退路を断つ
アレックスがにこにこしています。
私も引きつりながらも、にこっと笑いました。
「さあ、始めようか」
アレックスが私の手を握ります。
「はい!」
今日からメグとアレックスによる、私とルークのへっぽこコンビのダンスレッスンが始まりました!
あれ?ダンスって、指を絡めるものでしたっけね?何か怪しいです。
はっ!アレックスは私のために付き合ってくれてるんですから、気にせず、頑張りましょう!
「じゃあ、もっと、俺の方にぐっと身を寄せて。逃げ腰になってるよ」
「はいっ」
私は言われた通りにしようとしましたが、
「キャス。そのままでいいから」
と、メグが言いました。
「え?でも」
「いいから。そんなに密着する必要は全くないから。それに手は普通に軽く握ればいいのよ。・・・アレックス。いい加減にしないと、おば様に言い付けるわよ?」
メグがアレックスを睨みます。
「えー、俺だって、貴重な放課後をカサンドラちゃんのためにあげてるんだから、ご褒美くらいくれたっていいだろう」
「ご褒美は何がいいですか?私の練習に付き合ってくれてるんですからね。何でも言って下さい」
「じゃあ、デートしよう!」
げっ!
「で、デートはちょっと・・・弟がその・・・」
アレックスはこれでもかと眉をしかめて、
「デートするにも弟の許可がいるわけ?」
「・・・」
う、嘘も方便ですよ。いくら、メグの従兄弟さんと言えども、知り合って日の浅い殿方とデートなんて出来ません!それに私、楽しいデートのお相手にはなれませんから!
「その、アレックスの身の安全が保証出来ませんから・・・」
「確かに・・・あの弟、何するか分かったもんじゃないな」
「で、でしょう?!」
「じゃあ、教えるのやめるー」
アレックスが途端にやる気をなくしました。困ります!
メグは溜め息をつきましたが、
「でも、キャスが完璧に踊れるようになったらねえ・・・それなりにお礼をしたらどうかしら?ねえ、キャス?あれとか、どうかしら?・・・アレックスもとっても喜ぶと思うのよ」
と、意味ありげに言いました。
『あれ』が何なのか分かりませんでしたが、
「はい!アレックス!お礼はちゃんとしますよ!」
と、私は言いました。お礼はメグに任せておきましょう!
・・・その時、アレックスの瞳が輝いたことに、私は気付きませんでした。
「カサンドラちゃん!何それ?!それでも公爵令嬢?!そんなんで恥ずかしくない?!」
アレックスの怒声が響き渡ります。「ただ姿勢がいいだけじゃ、話にならないんだよ!ホウキと踊った方がましだ!代わりに掃除して来い!この下手くそ!」
ひぃーっ!アレックスがやる気を取り戻したどころか、いきなりスパルタになりました!
「ちゃんと音を聴け!その耳は飾りか?!」
「はいぃっ!」
「そんな間が抜けた返事は要らないんだよ!それより、聴け!」
「はい・・・」
「はあっ?!返事は要らないって、言わなかった?!人が言ってることも聴こえないの?!これから一切声を出すな!」
「・・・」
お母様より、怖いですー!
「キャス。どうしたの?痩せたね」
と、リバーが言いました。
ダンスの先生が怖すぎて、やつれたんです!
「き、気のせいじゃないかしら」
アレックスにダンスを教えてもらっていることをリバーが知ったら、何となく恐ろしいことになりそうなので、黙ってます!
「ルークも痩せたようですが・・・」
シュナイダー様がルークをじっと見つめています。
「き、気のせいですよ・・・」
そして、ルークは『ははっ』・・・と、力無く笑いました。
ルークもメグとアレックスにけちょんけちょんに言われています。
いつも前向きなルークが『自分、旅に出たくなりました・・・』と、言ったのです!よっぽど堪えているようです!
ところで、今は放課後なんですが、リバー、シュナイダー様、ルークと4人だけで、裏庭にいます。
リバーとシュナイダー様が私たちにお話があるそうなんですよ。
「ダンズレイ公爵様がどこで知ったのか分からないけど、ローズに会いたいって言い出したんだ」
と、リバーが切し出しました。
「ダンズレイ公爵様が・・・ま、まさか、ローズマリー様に興味を・・・な、何てこと!サラ姉様がいるって言うのに!まさかもう浮気心が?!」
「カサンドラ様。話を飛躍させ過ぎですよ。殿下の兄君として、お会いしたいんでしょう。それにあの方が浮気なんて、有り得ないですよ」
シュナイダー様!ですよね!ダンズレイ公爵様はサラ姉様命!ですもんね!
