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面倒な王子様(アレックス視点)

 学園に入って、しばらく経った頃、俺はリバー・ロクサーヌこと、弟くんと挨拶を交わした。

 表向きは五大公爵家と反五大公爵派と言うことになるので、一応、人気のない場所で会うことにした。ちっ。何で野郎なんかと。


 次期カーライル公爵である弟くんはなかなか男前だ。好みは分かれるだろうが、現カーライル公爵よりも顔立ちは整っていると思う。ま、俺には敵わないけどね。

 そんな弟くんは、現在、我が国の第二王子で将来の国王となることがほぼ決まっているレオンハルト殿下を差し置いて、学園で一番人気のある男だ。多分、学園の半分以上が弟くんの支持者、いや、信者だ。絶対、黒魔術をやっているとしか俺は思えなかったが、人気の一番の理由は何と姉を溺愛しているからだって言うから、この学園の生徒は頭がおかしいとしか思えない。

 ただ、中には『あれだけお姉様を大切にしているなら、結婚したら、私のこともとっても大切にしてくれるはず!』と、思い込んでいるおめでたい女もいるようだ。

 リバー・ロクサーヌは、いや、シュナイダー・グラントも、○○家の令嬢として見ることはあっても、一個人として、恋愛対象として、学園の女子生徒を見ることはまずないだろう。

 ・・・実は俺もだけどね。


『初めまして。リバー・ロクサーヌです。僕たちは生まれた時から貴方のお父様にお世話になっていたようですね。ありがとうございます』

 そう言って、弟くんが手を差し出したので、俺はその手を軽く握りながら、

『セントクロフト伯爵家アレクサンダー・ラングトリーです。以後、お見知り置きを。・・・お礼なんて、別にいいですよ。それに影を育てたのは亡くなった伯父ですからね』

『伯父さん・・・』

『ええ。亡くなった伯父は今はバドレー公爵家の令嬢であるマーガレット・フォスターの実の父親なんですよ。ですが、従姉妹はセントクロフト家の裏の顔は知りませんので、従姉妹には何も言わないで下さい』

 弟くんは頷いて、

『分かりました』

 思っていたより、怖い感じはしないなと俺は思いつつ、手を離してから、

『あ、そうそう。お姉さん、美人ですよね。是非しょう』

 と、言いかけると、弟くんがにっこり笑ったかと思いきや、また俺の手を握って・・・『いっ?!いたたたっ!』

 弟くんは俺の手を握り潰すかのような力で握ってきやがった!何すんだよ?!


『確かに姉は美人だが、君には言われたくないな。紹介もしてやらないよ』

 弟くんはそう言いながらも、笑顔のままだ。だが、やっぱり目は笑っていない。さすが親子だな!

『はは。噂通りのお姉ちゃん子か』

『何とでも。まあ、君はましだけどね』

『まし?』

『下心を隠してないところがね。中身はともかく、姉は美人だ。君のようにあからさまに褒めてくれた方が分かりやすくていいよ。だからと言って、紹介は絶対しないけど』

『・・・』

 中身はともかくって、どういう意味?

『なのに、あいつ、マーカス・ゴードンだったっけ?いかにも悪い奴みたいな名前だよね。そいつ、いい人面してたけど、姉に対する下心が見え見えだった。姉の見た目がいいのか、持参金がいいのかは分からないが、気分の悪い男だった。うんざりして、つい、愛想笑いを忘れたよ。僕もまだまだだな』

 やっぱり、普段は愛想笑いを振りまいているわけか。ご苦労なことだ。

『ストレーゼン侯爵家の三男か。確かに気をつけた方がいい』

『三男ね。そりゃ、下心しかないはずだ』

『マーカス・ゴードンはともかく、純粋にお姉さんを好きになる男もいると思うけど?それもダメなわけ?』

『ダメだね』

『・・・』

 ・・・即答かよ。

『君も知っているだろうが、姉は治癒魔法しか出来ない。そんな姉を任せられる男がそうそういるとは思えない』

 俺だったら、大丈夫だけどな。と、思ったが、もちろん、何も言わなかった。

『あんなに美人なのに、お姉さんは生涯独身か。可哀相に』 

『いいんだよ。あんな姉と結婚したら、旦那の方が可哀相なことになるかもしれないからね』

『?』

 弟くんは、姉を溺愛してるのか、貶しているのか、どっちなんだ?


