嫌い
『何をやってるんだ!』
レオ様が怒りオーラを纏いながら、私とアレックスの元へやって来ます。怖いです!
た、確かに廊下なんかでダンスをしたことは、学園でのお母様の逆鱗に触れたかもしれませんが、そんなに怒らないで下さい!
レオ様が立ち止まるまで、私は棒立ち状態でした。アレックスは『怖ー・・・』と、言ってましたが、私は声すら出ませんでした。
「何をやっていたんだ?」
と、レオ様は繰り返し言いました。声が冷たいです!ゾッとします!
すると、
「踊っていただけですが?私とカサンドラちゃんは楽しんでいたので、邪魔しないで下さい」
と、アレックスが言いました。ひぃっ!
レオ様はアレックスを睨んでから、いまだ私の手を握っているその手も睨んで、
「いい加減、離せ」
と、言いましたが、アレックスは逆に私の手をやや強く握って、
「カサンドラちゃんはダンスの練習中です。・・・さ。カサンドラちゃん、踊ろうか」
「アレックス!」
何故、こんな状況でそんなことが言えるんですか?!
「アレックス?」
何が気に入らないのかレオ様が眉を吊り上げます。
「あ、えっと、彼はメグのい・・・」
私がアレックスを紹介しようとしましたが、
「しなくていい」
と、レオ様は即座に言いました。し、しなくていいって!
「レオ様、それは失礼じゃ・・・」
「王子様は下々の人間なんか興味ないそうだよ」
アレックスは私の背中に手をやって、「ほら。姿勢を良くして」
「だから!」
ダンスの練習なんかしている場合じゃないでしょう!と、私は言おうとしましたが、
「それ以上、キャスに触るな!」
レオ様が怒鳴りました。
その鋭い声と剣幕に私は震え上がりました。
レオ様は怒りオーラなんて物ではなく、まるで・・・もっと・・・そう。殺気を放っているように見えるのは気のせいでしょうか?
アレックスは眉を上げて、
「王族だからって、むやみやたらと怒鳴らないでくれませんか。カサンドラちゃん、怯えてるじゃないですか」
「キャスから離れろ」
アレックスは一歩前に出ると、レオ様と真正面から向きって、
「失礼ですが、カサンドラちゃんは貴方のものではありませんよ?独占欲、剥き出しにしちゃってますけど、自分の女だとでも思ってるんですか?貴方には黒髪の美しい方がいるでしょう?カサンドラちゃんに対して、貴方は何の権利もないはずだ。人の交流関係にまで口を出すのはどうかしてると自分で気付かないんですか?・・・あ、もしかして、ローズマリー・ヒューバートは正妃だから、カサンドラちゃんは愛人にでもするつもりとか?美人を独り占め出来て、羨ましいですね!さっすが王子様だ!」
レオ様は顔を真っ赤にすると、
「貴様!」
と、声を上げると、腕を振りかぶりましたが、
「アレックス!」
私はジャンプすると、アレックスにげんこつを落としてやりました!ジャンピングげんこつです!
「いってー!」
アレックスが堪らず、しゃがみ込みました。
うっ。私は手が痛いですが、我慢することにして、
「いくらなんでもレオ様に失礼です!そうやって、人を食ったような言い方しちゃだめです!アレックスは本当はそんな人じゃないでしょう!」
アレックスは頭を撫でながら、私を見上げて、
「だから、カサンドラちゃん。俺はいい人なんかじゃないって」
「私が怒られないように、矛先を自分に向けてるじゃないですか!」
「そんなんじゃないよ。やだなあ」
ですが、そう言ったアレックスの目の下はうっすら赤くなりました。何故、アレックスはわざと悪ぶったりするのでしょうか?
「カサンドラちゃん、かなり痛いんですけど・・・」
アレックスが恨めしげに私を見ました。
「え?やっぱり?」
ジャンピングげんこつはやり過ぎたようです。でも、レオ様に殴られるより良かったと思うのですが。「ごめんなさい」
すると、アレックスはにこっと笑って、
「撫でてくれたら、許してあげる」
私は呆れると、
「アレックス、あのですね」
と、窘めようとした時・・・。
「何が人見知りだ。誰にでもいい顔をして、恥ずかしくないのか」
え?
