キャス、狙われる
シュナイダー様に誘われてしまいました!リバーはもちろん、誰にも内緒と言うことは、二人だけなんですよね!ぎゃあっ!
私がふわふわとした気分でいますと、
「キャス様」
隣の席のアーロンが、「先生がここから読むようにと言ってます」
教科書のあるページを指差しながら言いました。
私はハッとしますと、
「す、すみません!」
慌てて立ち上がりました。
はー、またやってしまいました。
授業を終えて、教室に帰りながら、私が落ち込んでいますと、
「何かあったんですか?ぼんやりしてましたけど・・・」
アーロンが心配そうに言いました。
「えっ、あ、いえ。何でもないですよ。はは」
私が手を振りながら答えますと、アーロンは首を傾げつつ、
「なら良いのですが・・・」
「顔に似合わず、ぼーっとしていると良く言われますから、心配無用です!」
私が安心させるように言いますと、
「レオンハルト様もそう言ってましたね。入学式の後、初めてキャス様とお会いした時」
「そ、そんなこともありましたね・・・」
レオ様とはいまだに仲直りしていないので、微妙な反応になってしまうと、
「あ、レオンハルト様の話はしない方が良かったですよねっ。すみませんっ」
「いいのですよ。気を使わせて、すみません。あ、あははは」
私はぎこちなく笑いましたが、「・・・?」
「キャス様?」
「あ、いえ。あの方々がずっとこちらを見ているような気が・・・」
私の視線の先には3人の男子生徒がいます。制服をやや着崩していて・・・失礼ながら、不良のような方々です。
私とアーロンが歩き進む度に彼等も同じ方向に歩きます。おまけに私とアーロンを見ながら、ずっと、にやにやしているのです。
私は怖くなって、アーロンの後ろに隠れました。すると、冷やかすように口笛を吹かれました。
私が震えていることに気付いたアーロンが、
「キャス様。気にしてはいけません。真っ直ぐ前を見て歩けば良いのです」
「は、はい・・・」
私はアーロンに言われた通りに彼等が目に入らないように、前だけを見て歩きました。
すると、彼等が立ち止まりました。私は全く気にしていない風を装い歩き続けました。そして、彼等の前を通り過ぎようかと言うところで、
「カサンドラ・ロクサーヌ様」
彼等の中の一人が声を掛けて来ました。
私はドキッとしましたが、何とか顔に出ないよう努めながら、
「な、何かご用ですか」
彼等は相変わらずにやにやしながら、
「前々から是非お近づきになりたいと思っていたんですよ。少しお話をしませんか?」
「で、ですが、次の授業がありますので・・・申し訳ありません」
私はお辞儀をして、その場を去ろうとしましたが、腕を掴まれました!
「ぎ」
いつもの悲鳴が出そうになったので、私は慌てて口を閉じました。
「おや。そちらの彼とは親しくなさるのに、同じ平民である私たちとはお話もして下さらないのですか?五大公爵家の方はどんな身分の人間でも分け隔てなく、接して下さるのではないのですか?」
「え、ええ、そうです。で、ですが、次の授業がありますから。お願いですから、放して下さ、い」
私が震えながらそう言いますと、
「失礼します」
アーロンが彼等の手から私の手を引き抜きますと、「ロクサーヌ様が困ってらっしゃいます。やめて下さい」
と、アーロンもやや震える声で言いました。すると、
「全属性持ちだからっていい気になるなよ!」
と、彼等の中の一人がアーロンにつかみ掛かろうとしましたが、
「何をしている!」
と、声がしましたので、私がそちらを見ますと、赤みがかかった茶色の髪をした長身の男子生徒が立っていました。とても端正な顔立ちをしています。
その方は私と彼等の間に入ると、
「レディに無理強いするとは紳士の風上にも置けないな。恥を知れ」
その方は彼等を至近距離で見下ろしながら言いました。
長身のせいもあるのかとても迫力がありましたので、彼等はその迫力に圧されたらしく、そそくさと逃げて行きました。
その方はホッと息を吐きますと、振り返って、
「大丈夫ですか?」
「は、はい。助けていただいてありがとうございます」
私は頭を下げました。
「いえ。・・・この学園にも彼等のような粗野な人間はいます。これからは気をつけた方がいいですよ」
「はい」
「あ、申し遅れました。私、ストレーゼン侯爵家マーカス・ゴードンと申します」
「私は」
と、私が言いかけますと、ゴードン様は微笑んで、
「もちろん、存じておりますよ。カーライル公爵家カサンドラ・ロクサーヌ様。あなたのようなお美しい方を存じ上げないはずがないでしょう」
「!」
私は真っ赤になりました。
リバーと父以外にこんなことを面と向かって言われたのは初めてです!