 ともかく、弟くんが姉に近付こうとする男に警戒するのは当たり前のことだ。

 社交界デビューの予定のないカーライル公爵家の花と同じ学園に通っている間に何としても近付きたいと思う男は大勢いる。

 王子のローズマリー・ヒューバートは確かに綺麗だが、あの黒髪と黒い瞳に価値があると思うのは王族くらいだ。貴族の子息からすれば、田舎の子爵令嬢でしかない。

 その点、カサンドラちゃんはあの美貌(特にあの胸とあのくびれは素晴らしい!声を大にして言いたいが、弟くんが怖いので、これも心の中にしまっておく)に加えて、莫大な資産を持つカーライル公爵家の令嬢だ。何としても、モノにしたいと思って、当然だ。

 しかし、弟くんの心配をよそに、カサンドラちゃんは人を疑うことを知らない。基本、人見知りらしいが、慣れて来ると簡単に警戒心を解く。

 だが、本能的に何か感じているのか、カサンドラちゃんはマーカス・ゴードンには完全に心を許せてはいない。だから、マーカス・ゴードンも焦って、弟くんに見下されたなんて言い出して、カサンドラちゃんの気を引くことにしたわけか。いや、つい愛想笑いを忘れた弟くんに見下されたと勘違いしたのかもしれない。じゃあ、弟くんに対する恨みもあって、カサンドラちゃんを何としてもモノにしたいと思った可能性もあるのか・・・。



 おっと。こんなことを考えている場合じゃない。

 俺の目の前で固まっている王子を何とかしなくては。


 俺は王子の顔の前で手を振った。

 すると、王子が我に返って、俺を見た。

 あの殺気はどこにいったのやら。王子はすっかりしょぼくれていた。と、言うか、泣きそうなんだけど、大丈夫?!

「追いかけなくていいんですか?」

「・・・」

「まさか、女性に許しを乞うなんて、自尊心が許さないなんて言うんじゃないでしょうね」

「・・・黙れ」

 と、王子は言ったが、声には全く覇気がない。


 しょうがない。親父、ごめん。と、俺は心の中で謝ると、

「がっかりさせないでくれますか?」

 と、言った。

「何?」

「こんな人が将来の国王陛下だなんて、がっかりですよ。さすが、親子ですね。狭量なところがそっくりだ」

「な・・・」

 王子の顔色が変わる。

「おまけに女の子を泣かせちゃう?一人の男としても、最低ですよね。俺に腹を立てるならともかく、カサンドラちゃんにあんなこと言っちゃうなんて、結局、甘えてるんでしょう?カサンドラちゃんなら何を言ったって、何をしたって、許してくれるって。残念ですねー。カサンドラちゃんに嫌われちゃいましたー」

「ー・・・」

「良くそんなんで、国王になろうだなんて思いましたよね。根拠のない自信はさすが王族ってとこですかねー」

「・・・」

 王子は関節が白くなるくらい手を握り締め、唇は血が出そうなくらい、歯で噛み締めている。


「カーライル公爵やアンバー公爵の優秀さに嫉妬して、愚かな真似ばかりする父親と変わらないですよね?結局、国王なんて誰がなったって、一緒かー。貴方も父親と同じように、国民に嫌われ、五大公爵から信用されなくなっちゃうんでしょうねー。あー、夢も希望もないなー。この国も終わりだなー」

 俺が首を振りながら、そう大袈裟に嘆いていると、

「黙れ!私は父上のようにはならない!」

 と、王子は声を上げると、俺の胸倉をつかんで、「お前に何が分かる!」

「・・・」

 王子の目は真っ赤になり、体は小刻みに震え、呼吸も荒い。

 この状態は・・・もしかして・・・。


「レオンハルト殿下。・・・怒らせたことは申し訳ありませんが、少し落ち着いて、ゆっくり呼吸をして下さい」

 と、俺が言うと、王子はやや驚いたような顔をしたが、俺から手を離すと、ゆっくりと深呼吸を始めた。


 俺は王子が落ち着くのを待って、

「貴方は私のことを知っているのでしょう?」

「・・・ああ」

 王子は頷いて、「セントクロフト伯爵家の跡継ぎだろう。アレクサンダー・ラングトリー。カーライルから、君の父上があの某国の魔術師をカーライル公爵領に追い込む作戦の指揮を執ったと聞いている。君と同じ学年になるのだから知っておいた方がいいと教えてくれた」

