後悔(シュナイダー様視点)
『『出来た!』』
私と殿下は花の冠を同時に掲げました。
お互いが作った花の冠を私と殿下は見比べて、
『私の方が綺麗だな』
『いえ。殿下の冠は花が少ないです』
『多ければ良いってものではない。王女らしい品がある』
『多い方が可愛らしいです。アナスタシア殿下にぴったりです』
殿下はムッとすると、
『じゃあ、アナスタシアにどっちがいいか決めてもらう』
『そうですね』
ですが、アナスタシア殿下は『どっちも!』と、2つとも頭に載せたのでした。
私と殿下はがっかりしましたが、アナスタシア殿下の本当に嬉しそうな笑顔の前に何も言えませんでした。
何度も練習した花の冠をアナスタシア殿下に贈ったのは、それが最初で最後でした。
その後、アナスタシア殿下は人が変わったように我が儘になり、周りの人間を困らせるようになってしまったのです。
『シュナイダー。すまない』
そう言った殿下の声は、何かの痛みに耐えているかのような苦しげな声でした。
私は黙ったまま、首を振りました。
『私がアナスタシアを放って置いたせいだ。本当にすまなかった』
私がまた黙ったまま、首を振ると、『心配しなくていいからな。もう二度とアナスタシアをシュナイダーに近付けないから』
『ですが・・・アナスタシア殿下は従姉妹ですから・・・私が我慢・・・』
『シュナイダー。我慢しなくていいんだよ。嫌なものは嫌だと言え。言ってくれないと何も分からないだろう』
『・・・はい。すみません。殿下・・・』
と、私が謝ると、何故か殿下の方が泣きそうな顔になりました。
そして、
『シュナイダーは悪くない。アナスタシアが全部悪いんだ』
そこまで言った後、殿下の瞳には私では窺い知れない何かが宿り・・・『私は絶対にアナスタシアを許さない』
殿下のその冷たい声を聞いた時、一瞬でしたが、殿下のことを恐ろしいと思ってしまいました。私の目の前にいるこの方は誰なのだろうとさえ思いました。
ですが、殿下はすぐにいつもの殿下に戻り、私を気遣い、アナスタシア殿下とは全く関係のない話を始めたので、私は今のは気のせいだったのだと、簡単に片付けてしまったのです。
その時の私はアナスタシア殿下から逃げたいと思うばかりで、自分のことしか考えていませんでした。殿下が私からアナスタシア殿下を引き離してくれるのだと、心から安堵していました。
あの瞳と声はこれまでの殿下からすれば、考えられないことだったのに、どうして、私は気のせいだったことにしてしまったのでしょうか。
少しでもおかしいと思ったのなら、祖父に相談すれば良かったのです。
せめて、そこまでアナスタシア殿下を責めないで下さいと言えば良かったのです。
もし、あの時、殿下の怒りを少しでも和らげられるような言葉を私が言えていたら、殿下は一人で苦しむことなんてなかったのではないかと、私は今でも悔やんでいるのです。
私が殿下の前にティーカップを置くと、
「ありがとう」
と、殿下は呟くように礼を言いました。
私が何を言うか、不安がっている様子です。こんな殿下は初めて見ます。
・・・私は今から殿下の触れられたくない部分に踏み込むのです。それを予感しているのでしょうか。
私は一人掛けのソファーに座り、しばらく黙って、お茶を飲んでいましたが、一つ息を吐いてから、カップをテーブルに置きました。すると、殿下もカップを置いて、
「何か話があるのなら、さっさと話せ」
と、低い声で言いました。
私は殿下を見ると、
「まさか、もうローズさんと結婚したいなどと思っていないですよね?お茶会を中止にしたことが、その気持ちの表れだと思っていいですよね?」
「・・・」
殿下は表情を変えることなく、私を見返します。
「貴方の心がローズさんにないことは分かっていますよ?私だけでなく、リバーもルークも分かっています」
「・・・」
殿下はやや私から目線を反らして、溜め息を付くと、「一旦、結婚を申し込むのは諦める」
