愛おしい
レオ様に嫌いと言ってしまった翌朝・・・。
「貴女、酷い顔をしてるわね」
と、メグが言いました。
「冷やしてたんですけどね・・・」
泣き過ぎたせいで、目が腫れてしまいました。「あの、それから、ごめんなさい。お茶会のこと・・・」
昨日、アレックスから私が体調を崩したと聞いたメグが心配して、私の部屋に来てくれましたので、その時にお茶会は欠席すると伝えました。
メグは『貴女が誘っておいて』と、文句を言いましたが、私の泣き腫らした目を見て、『どうせまたレオンハルト殿下と何かあったんでしょう』と、言いましたが、何があったかは聞きませんでした。・・・ありがとうございます。メグ。
「そのことはもういいわよ。・・・それより、その腫れ、自分で治せるんじゃない?」
「え」
「攻撃魔法や補助魔法は授業中以外に使ってはならないって言われてるけど、治癒魔法はいいんでしょう?軽い物なら、先生の許可をもらう必要もないんでしょ?」
「そうでした!」
私は大きく頷きますと、「では、行きます!」
私は目を閉じてから、顔の前に両手を持っていき、呪文を唱えました。
「まあ!」
メグが感嘆の声を上げて、「腫れが引いたわよ!」
私は目を開けますと、
「本当ですか?」
「ええ。待って」
メグが鞄から手鏡を出して、「見てみなさいよ」
私はメグの手鏡で自分の顔を見ました。うん!いつものきつい目つきです!元通りです!
「一瞬で腫れがなくなるなんて、すごいのね!びっくりしたわ!」
「ふふんなんです!私、唯一の得意分野です!」
そんなことを言いながら、私とメグが寮の玄関を出ますと、
「おはよう。カサンドラちゃん、メグ」
アレックスとルークがいました。
「おはようございます。アレックス、どうしたんですか?」
「どういうわけかついて来たんですよ」
ルークは不満げです。
「カサンドラちゃんに話があって」
「何の話よ」
と、メグが聞きますと、アレックスはウインクして、
「内緒」
「気持ち悪いんだけど・・・」
メグはげんなりしています。ハンサムなアレックスのウインクが気持ち悪いなんて言えるのはメグだけでしょうね。
「分かりました。ルークとメグは先に行ってて下さい」
多分、昨日のことでしょうからね。
まだ始業まで時間がありましたので、私とアレックスは庭にやって来ました。
「昨日はごめんね。あんなことになっちゃって」
「いえ。アレックスが悪いわけではありませんよ。ただ、王子様相手に遠慮ないんですね」
「まあ、遊び人が言ったことなんてって感じで、そのうちどうでも良くなるからね。気楽だよ」
私は眉を寄せると、
「じゃあ、わざと遊び人を装ってるんですか?」
アレックスは苦笑いして、
「俺の話はいいよ。・・・それより、王子の話だ」
「レオ様ですか?」
アレックスは頷いて、
「あの王子、相当闇の力に苦しめられてるよ」
「・・・」
私は唖然として、言葉を失いました。
「毎日きついんじゃないかな。それでも正気を失わないでいられるのは、さすがと言っていいけど、限界がそのうち来ると思う」
「で、でも、いつもそんな風には・・・」
「お茶の時間や放課後に何とか抑えていると思う。特に3時限目の後がきついんじゃないかな。それをお茶の時間の40分で何とか抑えてるんだろう」
「3時限目は毎日攻撃魔法の授業があるはず・・・」
と、私が言いかけると、アレックスは頷いて、
「王子は毎日苦しんでるだろうね」
「そんな・・・」
・・・そう言えば、ローズマリー様はお茶の時間はレオ様と一緒じゃないと言っていました。と言うことは、リバーもシュナイダー様もレオ様とは一緒にいません。ルークはほぼ私と一緒にいますから・・・レオ様は一人で体内で暴れる闇の力を抑えていたことになります。
「ど、どうしようっ。私、あんなにお父様に言われていたのにっ。私、またっ・・・」
また昔のようにレオ様のサインを見逃してしまいました!「私、レオ様のところに行かないとっ!」
私は駆け出そうとしましたが、
「待って!落ち着いて!」
アレックスは私の手を掴みました。
「でもっ!」
「どうせ簡単に認めやしないよ!それが出来るくらいなら、あんなことにはなってない!」
私はハッとして、
「・・・そ、そうですね。レオ様は何でも一人で抱えちゃうし、誇り高い人ですから、助けて欲しいなんて言えませんよね」
アレックスは私の手を離して、
「で、戻るけど、昨日の3時限目は闇の授業があった。お茶の時間だけでは完全に抑えられなかったんだろう。ずっと、苛立ちのような物があったと思う。そんな時にカサンドラちゃんと俺を見たんだろう」
「?!だから、あんなに怒ったんですか?」
アレックスは首を振ると、
「いや、怒った理由は闇の力のせいではないと思うよ。ただ、あれ程の剣幕で怒鳴ったのは、闇の力のせいだろうな。怒っていると言うより、殺気立っていたから」
「な、なのに、私ったら、あんな嫌いだなんて・・・」
「かと言って、王子は言い過ぎだよ。あそこまで言っていい権利は王子にはないと俺は思う。それは王子が反省しなくちゃいけないことだよ」
「でも・・・」
「ともかく、王子がお茶の時間にどこにいるか捜し出すこと。その場に踏み込めば、王子もごまかせやしないからね」
「そ、そうですね」
私は頷いて、「見つけたら、ローズマリー様に・・・」
「ちょっと待って」
「はい?」
「王子のこと、人任せにするつもり?」
アレックスは人が変わったかのように厳しい目で私を見ています。
「でも、私じゃ・・・」
