやや震える声で話し始めました。


「だが、キャスと遠く離れてみて初めて・・・一人の女性として、好きだったのだと気付いた。気付いてからはもうキャスのことしか考えられなくなった。夢にもキャスしか出て来なくなった。・・・夢は幸せだったよ。ずっと眠っていられたらと思ったくらいだ。キャスに好きだと言えば、キャスはにっこり笑って、私も好きですよ。って、答えてくれるんだ。抱きしめても・・・口づけてもキャスは嬉しそうに笑ってくれるんだ。夢の中のキャスは私を本当に好きでいてくれた。私だけを見てくれて、まるで私が全てのようだった。なぜなら、現実のキャスと違って、夢の中のキャスは私の過ちを知らないからだ。醜い感情を持つ私を知らないからだ」

「過ち・・・まさか、アナスタシア殿下にしたことですか?貴方はそんなことをずっと気にしてたんですか?」

 と、私が言うと、殿下は手を覆うのをやめて、

「そんなこと?!シュナイダーは直接見ていないからそんなことが言えるんだ!実の妹を蔑み、罵り続けていた男を誰が好きになる?!キャスは直接見て、聞いてたんだ!そんなキャスが私を好きになるはずがないだろう!あの夜に何もかも終わったんだよ!!」

「殿下・・・」

 何故、貴方はそんな風に極端な考え方しか出来ないんですか?カサンドラ様がそんなことをいつまでも気にするはずがないのに。

 ですが、殿下はそれだけ、自分がしてしまったことを悔いているのでしょう。恥じているのでしょう。


 殿下は頭を抱えると、

「だから、キャスのことは忘れると決めたんだ。だから、手紙も読まなかった。読めなかった。忘れなければ、キャスやリバーの前には立てないと思った。・・・でも、キャスのことは、何日、何週間、何ヶ月も忘れられなかった。毎日、辛かった。一年が経った頃には、誰もが憎くなった。私の家族だけでなく、カーライルも。キャスのことも・・・」

 私は驚くと、

「何故、カーライル公爵様やカサンドラ様まで・・・」

「カーライルがあんなところにキャスを連れて来なければ、キャスには何も知られずに済んだのにって、思ってしまったんだ・・・私からキャスを奪ったと思った。娘をこんな男に近付けたくないのだろうと思うようになった」

「殿下・・・カーライル公爵様がそんな度量の狭い方でないことは貴方は良く分かっているはずでしょう?カーライル公爵様は最善のことをされましたよ。カサンドラ様でなければ、貴方は救われなかったはずです。祖父に聞きましたが、王城から離れることを最後まで反対したのはカーライル公爵様なんですよね?」

「ああ・・・」

 殿下は力なく頷いて、「カーライルには何かから逃げているようにしか思えない。一人にならない方がいいと言われた」

「だったら・・・」

「分かってる・・・でも、キャスを忘れたくても、忘れられなかった。だから、何もかもが嫌で仕方なかった。憎くて仕方なかった。キャスに出会わなければ良かったと思った。そうしたら、こんなに辛い思いをしなくて済んだのにって。キャスなんかいなければ良かったと思ったよ。最低だよな。生涯の友か・・・良く言えたものだ」

 殿下は掠れた声で笑いました。

「・・・」

「もちろん、こんな自分が何より憎くかった。こんな醜い感情を持つ自分を消したいと思った。もう自分でもどうしていいか分からなくなっていた。暗闇にいるようだった。そんな頃、部屋に閉じこもってばかりいた私をルークの祖母さんが無理矢理引っ張って、町に連れて行った。そこでローズマリーに出会ったんだ。・・・驚いたよ。黒い髪に黒い瞳。本当にいるとは思っていなかった。嬉しかったよ。理想の女性が目の前に現れたんだから。でも、それよりもローズマリーが笑った時、暗闇に光が射したようだった」


 殿下はそれから、ローズさんの話を始めました。

  

「・・・ローズマリーと過ごしているうち、いつしか、キャスへの思いも、憎しみも何もかも消えていっていた。もう大丈夫だと思い、キャスにローズマリーのことを手紙で知らせた。その返事を読んでも、心は落ち着いていた。忘れられたんだよ。やっと、忘れられた。私は本当にローズマリーと出会えたことを感謝した。自分にはローズマリーがいるから、何があっても大丈夫だと思った。・・・私にはローズマリーが必要なんだよ。何より、私を救ってくれた彼女を幸せにしたいんだ」 


 私は溜め息をつくと、

「私にはローズさんが貴方の精神を安定させた薬ぐらいにしか思えませんが」

 と、言うと、殿下も溜め息をついて、

「シュナイダーには分からない。・・・キャスと再会して、純粋に喜べたことがどんなに嬉しかったか。これで誰も憎むこともないと心から安堵したんだ。分かるか?私は初めて好きになった女性を憎んだんだぞ?実の父親よりも尊敬し、信頼している人間を憎んだんだぞ?感謝しなければならない人間を憎んだ私の気持ちなんか分からない。その憎しみが完全に消えたと知った私がどんなに嬉しかったか・・・分かるわけがない」

「そうですね。その時の貴方の気持ちも辛さも貴方しか分かりませんよ」

「シュナイダーには絶対分からない。人を憎んだことも妬んだこともないだろう」

 そう言って、殿下はふっと笑いました。


「ありますよ。人を妬んだことくらい。私は貴方の事をずっと妬んでいましたから」


 私は静かにそう告げました。


 殿下は私の言葉に酷く驚いたようで、言葉を失っていましたが、

「・・・私を妬んだ?何故だ?」

「カサンドラ様の隣にいる貴方が羨ましかったんです」

 ・・・貴方がここまで話して下さったのですから、私も本心を話さなければ、不公平でしょう?


「私はカサンドラ様が好きなんです」


 私は貴方にも、自分自身にも、正直でいたいと思っています。

 だから、貴方もどうか自分に正直になって下さい。



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