「でもさ。幼い頃はダンズレイ公爵様がリリアーナ様のような女性と結婚したいって、言ってたみたいだね」
シュナイダー様は頷きますと、
「殿下は『兄上のために、私が世界中を回ってでも捜しに行く』って、言ってましたね」
「ふうん。じゃあ、サラ様がいなければ、レオ様はローズをダンズレイ公爵様に勧めてたかもしれないんだ」
「殿下は兄君のためなら、何でもすると言っていましたからね。自分の気持ちを殺してでも、そうしたでしょうね。・・・殿下が兄君からサラ様と婚約したいと打ち明けられた後、『兄上はどうしてリリアーナ様と全く違う女性を選ぶのだ?兄上はサラと言う女性が好きだからだと言っていたが、好きと理想はどう違うんだ?兄上の話は良く分からない』って、ひどく困惑してましたね。4歳くらいでしたから、当たり前と言えば、当たり前なんですが」
「・・・」
シュナイダー様はレオ様の真似も上手ですね。もう特技と言っていいと思います!
「レオ様もそんな時があったんだねえ。大きくなったねえ」
リバーがしみじみとしています。同じ年でしょう!
すると、ルークは身を乗り出して、
「殿下は自分の感情を殺す必要はないですからね!誰にも遠慮することなく、殿下が望む方とご一緒になればいいんですよ!」
そうですね!ルークの言う通りです!
「まあ、そうだね。レオ様が好意を持っていて、望んでいる。それが一番だよ。レオ様は基本女性と上手く打ち解けられるタイプじゃない。そんなレオ様が人の世話になることなく、将来の伴侶を自分で選べたんだから、やったもんだよ。良くやったよ」
リバーはレオ様のお兄様ですか?と、思いつつも、
「まあ、そうですよね」
と、私も頷きます。
メグをレオ様に一応紹介しましたが、レオ様は『・・・キャスをよろしく頼む』とだけ、愛想のカケラもなく言いましたよ。あのメグが困っていたくらいですからね。
サラ姉様も『レオンハルト殿下は初めは嫌われているのかと思うくらい、一切笑ってくれなかったわ。今も、ちょっと堅苦しいわね』と、言ってましたね。
レオ様は女性嫌いと言うより、女性と親しくなることが苦手なのかもしれませんね。多分、私のことは、女性と思っていないのではないかと思います。
「そう言えば、ダンズレイ公爵様がローズさんの父君のことを調べたそうですよ」
と、シュナイダー様が言いました。
「え、どうしてですか?」
「反五大公爵派に取り込まれたり、娘が王太子妃になる事で・・・サラ様のお父様のようになるかもしれない方だと困りますからね」
「な、なるほど」
「領地に引きこもって、蘭の栽培に力を入れている変わり者ではあるけれど、領民に尊敬されている良き領主で、人によって、態度を変えたりしない立派な方らしいよ」
「ほー」
私は知ってましたけどねー。
「失礼な言い方ですが、殿下や私たちの邪魔にならない都合の良い方でもあります。・・・すでに殿下と国王陛下の戦いは始まっていると言ってもいい。野心や権力を持っている方だと面倒なことになりますからね」
リバーはそのシュナイダー様の話に頷きますと、
「と、言うわけで、極秘でローズをダンズレイ公爵様、サラ様、アナスタシア殿下に引き合わせたいと思っている。ダンズレイ公爵様たちがローズを気に入れば、ローズも自信がつくだろうし、レオ様も婚約に乗り気になるはずだ。そうならなくても、ダンズレイ公爵様やサラ様にレオ様を上手いこと説得してもらおうと思っている。僕とシュナイダーはレオ様の退路を断つつもりだ。いや、断つ」
そして、リバーは黒い笑みを浮かべました。
「???」
何故、リバーとシュナイダー様はレオ様とローズマリー様の婚約を急ぎ始めたのでしょう・・・?
それに、退路を断つだなんて、それじゃ、レオ様がローズマリー様との婚約から逃げてるみたいじゃないですか。・・・何だか気に入りませんね。