私はレオ様を見ました。
レオ様は私を睨むような目で見ながら、
「シュナイダーだけじゃ足りないのか?ルークにもアーロンにも、その男にも、皆にちやほやされたいみたいだな」
「れ、レオ様・・・?」
「キャスにはがっかりしたよ。そんなに安っぽい女だとは思ってもみなかったよ。何故、キャスがちやほやされるか、私には理解出来ないな。ローズマリーと違って、何の魅力もないのに」
「ー・・・」
アレックスは立ち上がると、
「おい、そんな言い方っ」
「アレックス!やめて!」
私はアレックスを止めますと、
「・・・いいんですよ。確かに私はローズマリー様と比べたら、酷いものですし・・・レオ様の言うと・・・おりで、す」
・・・自分でも声が震えていることが分かりました。
「カサンドラちゃん・・・」
アレックスの顔が霞みます。
「っ・・・」
涙が溢れて来ました。「うぅっ・・・」
レオ様は息を呑むと、
「キャス・・・」
私に一歩近付こうとしましたが、私は更に二歩、後ろに下がると、涙で霞む目でレオ様を見て、
「私、レオ様にそこまで言われなきゃいけないことをしましたか?私、お友達を作ってはいけないんですか?私、何でもレオ様の言いなりにしなきゃいけないんですかっ!」
レオ様は首を振ると、
「ち、違う、私はただ・・・」
「レオ様、私のことまるで嫌っているみたいっ!」
「違う!」
「・・・」
私はそう口に出して、そうなんじゃないか・・・レオ様は私が嫌いなのかもしれないと思ってしまいました。最近、無視されるし・・・いつも怒ってるし・・・。
・・・そうか。レオ様は私が嫌いになっちゃったんだ。ローズマリー様がいるから、私なんかもう要らないんだ・・・。
「キャス、私の話を・・・」
と、レオ様はまた私に近付こうとしましたが、
「もういいです!私だって、レオ様なんか嫌いです!」
そう叫ぶと、駆け出しました。
私は泣きながら、やみくもに走っていましたが、
「ぎゃっ!」
足がもつれるようになって、転んでしまいました。「うっ・・・痛いー・・・うぇーっ」
私はそれから人気のない廊下で一人声を上げて泣いていましたが、
「カサンドラ様!」
シュナイダー様が慌てて走って来ました。
ルークに『廊下は走らない』と注意していたのに・・・。
シュナイダー様は膝をつくと、スカートから出ている私の膝を見ながら、
「転んだんですか?怪我は?すみませんが、良く見えるようにしてくれますか?」
「・・・」
私が何も言わず、動かないままでいると、シュナイダー様は顔を上げて、
「カサンドラ様・・・何かあったんですか?」
私は声が出ず、ただ首を振りました。
すると、シュナイダー様は溜め息をついて、
「そんなに泣いているのに、何もなかったわけがないでしょう。・・・お兄様が聞いてあげますよ?今回だけはお兄様になってあげても構いませんよ?」
シュナイダー様は優しく微笑んで、私の頭を撫でてくれました。
「うっ・・し、シュナイダーさ、まっ・・・うぇーっ!」
私は更に大きな声で泣きました。
シュナイダー様は私が泣き止むまでずっと頭を撫でていてくれました。
その後、泣き過ぎで、しょぼしょぼになった目でまばたきを繰り返していた私でしたが、
「私、レオ様に嫌いなんて言ってしまったんです・・・11歳のあの夜に、私、何があっても嫌いにならないって、レオ様に言ったのに・・・」
私はまた溢れて来た涙を手で拭いながら、「嘘ついちゃいました・・・レオ様にほんとに嫌われたら、どうしよう・・・」
「そんなに手で拭ったら、痛めますよ」
と、シュナイダー様は言いますと、私の顎を上げると、ハンカチで涙を拭いました。うわっ!恥ずかしい!
私は一人赤くなりましたが、
「嘘なんかついてないでしょう」
「え?」
「カサンドラ様は殿下のことを本当に嫌いになったのではないでしょう?殿下だって分かってますよ」
「でも・・・レオ様は私を嫌いになったのではないでしょうか・・・」
と、私が言いますと、シュナイダー様は首を傾げて、
「どうしてそう思うのですか?」
「学園に入ってから、レオ様とはぎくしゃくしてばかりですし・・・私、馬鹿だから、レオ様が何を考えているのか分からなくて・・・こういうところにレオ様は苛立ってたのかなって・・・。だから、私、嫌われちゃったんじゃないかって・・・」
「殿下はカサンドラ様を嫌いになったりしませんよ」
「でも・・・」
「カサンドラ様が本当に殿下を嫌いになれないように、殿下もカサンドラ様を嫌いになることなんかありませんよ。・・・私が保証しますから」
「シュナイダー様・・・」
「私が信じられませんか?」
私は首を振ると、
「信じてます!」
シュナイダー様は微笑んで、
「良かった。・・・それから、殿下のことも信じてあげて下さい。カサンドラ様と同じ様に殿下は絶対にカサンドラ様を嫌いになんかなりませんから」
「はい・・・レオ様のことも信じます」
と、私が言いますと、シュナイダー様は私の頭をポンポンしました。ぎゃっ。
シュナイダー様のお陰で少し元気を取り戻した私でしたが、
「お茶会は欠席しますね。私がいなくても困ることはないでしょうし、レオ様に気を使わせたくないですから。せっかくのお茶会を台なしにしたくないので」
シュナイダー様は頷きますと、
「分かりました。ローズさんには私から伝えましょうか?」
「いえ。それくらいは自分で言いますから」
「そうですね」
「・・・はい」
あれ?一回くらい出席したらどうかと言ってくれるかと思いましたが、シュナイダー様はあっさりとしたものでした。残念がっている様子も全くありません。
私、カサンドラ・ロクサーヌ。勝手だとは思いますが、何だか寂しいです・・・。
次話から2話続けて、アレックス視点となります。
過去話も入って来て、もう出番終了となっていたはずのあの方が登場します。