 俺も頷くと、

「同じ学年になるとしても、そのことをカーライル公爵が貴方に話したと言うことは、手の内を一つ明かしたと言うことにもなります。それがどんな意味か分かりますか?」

 ・・・つまり、カーライル公爵はこの王子を信用していると言うことだ。

 長年、五大公爵は王族の盾でありながら、王族を信用したことなど一度もない。手の内を明かすなんて、簡単に出来ることではない。


 王子は俺をまじまじと見つめていたが、

「分かっている」

 俺は表情を緩めて、

「分かっているならいいです。・・・カーライル公爵は貴方のことを希望だと言っていましたよ」

 と、言うと、王子は目を見張って、

「カーライルが・・・」

「ですから、そんなカーライル公爵をがっかりさせるようなことはしないで下さい」

「・・・分かった」

 すでに王子は呼吸も正常になっているし、震えも止まっている。悪い状態から抜け出せたようだ。この短時間で抑えられたのはさすがと言っていいだろう。

 影には闇の属性持ちが多い。俺は闇の力に苦しむ人間を何人か見たことがある。それよりも王子の状態は酷く見える。

 カーライル公爵ほどになると、一瞬で相手が何の属性を持っているかや、それぞれの属性の力の強さがどれくらいか分かるらしいが、当然、俺には分からない。

 教師にカーライル公爵ほどの力量があれば、すぐに王子の異変に気付くだろうが、教師はあくまで教師でしかない。この国では王室付きの魔術師になれなかった人間が教師になることが多く、そんな教師に見抜けるはずがない。

 更に普通であれば、苦しんでいることを生徒自ら話すが、王子がそんなことをするはずがない。つまり、王子が意識を変えないことにはこの苦しみから抜け出せることなんて出来ないと言うわけだ。・・・この王子はそれが分かっているはずなのに、何をやってるんだ?痩せ我慢も大概にするべきだ。


 そんなことを俺は思いながらも、

「なら、良かった」

 と、言って、笑みを見せると、王子はややバツが悪そうに目を反らして、

「すまなかった」

 そう言った王子の頬はやや赤い。何が『冷酷な氷の王子』だよ。思っていたより、人間らしいじゃないか。嫌いじゃないな。・・・好きでもないが。

「カサンドラちゃんにも謝った方がいいですよ」

「・・・分かっている」

「俺とカサンドラちゃんは本当に何でもないですから」

「・・・分かっている」

 分かっているのなら・・・と、俺は続けて言おうかと思ったが、闇の力について、触れるべきだと思い直し、

「・・・俺、今年は見送ったんですよ。闇の授業。俺も光の属性を持ってないんで、無理する必要はないと思ったので」

「・・・」

 王子が俺を見る。その瞳からは何も窺い知れない。

「きついんでしょう?闇の力」

「そんなことはない」 

「・・・」

 嘘を言うなよ。と、思ったが、結局、無理に認めさせたことで、俺に出来ることはない。「では、もしきつくなったら、きちんと対処して下さいね。このままではカサンドラちゃんをまた傷付けると思いますよ」


 すると、王子は自嘲気味に笑って、

「何故、キャスに対して、こんなに苛々するのか分からない。・・・キャスはとても大事なのに」

「ローズマリー・ヒューバートよりもですか?」

「・・・」

 王子はムッとしたように、「比べられるわけがないだろう」

「なら、質問を変えます。貴方がローズマリー・ヒューバートを好ましく思っているのは、リリアーナ王女と同じ容姿だからですよね?」

「まさか。確かにあの容姿でなければ、声を掛けることすらなかったと思うが、出会えたことに心から感謝した。本当に私にはローズマリーが必要だと思っていて・・・生涯、大切にしたいと思って・・・近く、正式に結婚の申し込みをするつもりだった」

 ・・・ん?

「だった?」

 王子は頷いて、

「もう迷うのは止めようと思っていたが、また迷いが生じた」

 と、言うと、小さく笑って、「何故君にこんな話をしたんだろうな」

「親しくないからじゃないですか?」

「かもしれないな」

「なら、カサンドラちゃんが大事だと言いましたが、具体的にどう大事なんですか?」

 王子は眉を寄せると、

「何故、君に言わなければならない」

「だから、俺と貴方は友達でも何でもない。更に我が家が忠誠を誓っているのは五大公爵家であって、王族ではない。ほぼ無関係です。だからこそ、話せることもあるのでは?カサンドラちゃんへの思いをリバー・ロクサーヌに話せますか?」

「そんな怖いことが出来るわけがないだろう」

 王子はゾッとしたように言った。・・・弟くんはどんだけ怖いんだ?

