プロポーズ
『キャスはこんな私をどう思う?怖くないか?』
レオ様は私にそう問い掛けました。
「正直に言っていい。私はキャスが慕っているサラ嬢の家を五大公爵家から除外するべきだと言ったし、兄上の結婚相手として相応しくないとも言った。私は自分の理想の国を造る為なら、必要ないと思った物は平気で切り捨てる事が出来る。私は人間として、何か大事な物が欠けているのかもしれない。アナスタシアを蔑んでいた頃と何一つ変わっていないのかもしれない」
と、レオ様は言うと、自嘲気味に笑いました。
私は首を振ると、
「レオ様は平気なんかじゃないでしょう?誰よりも苦しんでいます。それに将来の五大公爵であるリバーやシュナイダー様の事を思ってのことでもあるんでしょう?大事な物が欠けてるなんて、 私はそんな風には思えません。ですから、私がレオ様を怖いなんて思うわけがないです」
「キャス・・・」
「私、詳しい事は分からないですけど、ジャスティン殿下は納得されているのでしょう?なら、レオ様は後悔しないようにどこまでも突き進むべきではないでしょうか。レオ様の理想とする国を造って下さい。それがジャスティン殿下やサラ姉様の為に出来る唯一のことだと思います」
「・・・」
私、レオ様を励ますように笑顔を見せて、
「私、何にも出来ませんけど、応援しますからね!きっと、レオ様が理想とする国は皆が幸せになれるんでしょうね!」
レオ様は頷くと、
「ああ。・・・私はそんな国にする為なら、何でもする。私の人生全てを捧げたい」
人生全てを捧げるって・・・。
「・・・レオ様の人生はレオ様のものですよ?」
と、私が言いますと、レオ様は困ったように笑って、
「いいんだよ。私の事は。・・・私は兄上やダンレストン公爵家を犠牲にした。だから、それを背負っていかなくてはならない。自分の事はどうでもいいんだ」
「・・・」
私はじーっと、レオ様を見つめます。
「な、なんだよ」
レオ様は怪訝そうな顔になって言います。
「どうでもいいわけがありません!」
と、私は言うと、レオ様の前髪を上げて、ぺちっとレオ様の額を叩きました。怒られるのは承知の上です!
レオ様はびっくりして、
「い、一体、なんだ?」
「国王陛下となるレオ様が自分のことはどうでもいいとはなんですか。国王陛下が幸せじゃない国なんて、本当に幸せな国ではありません。レオ様にだって、幸せになる権利はあります」
「・・・」
「自分のことはどうでもいいなんて、レオ様がそんなことを言ってると知ったら、弟大好きなジャスティン殿下が怒りますよ!泣きますよ!知りませんよ!」
私は腕を組みながら、ぷりぷりしてましたが、
「くはっ」
レオ様が吹き出します。な、何ですか?!
レオ様は声を上げて笑います。
「あーあ。キャスには敵わないな」
「なんですかー?何がおかしいんですかー?」
もー。私は真面目に言ってるんですよ?
すると、レオ様が立ち上がり、私の前に跪きました。
「?」
「キャス。私は生涯キャスを守ると誓う」
「え・・・」
「私はキャスがいるから、普通の人間でいられる。だから、そんなキャスがとても大事なんだ。リバーやルークとは違うやり方になるが、私もキャスを守るから。キャスが安心して暮らしていける国にしてみせる。必ず」
「・・・」
レオ様が瞳を輝かせながら、そんなことを言うので、私は何だか落ち着かなくなって、「い、いきなり、びっくりしましたー。跪いて、生涯私を守るなんて言うから、プロポーズかと思いましたよー。あははっ」
と、笑ってごまかしました。ごまかさないと、顔が赤くなりそうなんです!
「プロポーズ・・・」
と、レオ様が呟きました。
「あ・・・」
まずいです。レオ様、また顔を真っ赤にして、『誰がプロポーズなんかするか!』と、怒るかもしれません。
「あの、今のは・・・」
冗談です。と、私は言おうとしましたが、
「カサンドラ・ロクサーヌ」
と、レオ様が私の名を呼びましたので、
「はい?」
何故、突然、本名なのですか?
レオ様は私の手を握ってから、ひたと真摯な眼差しを私に向け・・・。
「貴女は私の全てで、私の全ては貴女の為にある。貴女を生涯愛し続けることを誓う。だから、私と結婚して欲しい」
私、固まってしまいました。
またこの王子様は何を始めたんですか?!
次はキザなプロポーズの言葉を考えるゲームですか?!
レオ様は、固まりつつも内心で動揺しまくっている私の顔を見つめていましたが、
「くはっ」
吹き出しました。ぬっ?!