「一旦・・・ですか?」
「何も焦ることはないだろう。確かに私は現時点ではローズマリーを好きではないが、ちゃんと好意はあるし、卒業まで時間はある。そのうち好きになれるはずだ」
「・・・」
貴方は何だってそこまで意地になるんですか?「そのうち・・・それで、結局、好きになれなかったら、どうするんですか?ローズさんと愛のない結婚をするんですか?貴方はそれでいいのかもしれない。ですが、ローズさんに耐えられるわけがない。ローズさんはそれほど鈍い方ではありませんよ。貴方が自分を愛していないことに気付くはずです。そうなったら、貴方とローズさんの人生は悲惨なものにしかならない。ローズさんをこれ以上、貴方の都合で巻き込むべきではありません」
殿下は両手を強く握り合わせながら、
「・・・ローズマリーのことは大事にする。幸せにしてみせる。そう決めてるんだ」
「貴方なら、大事にするとは思います。ですが・・・」
殿下は唸るような声を出してから、
「ローズマリーのことはシュナイダーには関係のないことだ。それが話なら、私はもう自分の部屋に戻る」
そう言いながら、立ち上がろうとしたので、私は手を上げて、それを止めると、
「第一、貴方がローズさんを好きなれるはずがないんです。何年経とうが、何十年経とうが、貴方がローズさんを愛することはない」
殿下は私に鋭い目を向けると、
「何故、シュナイダーがそんなことを断言するんだ」
「確かに、貴方がローズさんの容姿や属性に惹かれているわけではないことは分かっています」
殿下は大袈裟に頷いて、
「ローズマリーには、生涯、私の側にいてくれたらと思っているし、ローズマリーと出会えたことに心から感謝しているんだ。リリアーナ王女と同じ容姿、全属性持ち・・・そんなことは重要じゃない。ローズマリー・ヒューバートだからいいんだよ」
「・・・」
・・・殿下は私にではなく、自分に言い聞かせているようです。
もういい加減にしてくれ。・・・と、私は思い、苛立ちながらも、落ち着いた声で。と、心に言い聞かせながら、こう言いました。
「救いの女神」
殿下は眉を寄せて、
「何?」
「リリアーナ様はこう呼ばれていましたよね。貴方にとって、ローズさんは救いの女神だったのではありませんか?」
「どういう意味だ」
「貴方はある方を忘れようと、一人もがき苦しんでいた。そんな貴方の前にローズさんが現れた。それから、ローズさんと過ごすうちに、貴方はやっと苦しみから抜け出すことが出来たのでしょう。・・・そして、自分を救ってくれたローズさんを好きになったと思い込んだ」
「ー・・・」
殿下は驚愕のせいか、目を見開きました。
「ある方とはカサンドラ様のことです。あえて言われなくても、貴方が一番分かっているでしょうが」
「違う」
「貴方がローズさんを好きになれないのは、貴方の心の中には既にカサンドラ様がいるからですよ」
「違うっ」
「違いません。貴方はカサンドラ様が好きなんですよ!」
「違う!」
「カサンドラ様しか好きになれないくせに、意地を張るのはやめて下さい!」
「違うと言ってるだろう!黙れっ!!」
気付けば、私も殿下も立ち上がっていました。
しばらく睨み合うようにお互いを見ていましたが、私は表情を緩めて、
「では、少しだけ昔の話をしましょう」
と、言いましたが、殿下は全く表情を緩めませんでした。
私がこれから何を話すのか分かっているのでしょうか。
私は確かに殿下に遠慮しているところがありました。
真正面からぶつかるのを避けて来ました。
その方が楽だと思ったからかもしれません。
怖かったからかもしれません。
でも、それは殿下のためにも、何より私のためにならないのです。
殿下。
貴方は私の主君です。
貴方は私の従兄弟です。
何より、貴方は私の友です。
貴方もそう思ってくれているのなら、私が何を言ったとしても、耳を塞がないで欲しいのです。
私はもう二度と後悔したくないのです。




