単純って、素晴らしい
私とルーク、そして、父がお屋敷の中に入りますと、
「あなた」
母が駆け寄って来ました。「お疲れ様でした」
「ああ。心配をかけたね」
と、父は言いましたが、母はにっこり笑って、
「ちっとも心配なんかしてませんわ」
おお!さすがお母様ですね!
父は笑いながら、そんな母を抱き寄せると、キスしました。
「?!」
私もルークも真っ赤になります。
ひゃー!子供の前でやめて下さいー!
「・・・カーライル公爵」
アンバー公爵様が気まずそうに声を掛けます。「私は先に戻ります。・・・あなたの魔法を他国が研究済みだと言うのは、少々、問題ですからね」
父は頷いて、
「どのみち、攻め込むつもりだったのかもしれない。国王陛下に判断を仰がなければならないな」
ルークは首を傾げて、
「確かにあの魔術師はそう言ってましたけど・・・アンバー公爵様は何故知ってるんですか?屋敷の中にいたのに」
アンバー公爵様は微笑んで、
「聞こえるんだよ。もちろん、魔法の力でね」
「すっげー」
ルークから貴族らしからぬ言葉が出ましたが、それも仕方ないですよね。
・・・それにしましても、五大公爵様方は同じ人間なんでしょうか?(聞こえるのはアンバー公爵様だけです)
その後、私たちはお茶を飲みながら、父の話を聞く事になりました。
「私もあの魔法は初めて見たな。この国の魔術師でも出来ないだろう」
「あの黒い玉は本当に攻撃魔法を無効に出来るんでしょうか。カーライル公爵様の合成魔法は無理でしたけど」
「ある程度・・・研究済みだと言っていた火柱を上げる魔法なら無効に出来るのかもしれないな。だから、私を殺せると言う自信があったのだろう」
父は真顔で言いましたが、すぐに声高らかに笑うと、「甘い、甘いー。私とマリの新婚時代より甘ーい。まあ、私とマリは今も甘いけどねー」
「・・・」
・・・何だか父のテンションがおかしいです。久々の実戦だったので、気分が高揚しているのでしょうか。
「研究済みなんて、いいのですか?火柱は得意の魔法なんでしょう?」
「いや、あれは代々の公爵であって、私ではない。それに、あんな古い魔法を得意だなんて言ってたら、五大公爵なんかやってらんないよー」
父はまた声高らかに笑いました。
・・・多分、しばらくしたら、落ち着くでしょう。
「ともかく」
父は咳ばらいをして(自分でもテンション高めと気付いたらしい)、「あの魔法は我が国の魔術師に教えてもいいと思っている。魔術師を育てる事も私たちの仕事のうちだしね」
「いいんですか?代々伝わる魔法なんですよね?」
「威力を下げればいいだけの話だから。そもそもこの国の魔法のほとんどは私たちの祖先が考え出した物だ」
「そうだったんですか・・・」
五大公爵家って、思っていた以上に凄いんですね。なのに、何故、こんな私が・・・。私、またじみーに落ち込みました。
それにしても、魔術師を育てる事も仕事のうちって、五大公爵様方は働き過ぎではないでしょうか。・・・それで不満を持たれるなんてやってられませんよね。
「さて、私も城に戻らなくてはならないから、レオンハルト殿下の話をしよう」
父がようやく本題に移りましたので、私とルークは姿勢を正しました。
「闇の属性を持つ場合、未熟な人間が闇の攻撃魔法を使い続けると闇に精神を蝕まれる事は二人共知ってるね」
「はい」
私とルークは頷きました。
「闇の攻撃魔法を使った後は気分の高揚がなかなか抑えられなくなるんだ」
「今のお父様みたいにですか?」
「今の私は機嫌がすこぶる良いだけで、やや違う。国王陛下に自ら報告する時が楽しみだ」
父は何故か黒い笑みを浮かべています。はて?
「?なら、早く戻った方が・・・」
「今はレオンハルト殿下の話が大事だ。・・・ともかく、気分の高揚がなかなか抑えられなくなり、それがとても悪い方向に行くと、人を殺したいと思うようになる。それも殺せるだけ殺したい・・・そんな風にね」
私はゾッとしましたが、
「気分の高揚は誰にでもあるのですか?」
「そう。そして、魔法で人や物に害を与えたいと思ってしまうことも誰にでもあるんだ。攻撃魔法はそもそもそういう物だから仕方ないし、闇の属性を持つ人間だからこその特徴なんだ。対処方は残念ながらないんだ。結局、それを抑えながら、上手く付き合っていくしかないんだよね。だが、殿下は潔癖なところがあるから、そういう感情を持つ事自体を恥だと思い、何が何でも追い出そうとしてしまう。そして、そのせいで更に悪循環に嵌まってしまう事になるのではないかと私は予想しているんだ。・・・特に殿下の闇の力は私が今まで見たことがない程、強い。だから、学園に入って、強力な魔法を覚えれば、覚えるだけ、気分の高揚、自分の中にある攻撃性を抑える事が難しくなってくると思う。殿下が例え光の属性を持っていたとしても、緩和出来るかどうか・・・」
「ですが、殿下は自分の祖父の所に行って、精神的にも強くなったのではないですか?アナスタシア殿下とも上手くいってますし・・・殿下なら、大丈夫ですよ」
そのルークの言葉に私も何度も頷きましたが、
「だが、今、アナスタシア殿下と良い関係を築けているのは、アナスタシア殿下自身の努力があってこそだ。そういうところを殿下が認めたからであって、殿下自身が変わった訳ではない」
と、父はきっぱりと言いました。
「でも・・・」
と、やや納得の出来ない私は口を開きましたが、父は待ってと言うように手を上げると、
「かと言って、王城から離れた2年間が無駄だったとは言ってない。それに、今、殿下も強くなろうとしている。今回の事件は殿下にも影響を与えたようだな。殿下には確固たる目標が出来て、それがあの方のこれからの支えにもなるはずだ。私も殿下が、あの魔術師のように必ずしも闇に精神を蝕まれるとは思っていない。ただ、本人にこの話をしても、有り得ないと言うばかりで、深く考えていない。やや甘く考えているのではないかと・・・それが心配なんだ」
「レオ様は考え過ぎるところがあるから、ちょうどいいのではないですか?でも、レオ様の事ですから、お父様の言った事は必ず心に留めているはずです」
と、私は言いますと、父は顎を撫でながら、
「確かになあ。私も過去の事があるから、心配し過ぎてるのかもしれないな。殿下ももうちょっとルーク君みたいに単純だったらなあ・・・」
そう言って、ルークを見ました。
ルークはびっくりしたように、
「自分、単純ですか?!」
「「うん」」
父と私が頷きますと、
「そ、そうだったんですか。今まで分かってませんでした・・・」
ルークがいやに深刻な顔付きになったので、
「あ、いや、単純なところが君の良いところだよ」
と、父が慌ててフォローすると、
「ですよね!じゃあ、いいです!」
と、ルークは途端に笑顔になりました。
・・・ルークが羨ましいです。