レオ様は声を上げて笑うと、
「冗談だよ。私がキャスにプロポーズなんかするわけがないだろう」
「!」
私は真っ赤になると、レオ様の手から、自分の手を慌てて、引き抜いて、「そんなこと、わ、分かってますよ!」
レオ様は笑いながら、立ち上がると、
「本気にするなよ?」
「本気になんてしません!」
私はそっぽを向いて、「冗談でもそんなことは言ってはいけません!レオ様にはローズマリー様がいるんですからね!」
と、言いますと、レオ様は途端に笑うのをやめて、
「・・・そうだな。私にはローズマリーがいる」
「そうですよ。ローズマリー様と一緒なら、レオ様も幸せになれますね」
「・・・」
レオ様は何故か目線を落としました。
「・・・レオ様?」
ローズマリー様と何かあったんでしょうか?
私はレオ様に一歩近付いて、
「レオ様?」
と、言いながら、レオ様の顔を覗き込みますと、レオ様はハッとしたように、顔を上げて、私の顔を見ました。
「何かあったんですか?」
あ、ローズマリー様に会いたくて堪らないんだ!とか言うんですかね?!ぎゃあ!
「キャス・・・その、私は」
と、レオ様が言いかけて・・・。
「クリス様!」
甲高い女の子の声が割って入って来ました。
「?」
声がした方を見ますと、クリス殿下がこちらに向かって、やって来ます。ただ私たちには気付いていません。
そんなクリス殿下の後ろから小さな女の子が一生懸命追い掛けて来ます。
「あの子は・・・」
「ああ。フォルナン夫人の孫娘だ。セリーナだ」
「クリス様!待って下さい!」
セリーナ様はまた声を上げました。
「セリーナと遊んでも面白くないの。ついて来ないで」
クリス殿下は素っ気ない態度です。
レオ様は笑って、
「セリーナはクリスが好きなんだが、クリスは嫌がってるんだよ」
「ほー」
クリス殿下も隅に置けませんねー。
すると、
「あっ!」
必死になって、クリス殿下を追い掛けていたセリーナ様が転びました。
クリス殿下がそれに気付いて、振り返ります。
「うっ・・・」
セリーナ様の目から涙がこぼれましたが、クリス殿下はただ突っ立っているだけです。
「うああああー」
セリーナ様がいよいよ声を上げて泣き始めました。
それでもクリス殿下が動こうとしないので、堪らなくなった私はセリーナ様の元へ走って行きますと、
「大丈夫ですか?!」
「あれ、キャスちゃん」
クリス殿下が私に気付きました。
「あれ、キャスちゃんじゃありません!泣いてるのに見てるだけなんて、ダメじゃないですか!」
「・・・だって」
クリス殿下は口をへの字にさせています。
「大丈夫ですか?」
私はセリーナ様を助け起こしました。
セリーナ様は栗色のふわふわした髪の毛とくりっとした大きな目が印象的な可愛らしい女の子です。
ですが。
「セリーナ、嘘泣きだもん」
と、クリス殿下が言って・・・。
「余計な事をしないで下さい」
セリーナ様が私をじろりと睨みました。えーっ?!涙はどこに行ったんですかー?!私並に目付きが悪くなりましたよー!ここに悪役令嬢がいますよー!
私を睨んでいたセリーナ様でしたが、レオ様に気付いて、
「レオンハルト様!」
レオ様の元に飛んで行きました。
「・・・」
あまりの変り身の早さにレオ様は微妙な顔をしてましたが、「大事ないか?」
仕方なしにと言った様子で聞きました。
「はいっ!ありがとうございます!」
セリーナ様はもう満面の笑みです。す、凄いです。
呆然としている私の元へクリス殿下がとことこと歩いて来て、
「ね?大丈夫でしょう?」
「そ、そうですね・・・」
「セリーナ、嘘泣きだけど、涙はちゃんと出るの。凄いよね」
「凄いですね・・・」
まだ5歳くらいなのに・・・私、参考にしましょうかね。
ところが。
「セリーナ」
レオ様は黒い笑みを浮かべて、「助けてもらったのに、礼も言わないのは感心しないな。御祖母様に話をしようか?」
「!」
途端にセリーナ様が青くなります。
「それに、あれは、カーライル公爵の娘だ。火を吐くかもしれないぞ」
「!!」
更にセリーナ様は青くなると、私のところに一目散に飛んで来て、「ごめんなさい!ごめんなさい!!」
と、平謝りしました。
・・・お父様。カーライル家は怖がられているようです。
その後、レオ様はフォルナン夫人にセリーナ様の嘘泣きや私に対する態度をあっさり告げ口しました。
セリーナ様はフォルナン夫人に散々叱られ、本気で泣いていました。
それを見たクリス殿下はきゃっきゃ笑ってました。
なかなかいい性格をした兄弟ですね。
そう言えば、レオ様は何か言いかけていましたが、何だったのでしょうか・・・?




