メグ、監視役になる(メグ視点)
『カサンドラ様の頭をかち割って、覗いてみたい』と言ったシュナイダー様とそれに大笑いするリバー様に、ゾッとしていた私でしたが・・・。
「僕とシュナイダーはキャスとルークにも困ってたんだよ。あの2人はレオ様とローズのことを応援してるだろう?2人は何やら、ごちゃごちゃやってたけど、実を結んだことはないから、放って置こうかなとも思ったんだけど、レオ様を止めるなら、2人も止めるべきだからね。そのためにはレオ様がローズを好きではないことを知ってもらう必要がある。と、言うわけで、この間、別宅であんな芝居をすることにしたんだ。ルークはいくら僕たちがそうじゃないって言っても信じないから、仕方なくだったんだけど、やるなら、徹底的にってことで、ルークも無理矢理参加させたんだ。キャスがいなかったのは残念だったけど」
・・・芝居?
私は一瞬何のことか分かりませんでしたが、すぐにハッとして、
「3人でやたらとローズマリーさんをちやほやしていたことですか?」
「そう。でも、僕は前からローズにはちょっと近すぎる距離で接していたんだ。レオ様の反応を見るためにね。レオ様は僕とローズが打ち解けたと呑気に喜んでいたけど、有り得ないよ。キャスとシュナイダーがあんなに近い距離で話をしていたら、僕はシュナイダーをぶん殴るね」
「そんな例えはやめてください」
と、シュナイダー様は眉をしかめてから、「ローズさんには前以って、私から話をしていたんですよ。リバーは好意を持つ持たない関係なく、同性異性関係なく、人との距離が近く、更に気分屋で普段は手厳しいけれど、機嫌が良い時だけ、異常な程、人を褒めることもあると。多少無理がありますが、ローズさんに誤解させてはいけませんからね」
「で、ですが、距離が近いなんてことは気にしない場合もあるでしょう?そんなの人によるでしょう」
と、私が言うと、リバー様は鼻で笑って、
「ルークと同じことを言うなあ。そこで、ルークに『ローズさん』と呼ぶように言ったんだよね。ルークはレオ様に怒られたくないからって嫌がったけど、もし、怒られたら、僕とシュナイダーで頭を下げてやる。って、説得したんだよ」
「ローズさん・・・愛称呼びってことですよね。そんなに重要かしら。私もレオンハルト殿下馬鹿のルークがレオンハルト殿下の想い人である・・・だと思っていた、ローズマリーさんを愛称呼びしたいなんて言い出したことには驚きましたし、おかしいと思っていましたけど、それはルークだからであって、他の方なら・・・あら?ルークはどうして怒られると思ったんですか?」
「昔、ルークがある方を愛称呼びしたところ、殿下に睨まれましてね。その時のことを良く覚えているからですよ。だから、怒られると嫌がったのでしょう。私、リバー、ルークは殿下がある方に対して、執着する様子や独占欲をあらわにするところを散々見て来ましたからね。それに比べると、ローズさんに対する態度はあまりに礼儀正し過ぎるんですよ。大人になったとも考えられますが、結婚を考えるくらい好きなら、多少、嫉妬心を抱いても不思議ではありませんよ」
リバー様は頷くと、
「僕たちやローズを信用しているからと言うことも考えられるけど、かと言って、感情は別物だと思うんだ。僕の父なんて、いまだに、母がアンバー公爵様と話してるだけで、凄い目で睨んだりするし、僕がサラ様と話してたら、ダンズレイ公爵様も睨んで来るし、困ったものだよね。・・・でも、男なんて、そんなものだと思わない?なのに、レオ様は何の反応もしない。ルークもさすがにおかしいと思ったようだよ」
「・・・」
確かに恋愛小説の相手役も嫉妬してばかりいるわよね。「では、レオンハルト殿下はローズマリーさんには全くの無関心と言うことですか?」
「全くと言うと違いますね。殿下はとてもローズさんを大事にしてます。良く知らない方が見れば、仲睦まじい恋人同士に見えるでしょう。ですが、私からすれば、現実感のないただのおままごとですよ」
「・・・」
・・・手厳しいわね。
「この間は僕の最愛の姉を貶してまでして、ローズをちやほやしたんだけどね。その方が僕の本気がレオ様に伝わると思ったんだけど、効果なしだよ」
「私もローズさんを褒めましたが、殿下には私がおかしくなったくらいにしか思われませんでしたね。・・・いくら、ローズさんを大事にしていても、こういうところで、好きではないと分かってしまうものですよ」
「・・・」
リバー様の『最愛の姉』発言は無視することにして、ローズマリーさんのように綺麗な方なら、心配になって、尚更嫉妬しそうなものなのに。ルークはともかく、リバー様もシュナイダー様もとても美形だものね。そんな2人が近くにいて、何とも思わないなんて、確かにおかしいわよね。
・・・私はそこまで考えて、ふと、