「王子は自分が苦しんでいるところを誰にも見せたくないから、酷い状態になってしまってる。・・・長い付き合いなんだから、ローズマリー・ヒューバートより、カサンドラちゃんの方が王子の性格を分かっているだろう?」
「・・・」
そうでしょうか。私はまた同じ過ちをしてしまったのですから、私はやっぱりレオ様のことを分かっていなかったのです。
「俺はカサンドラちゃんが何とかしてやらなきゃいけないと思う。・・・嫌いって、言ったこと後悔してるんだろう?なら、ローズマリー・ヒューバートに頼るんじゃなくて、カサンドラちゃん自身がまず一番に王子を救うために何とかしなきゃ。それで王子がローズマリー・ヒューバートや弟くんたちに話していいと言ったら、話せばいい。・・・王子の意志も尊重させてあげるべきじゃないかな」
「そ、そうですね。アレックスの言う通りです。私、レオ様を絶対に助けます!」
アレックスはうんうんと頷いてから、
「頑張って」
私はそんなアレックスを見ていましたが、
「アレックスは一体何者なんですか?」
と、聞いてしまっていました。
アレックスは首を傾げて、
「どういう意味かな?」
「あの、上手く言えませんが、顔が似ているわけじゃないのに、お父様を感じさせるところがあると言いますか・・・おとうさ、あ、いえ、父と会ったことがあるのですか?」
アレックスは笑うと、
「まさか。カサンドラちゃんは知らないだろうけど、俺の父は反五大公爵派の議員だよ」
私は驚いて、
「そ、そうなんですか?!なのに、私に近付いていいんですか?!」
「父は父。俺は俺だよ。・・・それに遊び人の俺が美しいカサンドラちゃんに近付いても誰もおかしいとは思わないよ。あ、またそこで、アレックスは遊び人なんかじゃないなんて言わないでね」
「むぅ・・・言おうと思っていたのに・・・」
私がむくれますと、アレックスは愉快そうに笑いました。
アーロンのように笑った顔が似ているわけでもありません。なのに、どうして、父を感じさせるのでしょうか?
そんな疑問はとりあえず、頭の片隅に置いておくことにして、私はお茶の時間にどこかで苦しんでいるはずのレオ様を捜すことにしました。
直接聞いても、はぐらかされるはずです。なら、アレックスが言っていたように、レオ様が苦しんでいるまさにその時に見つけなければならないのです。
ルークにはしばらくお茶の時間はスターリング先生のところに通うと、嘘をつき、レオ様を捜しに行くことにしました。
入学してすぐにリバーとルークと一緒に学園内を探検しました。私は頭の中でそれを思い返します。やみくもに捜し回っても仕方ありません。良く考えなくては。今日、絶対にレオ様を見つけるのです。
前世の学校なら、まず屋上を思い浮かべるでしょうが、この学園には屋上はありません。屋根が三角になっているので、屋根に上がるのは危険です。見られたくないとしても、わざわざそんな所には行かないでしょう。
庭・・・?でも、ぎりぎりまで一人で過ごしたいと思うかもしれません。それなら、教室の近くではないでしょうか。灯台下暗しと言いますからね。
私は歩きながら、考えていましたが、
「そうだ!」
前にローズマリー様が自然発生した私の元取り巻きの方々に囲まれていた所に行ってみましょう。一年生の教室がある上の階は空き教室が多いです。
上の階はしいんとしていました。
何だか静か過ぎて、気味が悪いですが、あまり音を立てないように慎重に歩きました。
教室のドアの前で耳を澄ませた後、そっとドアを開けました。・・・いません。
それから、空き教室のドアを順々に開けていきましたが、レオ様はいません。
「ここじゃないのかしら・・・」
私はドアを閉めようとしましたが、手を止めました。「あ」
中を覗くだけじゃなくて、ベランダにも出てみるべきでした。
私ったら、もう!と、一人ぷりぷりしながら、その教室の中に入って行きますと、窓を開けました。
ベランダはずっと繋がっています。私は左側を見ながら、ベランダに出ると、次は右側を見て・・・。
「!」
ベランダの隅で背中を丸めて座っている人がいました。頭を抱えていますので、顔は見えませんでしたが、太陽の光に照らされて、キラキラと輝く銀髪は見えました。
私は駆け出しました。
足音に気付いたレオ様が顔を上げました。
私の姿を認めたレオ様は大きく目を見開きました。
白目の部分が充血し、ガラス玉のような瞳まで真っ赤に見えます。
息は荒く、肩は小刻みに震えています。
そして、何より、纏う空気が鋭く、殺気に満ちていて、触れたら、殺されてしまうのではないかと私は思ってしまいました。
「っ・・・!」
レオ様はまた頭を抱えると、「来るな!」
「レオ様!」
「来るな!傷付けてしまうかもしれないから来るなっ!!」
「レオ様・・・」
「何故、こんなところに来たっ・・・!見られたくなかったのにっ!!」
背中を丸めたレオ様はとても小さく見えました。もう私よりずいぶん身長が伸びてしまったと言うのに。
・・・まるで11歳の時のレオ様のようです。
私はレオ様の傍に行きました。
「来るなと言っただろうっ!」
顔を上げなくても、私がすぐ傍にいることに気付いたレオ様は声を上げます。
「レオ様」
私は膝をつくと、レオ様を抱きしめました。「ごめんなさい。また一人にしてしまいました・・・」
どうしてでしょうか。小さくなって、震えているレオ様がとても愛おしいものに見えました。・・・抱きしめずにはいられませんでした。




