巣立ちの日
「ぎゃああああ!」
カサンドラ・ロクサーヌ、15歳です!
いきなり悲鳴を上げてます!すみません!
「キャス。大袈裟だよ」
リバーが眉をしかめます。
「だって、リバー、とっても素敵!似合ってる!」
私、テンション上がってます!
何故なら、今、リバーが魔法学園の制服を着ているのです!
ちなみに私も着ていますが、私の事なんか、どうでもいいです!
今日の午前中に学園からカーライル家に制服が届きました!
母、マリアンナにお願いされ、入学前ですが、二人して、制服を着たと言うわけなんです。
「王族方や五大公爵が着ている軍服に似てるね」
リバーが着ている制服がどのような物か説明します。
全体が紺色で、襟、袖、前合わせには白いラインが入ってます。
襟はスタンドカラーですが、前合わせはアシンメトリーになっていて、やや左寄りにある金属製のボタンで留めるようになってます。
リバーが言うように軍服みたいですが、私からすれば、オシャレ学ランに見えます!私、ブレザーより、断然、学ラン派なので、もうそれだけで堪りません!
ついでに私が着ている制服は同じく全体が紺色のワンピースタイプで白い丸襟、白いリボンがついていて、袖、スカートの裾に白いラインが入っています。まあ、すっきりとしたデザインで着る人を選びませんね。残念ながら、テンションが上がる要素なんてないです。ちぇ。
それから、男子用、女子用共に白バージョンもあります。
どちらも着ていいそうですし、交互に着る人もいるそうですが、悪役令嬢のこの私、白なんか着ません!
私が紺色のだけ着るとリバーに言いますと、じゃあ、僕もそうする。と、言いました。リバーったら、お姉ちゃん子ですね。ふふっ。(実は色なんてどうでもいいからです)
ですが、紺色は五大公爵家の色でもあります!紺色を選ぶのは当然なんです!(リバーは全く気にしてません)
私がリバーの制服姿を惚れ惚れと見つめていると、
「ぐす・・・」
ん?
私とリバーが母を見ると、泣いていました。
「お、お母様、どうしたんですか?!」
「ご、ごめんなさい」
母は涙を拭いながら、「立派になったなと思って。それに、もうすぐこの家から離れて行ってしまうと思うと寂しくて、つい・・・」
「お母様・・・」
母はそれでも、無理に笑うと、
「私の母も泣いてたの。その時の気持ちが、今、分かった気がするわ」
「お母様っ」
私は母の元に駆け寄り、抱きつきました。
「キャスったら、どうしたの?」
母はくすくす笑いながら言いましたが、涙声です。
「3年なんてすぐですよ。私、帰って来ますから」
「まあ、3年間ずっと帰らないみたいに言わないでちょうだい。長いお休みもあるんだから」
母も私を抱きしめ返すと、「でも、キャスはすぐにお嫁にいってしまうかもしれないわね」
「だから、そんなの僕がさせないから」
私と母はリバーを見て、
「「だから、その黒い笑顔はやめて」」
と、言いました。
「めだかさん。綺麗になりましたねー」
池の掃除を終えて、私は気持ち良さそうに泳ぐめだかさんを見つめます。
「少しの間、お別れですね」
寂しいですが、連れて行くわけにはいきませんので、仕方ないですね。
私はしばらくぐすぐすと泣いていましたが、
「キャス。そろそろ出発する準備をしないと」
いつの間にかリバーが側に来ていました。
私は涙を拭いました。
「行こう」
リバーが手を差し出しました。
「うん」
私はその手に自分の手を重ねました。
今日、『魔法学園』のある王都へ向かうのです。
昨日の夜、いつもより早く、父、アンドレアスが帰って来ました。
食事の後、4人でカードゲームをしたり、母のピアノの演奏を聞いたり、ダンスをしたりと楽しい時間を過ごしました。
時々、母が涙ぐんでいました。私も泣きそうになりまたが、我慢しました。
父もいつもより、テンションが高めでした。ちょっと無理をしていたのかもしれませんね。
馬車に私とリバーの荷物が全て乗せられました。