「そう言えば、お芝居のことですけど、キャスには見せない方が良かったのではないかしら?皆さんがローズさんをちやほやしてたら、『リバーがレオ様を裏切りました。お姉ちゃん、ショックです』何て言って、レオンハルト殿下の反応を見るどころじゃなかったと思いますよ」
「なるほど」
リバー様はえらく納得して、「シュナイダーもキャスはいない方がいいって言ってたけど、その通りだったね」
「ええ」
シュナイダー様は頷いて、「お茶会本番でも、同じような芝居をするつもりでしたからね」
「・・・」
お茶会がなくなって良かったわ。シーア様も分かっていても、気分は良くなかったでしょうしね。
「・・・それにしても、可哀相ですね。ローズマリーさんはリバー様たちにちやほやされても、全く気にも止めなくて、かと思えば、レオンハルト殿下に優しい言葉を一つ掛けてもらっただけで、あんなに嬉しそうにしてたのに」
リバー様は溜め息をつくと、
「そう言う意味で言うのなら、レオ様はローズに思ってもらうに値しない人間だよね」
「最近、ローズさんもあまり元気がない様子でしたね。前は殿下と一緒にいるだけで、楽しそうにしていましたが、今は殿下と一緒にいると辛そうにしてますから。・・・それにも気付かない殿下には呆れますね。ローズさんはお茶会が卒業試験になると聞いて、安堵している様子でしたね。元気がなかったのに、急にやる気を出しましたから」
「思えば、卒業試験なんて、無理があると思うんですけど・・・」
「そもそも僕らがローズに色々教えた理由は、レオ様の友人ならこれくらい出来て当然でなければならないってことにしておいたんだ。だから、ローズはキャスが完璧な令嬢だと思い込んでるんだよ。笑っちゃうよね。憧れだとか言うんだよ?僕、絶句したよ。まあ、いちいち本当のことなんか言わないけどね。あははっ」
「・・・」
ローズマリーさんがやる気を出したのは、レオンハルト殿下と離れられるからじゃなくて、お二人(特にリバー様)から離れられるからじゃないかしら?
「ですが、これからレオンハルト殿下がローズさんを好きになる可能性はないのですか?シュナイダー様はどこまでいっても好意でしかないなんて、おっしゃいましたけど・・・」
リバー様はシュナイダー様を見てから、
「僕はメグさんと同じ意見だったよ。更に僕は王族や貴族の結婚に愛情なんかなくても困らないと言う考えだから、好意があるだけましだと、別に慌てなくていいんじゃないかって言ったんだけど、シュナイダーがレオ様はローズを好きになることはない。って、言い張るから、僕が折れたんだよ」
「レオンハルト殿下がローズマリーさんを好きになることはないと思うのは何故ですか?」
と、私がシュナイダー様に聞くと、
「勘です」
シュナイダー様はその一言だけ、いやにきっぱりと言いました。か、勘?
リバー様は苦笑いして、
「僕にもそうとしか言わなかったよ。まあ、シュナイダーは従兄弟だし、僕よりもレオ様のことを分かっているから、シュナイダーがそう言うなら、そうなんじゃない?」
「ですが、レオンハルト殿下の方はもしかしたら、いつか好きになれると思ってるんじゃないかしら?今回は見送ったとしても、ローズマリーさんから、離れるとは思えませんけど?」
「大丈夫です。私がとどめを刺しますから」
シュナイダー様はまたまたいやにきっぱりと言いました。と、とどめですって?いやに物騒なことを言うのね。
「では、お二人がダンズレイ公爵様たちに頼ってまでして、レオンハルト殿下が結婚を考え直すようにしようとしたのはローズさんのためでもあるんですね」
「「・・・」」
リバー様とシュナイダー様はきょとんとしました。
・・・あら?どうしたのかしら?
リバー様は首を振って、
「僕はそこまでいい人間ではないね。だいたい、僕とシュナイダーはレオ様の心を試すようなことをしたし、ローズをそのための道具にした。褒められるようなことじゃないよ。芝居のことはダンズレイ公爵様達には話してなかったけど、お茶会があって、あんな芝居をしたら、サラ様に叱られただろうね。僕たちの思惑なんて、すぐに見抜くだろうから」
シュナイダー様は頷くと、
「それでも、私たちがここまでした理由は殿下が後悔するようなことになって欲しくないからなんですよ。ローズさんが愛情がなくても構わない、それでも殿下の傍にいたいと思ったとしても、同じことをしたでしょう。ローズさんのためだなんて、調子のいいことを言うつもりはありません」
「僕たちは主君のため、長年の友のために動いた。それだけだよ」
「・・・」
・・・ローズさんのためでもあったと思うことにするわ。と、私は心の中でお二人にそう言いました。
それから、私がすっかりぬるくなったお茶を飲んでいると、
「ところで、メグさんにはここまで知られちゃったから、ついでにお願いがあるんだけど」
と、リバー様が言ったので、私はきょとんとしました。
・・・何のついでですって?たまたまお二人の会話を聞いたばっかりに色々と知ってしまっただけでしょう?