「おや?怖い?何故、怖いんですか?ただの友人への思いをその弟に話すだけなのに、怖いんですか?・・・ただの友人だなんて思ってないからでしょう?」 

 すると、王子は苛立ったように銀色の髪をかき上げると、

「キャスは・・・キャスは・・・」

 と、言い始めた。

 それから、王子は何回も『キャスは・・・』を繰り返した。

 もういい加減にしろって。と、言ってやりたかったが、何とか堪えた。



 俺は王子と別れた後、メグとルーカス・シャウスウッドのところに行き、カサンドラちゃんは急に体調を崩したから、先に寮に帰ったと言った。

 メグは俺が何かしたんじゃないかと言い、ルーカス・シャウスウッドも俺を睨んでいたので、言い掛かりはやめてくれと俺は言ったが、完全に無実だとは言えなかった。


 二人と別れ、デートの予定もないので、俺は大人しく寮に帰ることにした。

 ふと、足を止め、図書室がある方向に目をやった。


 カーライル公爵がカサンドラちゃんに渡した『あれ』のことが記されている書物は父が話していた通り、図書室の奥の奥にあった。

 思っていたより、その書物は新しかった。ただ、図書室の本は古くなったら、魔法で修復されるとメグが言っていたっけ。

 実は、図書室で初めてカサンドラちゃんと会話を交わした日はその書物を捜しに来ていた。まさか、カサンドラちゃんやメグと会うとは思っていなかった。カサンドラちゃんを図書室に連れて来るなよ。と、メグに文句を言いたいくらいだった。

 俺が何故書物を捜すことにしたかと言うと、入学して、しばらく経った頃、父から念のために別の場所に移してくれないかと頼まれたからだ。

 長年、間接的にだが、カーライル公爵家の双子に関わって来た父は特に危なっかしいカサンドラちゃんのことが心配らしい。・・・だからって、俺はこき使っていいのかよ。

 書物はすぐには見つからなかった。図書室を管理している教師もどこにあるか分からなかったし、見出しすら分からなかったからだ。結局、百冊以上に目を通す羽目になった。

 苦労の末に見つけた書物は現在、資料室内の鍵付きの保管庫にある。俺が教師に事情を話して、図書室から移してもらった。

 確かに『正しい使い方』をしたら、カサンドラちゃんの命は危険に晒されて、いや、確実に命はない。俺も書物を読んで、ゾッとした。

 こんな恐ろしい物を渡すとは・・・と、思ったが、『正しい使い方』を知らなければ、カサンドラちゃんにとっては強い父親が常に傍にいるのと同じくらい心強いだろう。

 ・・・しかし、どういうわけか、不安が完全には拭えない。

 今まで、娘を守るために先の先まで考えて、行動してきたカーライル公爵にとって、初めての誤算が生じてしまったら?予測不能な事態が起こってしまったら?と、思ってしまうのだ。

「いや・・・」

 俺は首を振った。

 カサンドラちゃんがあの書物を目にすることは絶対にない。

 そもそも予測不能な事態が起こる可能性もない。

 俺は心にある不安を打ち消すと、

「これで、灰になることはないだろう」

 と、呟いた。


 ・・・さて、この先、愛しのカサンドラちゃんや面倒臭い王子はどうなることやら。俺は少し離れたところから眺めることにしよう。



『キャスは言葉では言い表せない程、大事な存在だ。だが、一緒にいると穏やかでいられるローズマリーとは違って、キャスには苛々させられる。心を掻き乱されるんだ。昔はこんなことにならなかった。普通、好きな女性ならそんなことにはならないはずだ』


 王子はそう言っていた。

 いや、普通は好きでもない女に心が掻き乱されることなんかないんだけどな!

 あんたの普通はおかしいよ!見た目と違って、子供だよな!

 ・・・と、言ってやりたかったが、面倒臭いので黙っておいた。


 だが、王子が闇の力に苦しめられていることは、黙っておくわけにはいかない。



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