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キャスの夢

 私の前には枕くらいの大きさのお人形さんがいます。

「にんにんさん。ごめんね」

 私は『にんにんさん』の足にナイフを入れました。赤い液体が流れ出て来ます。うっ。

 すると、隣の席のシュナイダー様が吹き出しました。ぬ?

「す、すみません。にんにんさんは名前ですか?」

「え、ええ。私、専用のお人形さんですから。シュナイダー様はつけないんですか?」

 シュナイダー様は苦笑いして、

「愛着が湧くと、切りにくいですから」

「そうですか?私は何としても治してあげようと思いますよ」

 治癒魔法は実技に入りました!

 皆にお人形さんが与えられ、ナイフで切ったり、火で炙ったりして作った怪我を治癒するのです。お人形さんですが、質感は人間の肌そのものです。はっきり言って、グロいです。

「シュナイダー様のような考え方もあるんですね」

「ですが、カサンドラ様の考えの方が有りかもしれませんね」

「シュナイダー様もつけてみたら、どうですか?」

「そうですね。考えてみます」


 私は『にんにんさん』の傷に手をかざすと、呪文を唱えました。

 すぐに赤い液体も傷も消えました。

「さすがですね。あっという間じゃないですか」

 と、シュナイダー様が驚いたように言いました。

 私はパアッと笑顔になりますと、

「私、やっと得意なものが出来たような気がします」

 自分で言うのもどうかと思いますが、私、同じ治癒魔法の授業を受けている生徒さんの中で一番習得するスピードが早いのです!

 へっぽこな私がですよ?!びっくりでしょう?!

 これも高い魔力量のお陰です!お父様、ご先祖様、ありがとうございます!


「あら」

 スターリング先生が私の席の前に来て、「もっと思い切り、ナイフを入れなさい」

「え」

 スターリング先生は私のナイフを手に取ると、『にんにんさん』のおなかをナイフで刺しました!ぎゃあっ!やり過ぎです!

 そして、スターリング先生がナイフを引き抜きますと、一気にどばっと血、いえ、赤い液体が溢れ出ました!ぎゃああっ!


「にんにんさーん!」


 と、私が思わず、声を上げますと、

「名前を呼ぶ前にさっさと治癒魔法をかけなさい」

「は、はいぃっ」

 私は両手をかざして、呪文を唱えます。

「流れる液体は考えないように。怪我を治すことだけに集中しなさい」

「はいっ!」

「液体を止めるのではなく、傷自体を消す感覚で。焦らないように。これぐらいの傷だとすぐ消えることはありませんからね。それから」

「スターリング先生!」

「何ですか?」

「集中出来ません!」

「そ、そうですね」

 スターリング先生は黙りました。

 

 およそ1分くらいで、傷が消えました。

「はー・・・」

 私は椅子に深くもたれました。

「少し休みなさい」

「は、はい」

 ちょっと疲れました。ふぅ。

 スターリング先生は懐中時計で時間を計っていたようですので、

「時間がかかり過ぎましたか?」

 と、私が聞きますと、

「いいえ。私はかなり深くナイフを入れたのですが、あの傷の深さでは、3年生でも1分では完全に治せませんよ。見てみなさい。傷一つ残ってないでしょう?この短時間でここまで綺麗に治せるのは貴女くらいじゃないかしら」

「えっ!」

「思っていた以上に貴女の治癒魔法の能力は高いようですね。多分、魔力量もだいぶ上がっているのではないかしら」

 魔力量は魔法を使うようになると、大抵の人が上がるようになります。上がり幅は個人差がありますけどね。


 私は驚いていましたが、

「あ、あの、スターリング先生。質問なんですが、解毒魔法はいつ頃から学べるのですか?」

「そうですね・・・」

「あの、私の母は」

 と、私が言いかけますと、スターリング先生は頷いて、

「ええ。高度な解毒魔法の遣い手だったことは知ってますよ。ですが、あの段階にまで進むのはまだ早いですよ。早くても来年ですね」

「そうですか・・・」

 私は溜め息をつきましたが、「あのスターリング先生。ご相談したいことがあるので、放課後、よろしいでしょうか」

「ええ。構いませんよ」

 スターリング先生は頷きますと、「では、この教室にいらっしゃい」

「はい。ありがとうございます」


 スターリング先生が私の席から離れて、

「何かお困りのことでも?」

 と、シュナイダー様が言いました。

「あ、相談のことですか?いえ。困ったことがあるわけではないんですよ」

 そこまで言ってから、声を潜めると、「・・・実は私、病気による苦痛を和らげる魔法の研究をしたいんです。そして、学園卒業後は、施設を作って、同じ志を持つ方々と一緒に研究出来たらと思っています」