学園までは王室付きの魔術師さんが護衛として、ついて来てくれます。
ちなみに親がついて行くのは、子供を甘やかしている証拠だと思われるそうですので、どの家も、家の前までしか見送りに出てはいけない事が慣習になっています。
「うっ、うっ、み、皆しゃん、めだかしゃんをお願いしまふっ・・・」
私は泣きながら、使用人さんたちにお願いしました。
「「「はいっ!お任せ下さい!」」」
使用人さんたちも号泣です。
いつも冷静な執事のタリスさんはリバーに握手を求められ、今まで、魔法の基礎を教えてくれて、ありがとう。と、言われると、目を赤くしました。
私とリバーは幸せ者ですね。ううっ。
「リバー。キャスをお願いね」
母はリバーを抱きしめながら、そう言いましたが、リバーの体を少し離すと、顔を両手で包んで、「でもね。あなたも辛い事があったら、ちゃんとキャスに言うのよ。一応、キャスはお姉さんなんだからね。頼っていいんだからね。弟になってもいいのよ?無理して、しっかりする必要はないのよ」
リバーは母を安心させるようににっこり笑ってから、
「はい。一応、弟なので、たまには頼る・・・事もあるかもしれません・・・ね」
「・・・」
・・・一応、一応って・・・何なんでしょう。この母と弟は失礼ではないでしょうか。私はリバーのお姉ちゃんです!一応ではありません!
「キャス」
父が私を抱きしめて、「頑張るんだよ。キャスは私の自慢の娘だ。・・・前にキャスにしか出来ない事がきっとあるから、それを見つけなさいと言ったが、もう既にキャスは持ってると思うんだ。キャスは良いところがたくさんある。それをけして忘れてはいけないよ」
「は、はいぃっ」
私はもう涙でぐしゃぐしゃで、父の服が濡れてしまっています。
「学園での3年間がキャスにとって素晴らしい時間になることを祈っている」
「あ、ありあとうございまふっ」
な、何と有り難いお言葉でしょうか!
父は私の体を少し離すと、
「離れていても、何時も、キャスのことを愛しているからね」
そう言って、私の両頬にキスしました。
いつもの私なら、恥ずかしがるだけなのですが、
「私も離れていても、お父様を愛しています」
私は思い切って、お父様の左頬にキスしました。ぎゃあ!恥ずかしい!両方は勘弁して下さいね!
父はびっくりしたようでしたが、じわーっと、赤くなった後、とろけるような笑顔になりました。お父様の笑顔はどんな時でも本当に素敵です!
ですが。
父はすぐに真顔になると、
「キャス。他の男には絶対にこんなことをしてはいけないよ」
もー。お父様ったら、大丈夫ですよー。今のが私から殿方にキスした最初で最後になりますよ。
私とリバーが馬車に乗り込みました。
父はハンカチで顔を覆うようにして、泣いている母の肩を抱きながら、
「二人とも元気で」
「お父様もお母様もお元気で」
と、リバーは返しましたが、私はもう声にはならないので、ただただ頷いていました。
父が魔法製の馬さんに行き先を告げ、呪文を唱えます。
馬さんがゆっくりと動き始めました。
母が顔を覆うのをやめて、私とリバーを見ました。
でも、何も言えず、小さく手を振るだけです。
私も同じでした。
馬車がカーライル家からどんどん離れて行きます。
父が左手を大きく振っています。笑顔を絶やさないでいてくれます。
使用人さんたちも手を振っています。皆さん、泣いていますが、私とリバーに『頑張って下さい!』、『お元気で!』と、声を掛けて下さいます。
母は涙を一生懸命拭っています。私たちの姿が涙で霞まないようにしたいのでしょう。
リバーも私も馬車から身を乗り出すようにして、手を振りました。
お父様、お母様、私は何にも出来ない子供です。鈍臭くて、不器用です。性格も後ろ向きで、うじうじ悩んでばかりです。
これから、何度も自分の事を嫌いになるかもしれません。
でも、それでも、両親、リバーの為に強くなると決めているのです。
だから、私、カサンドラ・ロクサーヌ、素晴らしい両親の娘である誇りを胸に頑張ります!




