勘違い
いきなりですが、私、カサンドラ・ロクサーヌ、今、大変困ってます!
放課後、スターリング先生と今後の授業についての相談をした後、教室で待っているルークやメグの元へ戻ろうとしていると、マーカス・ゴードン様とばったりお会いしたので、いつものように一言、二言、お話した後、お別れしようとしたのですが・・・。
「一度くらいかまわないでしょう?・・・ただお話がしたいだけなんですよ」
ゴードン様からお茶に誘われてしまいましたが、ルークとメグが待っていますので、お断りしました。
なのに、どういうわけか、ゴードン様は引き下がってくれないのです!何だかちょっと強引なんです!どうしてでしょうか?!おまけに今日はいやに距離が近いです!
「あ、あの、私、本当にお友達を待たせていますから、行かないと」
私は一歩また一歩と離れますが、ゴードン様は距離を詰めて来ます。どうしたらいいんですか?!
「なら、今度のお休みはどうですか?」
と、ゴードン様が言いましたので、
「こ、今度のお休みは、と、とても大事な用がありまして・・・申し訳ありません」
私は頭を下げました。
嘘ではないんです!例のお茶会があるんです!
すると、ゴードン様は苛立ったように赤みがかった茶色の髪をかき上げ、
「ロクサーヌ様はずいぶんお高くとまってるんですね。侯爵家の三男とはお話したくないようですね」
「え・・・」
私はぽかんとしてしまいました。今の台詞はゴードン様が言ったんですか?
「弟さんと同じですね。私を見下しているようだ」
「なっ、弟はそんな人間ではありませんっ!」
「私は前に一度お話をしたことがありますが、そうとしか思えない態度を取られましてね」
「あ、有り得ません。リバー、弟は人を見下すような人間ではありません」
腹黒なだけなんです!
すると、ゴードン様はにっこり笑って、
「なら、お茶をしながら、その時の話を聞いて下さいませんか?私も誤解があるかもしれませんからね」
誤解に決まっています。リバーはそんな人ではありません。
「わか」
と、私が言いかけると、
「カサンドラちゃん。お待たせ」
「!」
アレックスがのんびりとした足取りで私とゴードン様の前に来ると、にっこり笑って、
「カサンドラ嬢は私と約束してたんですよ。申し訳ありませんね」
「嘘を言うな」
と、ゴードン様は鼻で笑って、「セントクロフトの遊び人がロクサーヌ様と知り合いなわけがないだろう」
「おや?」
アレックスは首を傾げて、「・・・さっき、貴方はカサンドラ嬢の弟さんに見下されたとかって言ってましたよね?ですが、今の貴方の台詞も態度も私を見下しているとしか思えませんが?まさか、自分がする分には許されると思ってるのではないでしょうね?」
「!」
ゴードン様はムッとして、「私は」
と、言い返そうとしましたが、
「冗談ですよ!」
アレックスは明るく笑って、「見下されたなんて思ってませんよ!いやー、一瞬、誤解しちゃっただけですよ。申し訳ありませんー。ですが、こんなことって良くあることでしょう?貴方はカサンドラ嬢の弟さんの性格なんて良く知らないでしょう?ですから、ちょっとした勘違いをしたのではありませんか?」
アレックスはそこまで言ってから、私を見て、
「この方はちょっと勘違いしちゃっただけだよ。全く悪気はないんだから、もういいよね?」
私は呆気に取られてましたが、
「も、もちろんです」
と、答えました。
アレックスは微笑むと、ゴードン様と向き合って、
「と、言う事でカサンドラ嬢の弟さんの件は終わりってことでいいですよね?いつも紳士でいらっしゃるゴードン様なら、そうして下さることでしょう。私、間違ってますか?」
「いや、君の言う通りだ」
ゴードン様はまるで毒気を抜かれたかのように穏やかな口調で答えました。
アレックスはまたにっこり笑ってから、
「私の従姉妹がカサンドラ嬢と仲がいいんですよ。その従姉妹が待ってますので、これで失礼します」
と、言って、優雅にお辞儀しますと、「さあ!メグは時間にうるさいからね!急ごう!」
「は、はいっ」
私はゴードン様に向かって、頭を下げますと、アレックスの後に続きました。
アレックスは廊下の角を曲がって、
「あははっ」
突然、笑い始めました。
「何が可笑しいんですか?」
と、私が聞きますと、
「だってさ、あいつ・・・」
アレックスはそう言いながら、振り返ると、私の顔を見て、「・・・カサンドラちゃん、どうしたの?顔、怖いよ」
「アレックスは遊び人じゃありません」
私、ちょっと怒ってます!
「は?」
「ゴードン様は見下してはいないかもしれませんが、間違ってます!」
アレックスは苦笑いしながら、手を振って、
「いやいや。俺、しょっちゅう色んな女の子とデートしてるし、カサンドラちゃんのことも口説いてるでしょう?」
「アレックスはいい人です!何だかんだで私とルークにダンスを教えてくれました!」
「いや、それは下心が・・・」
「メグのことをとっても気に掛けて、大事にしてます!」
「いや、メグは若干性格に難があるから、従兄弟として、ちょっと心配してるだけで・・・」
「ですが、アレックスは」
私は尚も食い下がろうとしましたが、
「あー、もう!勘弁して!」
と、声を上げたアレックスは私の手を握って、「合格点をあげてから、しばらく経ってるけど、忘れてない?」
アレックスは私を引きずるようにして、ダンスを始めました。
こんな廊下なんかで・・・と、私は思いながらも、
「照れ隠しですか?ごまかしてるんですか?」
アレックスに合わせて、ステップを踏みます。「アレックス?」
アレックスは鼻歌を始めたので、答えてくれません。私はむくれましたが、
「アレックスは本当に上手ですよね。踊りやすくて、自分が上手くなったと錯覚してしまうくらいです」
「・・・」
アレックスは無言で微笑みました。
「ゴードン様が言ったこと、悔しくないんですか?」
と、私が言いますと、アレックスは鼻歌を止めて、
「真面目に取り合うだけ時間の無駄だよ。あの人にどう思われようがどうでもいいしね。カサンドラちゃんの弟のことだって、周りは誰もそんな風に思っちゃいないんだから、カサンドラちゃんがむきになることなんかないよ。・・・カサンドラちゃん。あの人には気をつけた方がいいよ?」
「でも、ゴードン様はたまたま虫の居所が悪かっただけじゃないでしょうか」
「は?」
「私の断り方が悪かったのだと思うのです。ゴードン様はいつもは優しくて、穏やかで、いい人なんです。リバーのことだって、きっと、誤解があったんです。お互いお話してみれば、分かり合えると思うのです」
「はー・・・」
アレックスは深々と溜め息をついてから、足を止めると、「あのね。カサンドラちゃん。君はもうちょっと警戒心を持った方が・・・」
「何をやってるんだ!」
「「?」」
私とアレックスが声がした方を見ますと、レオ様が立っていました。
そして、レオ様はこちらに向かって、歩いて来て・・・。
「うわ・・・俺、殺されるかも・・・」
と、アレックスは呟きました。
「わ、私、逃げていいですか・・・?」
と、私は言いましたが、逃げたくても、足が動きません!
レオ様、どうして、そんなに恐ろしい顔をしてるんですかー?!