 シュナイダー様は驚いて、

「で、ですが、病気に対して、魔法は何の効果もないのでは・・・」

「ええ。この世界の常識ですね。私、色々調べてみたのですが、昔、病気を治すと謳った詐欺行為が横行し、そのせいで病気を治す研究をしていることを誰もおおっぴらに公表しなくなったそうなんですよね。おまけに病気を治そうと思うこと自体、頭がおかしくなったのではないかと思う方もいるそうですからね。・・・ですが、きっと、私たちの知らないところでひっそりと研究を続けていると思うのです。そんな方々が周りに気兼ねしたり、資金に頭を悩ませることなく、研究に没頭できる環境を作りたいのです」

「・・・なるほど」

「ただ、私が研究したいのはあくまで緩和ケ、あ、いえ。病気による苦痛を和らげることのできる魔法です。もちろん、病気自体を治せれば一番いいのですが、まず症状を和らげることから、始めようかと。いきなり本懐を遂げようとせずに、小さなことからこつこつとやっていくべきだと思ったのです」

「カサンドラ様らしい考え方ですね」

 私はちょっと赤くなりますと、

「そ、そうかもしれませんね。えっと、それから、あ、この世界の薬はただの子供騙しのようなものです。・・・それは、シュナイダー様の方が良く分かってらっしゃると思いますが」

「ええ。・・・咳止めや解熱などに効果があるとされる物を集めるだけ集めて、祖父に与えましたが、どれも全く効果がありませんでした」

 そう言って、シュナイダー様は唇を噛みましたが、「・・・ですが、私の祖父はもう末期の状態でしたからね。薬ではどうしようもなかったでしょう」

 私は頷きますと、

「ご本人はもちろん、ご家族も辛かったことだと思います。私は苦しんで、苦しみ続けて、最期を迎えるより、残りの時間をご家族と共に穏やかに過ごせるためのお手伝いが出来たらと思っているのです」

 シュナイダー様はまじまじと私を見つめていましたが、

「カサンドラ様がそのような考えを持つようになったのは、私の祖父のことがあったからですか?」



 スターリング先生に私語はやめなさいと叱られましたので、私とシュナイダー様は授業終了後、廊下で話をしています。

「シュナイダー様の御祖父様が亡くなられたことがきっかけです。・・・それに母から、シュナイダー様のお母様が自分には高い治癒能力があるはずなのに何も出来なかったとひどく悔やんでいたと聞いたものですから」

 シュナイダー様は目を細めますと、

「・・・そうでしたね。・・・実は祖父のことがあって、私の母と兄君である国王陛下は更に疎遠になりました。元々、私の父との結婚を反対された時から、兄妹の仲はしっくりいっていないようですが・・・」

「・・・」

 私は13歳の時に聞いたレオ様の話を思い出しました。

「母も国王陛下を憎んだところでどうなるものでもないと分かってはいるのでしょうが、自分の無力さに腹を立てているのでしょう。・・・祖父が病に倒れてから、一番祖父の側にいたのは母でしたからね」

「そうなんですか・・・」

「ですが、カサンドラ様の研究が上手く行けば、本人だけでなく、その家族も精神的苦痛から救われることになるのでしょうね」

「ええ」

 私は頷きましたが、苦笑いしますと、「本当に上手く行けばですけど。もちろん、すぐに上手く行くとは思っていません。施設の立ち上げについても。何年もかかるかもしれません。でも、簡単に諦めたりなんかしません。やっと出来た私の夢、いえ。私の目標ですから」

 シュナイダー様は微笑むと、

「カサンドラ様の思いを私の祖父も喜んでいるのではないでしょうか」

 と、言って、窓の外の空を見上げます。「・・・頑張って下さい。私で出来ることがあれば、協力は惜しみませんから」

「ありがとうございます」

 私は頭を下げてから、シュナイダー様と同じ様に空を見上げます。空はどんよりと曇っていて、今にも降り出しそうです。

 シュナイダー様は溜め息をついて、

「あれから雨が嫌いになりました。私の誕生日も祖父の命日となってしまって・・・嫌になりますよね」

「シュナイダー様・・・」

 私はシュナイダー様の横顔を見つめて、「私、あの雨の日にシュナイダー様が言っていたことがずっと心に残っていたのです」

「え?」

 シュナイダー様は私を見ました。

「魔法では御祖父様の呼吸を楽にしてあげることすら出来ない・・・病気を治せなんて言わない・・・最後くらい苦しみや痛みから解放させて欲しかった・・・シュナイダー様はそう言ってましたよね」