「あ、もう行かれた方がいいのではないですか?」
と、ゴードン様が懐中時計を見て言いました。
「あ、そうですね。ゴードン様が私のせいで遅れなければいいのですが・・・」
「大丈夫ですよ。ご心配なく」
ゴードン様はにっこり笑いました。
私はぎこちないながらも、何とか笑みを浮かべて、
「では、これで失礼します。本当にありがとうございました」
私とアーロンはゴードン様に頭を下げるとその場から離れました。
ゴードン様はそんな私たちを見ながら、また笑いました。その笑みは私に見せた笑みとは全く違います。
そんなゴードン様の元へ、先程逃げて行った3人の男子生徒が戻って来ました。
「マーカス様。あの女、どうでした?」
「あの女はやめろ。私は入学式で一目見た時から、モノにしたいと思っていたんだからな」
「すみません」
「王子の女は厄介だと思っていたが、今、王子は別の女にご執心のようだ。横から奪われても何とも思わないだろう。・・・私は三男だ。爵位を継ぐ可能性はない。だから、何としてもカサンドラ・ロクサーヌを私の物にしなくてはならない。あの家は五大公爵家と言うだけでなく、莫大な資産もある。持参金も弾んでくれるだろう。その後の暮らしも安泰だ。一生、遊んで暮らせるぞ」
「ですが、弟のリバー・ロクサーヌは厄介な男ですよ。支持者が大勢います。それに護衛の男もいますよ」
「護衛だって、四六時中張り付いているわけではないだろう。実際、さっきだって、お前らが可愛がっている平民だけだっただろう?・・・それより、あの弟だ。忌ま忌ましい男だ。周りにちやほやされて、いい気になりやがって。あの弟は私を胡散臭い物でも見るような目で見るやがった。馬鹿にしやがって。・・・大好きな姉を奪われて、せいぜい悔しがるがいい。大事に大事に育てられて来たカーライル公爵家の花は私が手折ってやるからな」
ゴードン様はそう言って、低くくぐもったような笑い声を上げました。
アーロンに教室まで送ってもらいましたが、中には誰もいませんでした。
私は掴まれた腕を何度もこすりながら、自分の席に着きました。震えが止まりません。
あのにやにやしていた彼等の顔が頭から離れません。つい・・・前世のことを思い出してしまいます。
ルークとはいつも一緒に居られるわけではありません。それがこんなに不安になるだなんて思っていませんでした。
すると、
「ああ、もう。私ったら、こんなことばっかり」
と、声がして、私は振り返りました。「あ、ロクサーヌ様」
ローズマリー様でした。
ローズマリー様は赤くなると、
「あ、あの、私、教科書を間違えてしまって戻って来たんです。驚かせて、申し訳ございません」
「・・・いいえ」
「あの、顔色が良くありませんけど・・・あ、あの、おなかの具合が良くないのでは・・・」
「・・・」
くっ。レオ様めーっ!「い、いいえ。頭痛がするだけですので、ご心配なく」
「頭痛ですか・・・あ、そうですわ」
ローズマリー様は手をパチンと合わせますと、鞄を探って、ハンカチと小さな瓶を出しました。それから、ハンカチに瓶の中の液体を振り掛けると、私のところに来て、「祖母が配合した精油です。香りを嗅いだら、気分が良くなるかもしれません」
ローズマリー様はハンカチを差し出しました。
「あ、あの、ありがとうございます」
私は有り難く受け取りますと、香りを嗅いでみました。「爽やかないい香りですね。何かの花にミントが混じっているのかしら・・・何でしょう?」
「祖母は教えてくれませんので、もしかしたら、とんでもないものかもしれません」
そう言って、ローズマリー様は軽やかな笑い声を上げました。
私もそれにつられるように笑ってしまいました。
そこへ、
「ローズマリー、遅い・・・」
レオ様がやって来て、私に気付きました。途端に気まずい空気が流れます。
私は急いで、次の授業の教科書とノートを出しますと、
「ローズマリー様。ありがとうございます。ハンカチ、お借りしてもよろしいでしょうか?」
「はい。どうぞ。もう一枚持っていますから」
「では、遠慮なくお借りします。私のせいで授業に遅れてしまって・・・」
「いえ。どのみち間に合いませんでしたから」
「でも、申し訳ありませんでした。本当にありがとうございました」
私はレオ様とローズマリー様に頭を下げると、教室から出て行きました。
廊下を歩きながら、また香りを嗅いでみました。
爽やかで、優しさを感じさせるその香りは、ローズマリー様の笑顔を思い出させました。
いつの間にか震えが止まっていました。
某国の魔術師のように、いきなり現れた持参金目当ての馬鹿男です。
ですが、この馬鹿男のお陰である登場人物に変化が起こることになります。
ただ、馬鹿男はなかなか行動には移せません・・・ついつい先に引っ張ってしまう作者のせいです。それでも我慢して、お付き合いしていただけたら、有り難いです。