そんなことを考えている私をよそに、リバー様はにっこり笑って、
「キャスのことなんだけど」
「キャス?」
「キャスがこれから二度とレオ様とローズのことで余計なお節介をしないようにして欲しいんだ。幸運なことに、メグさんは3人と同じクラスなわけだから、キャスを監視して欲しいんだよね」
「は・・・?幸運・・・?監視・・・?」
「恋愛なんて、当人同士の問題でしょう?なのに、キャスは必要以上にレオ様とローズのことに肩入れしてる。レオ様の友達だから、一生懸命になってるんだと思う。キャスのことだから、面白がってるわけじゃないことも分かってる。でも、レオ様はローズが好きなわけじゃない。キャスに出来ることは何もないんだよね。人間は表面を見ただけじゃ、分からないってことを知ってもらいたいんだ。キャスが願っているのはレオ様が愛のある結婚をして、幸せになることだと思う。なら、キャスにはちゃんと現実を知ってもらわないといけないんだ」
「・・・そうですね」
私が頷きながらそう言うと、
「メグさんもそう思うよね!じゃあ、そういうことでよろしくお願いします!」
リバー様はぺこんと頭を下げました。ええっ?!
「あ、あの、待って下さい。私、そうですね。って、同意しただけなんですけど?」
と、私は慌てて言いましたが、リバー様はそれを無視して、さっさと立ち上がり、
「さて、シュナイダー。行こうか。ダンズレイ公爵様に手紙を書かないといけないからね」
「ええ。それにしても、良かったですね。カサンドラ様のお友達にしては、しっかりとされた方で。マーガレット様なら上手くやって下さいますよ」
シュナイダー様も立ち上がりました。
「うん。キャスは恵まれてるよ。まあ、メグさんにとっては運のツキって言っていいけどね!あははっ!」
「・・・」
私はぽかーんとしていましたが、ハッとして、テーブルを叩くようにしながら、立ち上がると、「まさか、私に聞かせるためにあんなところで話をしていたんじゃないでしょうね!」
すると、リバー様とシュナイダー様はにっこり笑って、
「「まさか」」
また同時に言いました。
「なっ?!」
何なのその笑顔?!絶対、そうよ!私が言った通りなのよ!何てことなの?!何なのこの二人?!
「じゃあ、キャスの監視役、頼みますねー」
と、面倒事を私に押し付け、清々したと言った様子のリバー様と、
「失礼します」
私を同情するような目で見つつも、内心で笑ってるであろうシュナイダー様は私を一人残して行ってしまいます。
私は呆然と見送っていましたが、
「メグさん」
リバー様が一人戻って来ました。
「・・・何かしら?」
「そんなに睨まなくても」
「目つきがきついだけです」
「あ、そう。キャスのことでもう一つあるんだけど」
「・・・何かしら?」
今度は睨んでやったわ!
ですが、リバー様は全く意に介さず、
「キャスはシュナイダーとアナスタシア殿下の仲も取り持とうとするはずなんだよね。だから、それも阻止しちゃって下さい」
「は・・・」
「キャスは自分の面倒もまともに見れないんだから、人の恋路に首を突っ込んでいる場合じゃないと思うんだよね。あ、キャスには厳しく言ってくれて構わないから。あ、なんなら、泣かしちゃってもいいよ。キャスはそれくらいじゃないと分からないから。泣かせても、後で僕が優しく慰めるから、平気、平気」
はあっ?!
「・・・面倒事と憎まれ役を私に押し付けて、ご自分はキャスを優しく慰める役をすると言うことかしら?・・・貴方、お腹が真っ黒なんじゃない?」
と、私がやや震える声でそう言うと、
「あれ、ばれちゃった?でも、キャスも知ってるから、平気、平気」
リバー様は、ははっと明るく笑い飛ばしました。
「っ・・・」
何が平気なのよ?!こっちは平気じゃないわよ?!
すると、リバー様が両手を上げて、
「あーあ。手の掛かる主君に、手の掛かる姉を持っちゃって、僕って、大変だよなあ。心労のせいで早死にしちゃうかもなあ。ああ。参ったよ」
なんて風に大袈裟に嘆きましたので、私はキッとリバー様を睨むと、
「心配しなくても、貴方なら長生きしますよ!!」
周りも気にせず、大声で言ってやったわ!
・・・レディとしては良くないけれど、私、悪くないわよね?