「はっきりとは覚えていませんが、そのようなことを言った記憶はあります」

「私はそれを聞いて、私に何か出来たら・・・何かしなければならないと思うようになったのです。私の目標はシュナイダー様がいたからこそ、生まれた物だと思っています。この目標のことはまだリバーにもルークにもレオ様にも話していません。誰よりも一番最初にシュナイダー様にお話したかったんです」

 私はそう話してから、シュナイダー様に微笑みかけました。

「カサンドラ様・・・」

 目を細めたシュナイダー様が呟くようにそう言って・・・。


 すると、

「ずいぶん熱心に見つめ合ってるな」

 と、声がしました。


 私とシュナイダー様が振り返ると、レオ様とローズマリー様が立っていました。


 私はレオ様の怒気を含んだような言い方に戸惑いましたが、

「熱心に見つめ合ってなどいませんよ。少し話をしていただけです」

 と、シュナイダー様は言いますと、眉を上げて、「殿下こそ、どうしたんですか?またご機嫌ナナメですか?」

「そんなことはない。またとは何だ」

 と、レオ様はいつもより低い声でそう言います。嘘です!ご機嫌ナナメです!


 何故かシュナイダー様とレオ様の間に不穏な空気が流れて来ました。おまけに睨み合っています!

「あの、レオ様もシュナイダー様も一体どうしたんですか?何か変ですよ?ま、まず睨み合うのをやめませんか?あの、お願いですから、普通にしませんか?」

 と、私がお二人を交互に見ながら、あたふたとしていますと、

「そうでした!」

 ローズマリー様がパンと手を合わせました。「私、ロクサーヌ様に大事なお話があったのです!確か、ロクサーヌ様もですよね!」

 ローズマリー様がそう明るい声で言ったので、途端に不穏な空気が消え、レオ様もシュナイダー様も睨み合うのをやめました。

 え?大事な話?

 私、一瞬、ぽかんとしましたが、思い出しました!

「そ、そうなんです!私、ヒューバート様にお話があったのです!だいっじなお話が!」

 

「何の話だ」

 レオ様は私を睨みました。し、心配しなくても、子供の時の話はしませんよ!

 私が何も言えないでいますと、

「レオンハルト様。差し出がましいことを申しますことをお許し願いたいのですが、紳士がレディ同士のお話を詮索するものではないと思うのですが」

 と、ローズマリー様が言いました。おっ?!

「・・・確かにそうだな」

 レオ様は納得しました。レオ様はレディがどうたらこうたらと言われると、大抵納得してくれますからね。ローズマリー様は良く分かっているようですね。


「ロクサーヌ様」

 ローズマリー様が私に向かって、「お話は今日のお茶の時間か放課後のどちらかで、かまいませんか?」

「では、お茶の時間で。放課後は別に用がありますので」

「かしこまりました。では、またお茶の時間に」

 ローズマリー様は優雅にお辞儀をしますと、「レオンハルト様、次の授業に参りましょう」

「・・・分かった」

 レオ様は私をちらっと見ましたが、すぐに背を向け、歩いて行きます。怖いなぁ。


 レオ様とローズマリー様が行ってしまい、私はホッと息を吐きました。

「では、私たちも行きましょうか」

 と、シュナイダー様はさっきの不穏な空気はどこへやらと言った様子です。

 私はまたホッと息を吐きますと、

「シュナイダー様はレオ様と喧嘩したんですか?」

「カサンドラ様と違って、喧嘩なんかしませんよ」

「そ、そんな」

 そう来ましたか!私は次の言葉が出ませんでしたが、シュナイダー様は笑って、

「また喧嘩したんですか?」

「違いますよ。ただ、無視されましたけど」

「無視?」

「あの、実は・・・」

 私はシュナイダー様に昨日のアーロンについての軽率な発言について、お話しました。


 シュナイダー様は頷いていましたが、

「それで、カサンドラ様はアーロンのことが好きなのですか?」

「ち、違いますよー。アーロンは本当に大事なお友達なだけです」

「そうですか。良か」

 と、言いかけて、シュナイダー様はサッと左手で口を覆いました。

「よか?」

「・・・いえ。何でもないです」

 私は首を傾げましたが、

「レオ様はレディが軽率な発言をするなー!みたいに怒ってるんでしょうかねえ?」

「レディが殿方への思いを人前で口にするものではないと言いますからね」

「やっぱりそうですか・・・」

 私は肩を落としました。


 どうしましょう。レオ様に謝るべきですかねえ?何て謝ればいいんでしょうかねえ?



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