五大公爵家の闇
『リバーが間違ったことをする前に自分の命を自ら断ちなさい』
私は目の前が真っ暗になり、急に息苦しくなりました。
ですが、母は話を続けます。
「サラ様のお母様はあまり魔法が得意ではないの。簡単に捕まってしまったでしょうね。でも、それ以上にあなたは治癒魔法しか使えない。あなたは敵にとって、格好の標的となりうる存在なの。あなたは足手まといにしかならないの。・・・だから、最悪の事態になる前に自ら命を断つしかないの」
私は母の顔をぼんやりと見つめていました。
「リバーが何故、王城に行ったかと言うと、次期五大公爵に危険が及ばないようにする為なの。・・・ここも襲われる可能性があるから」
「私たちはここに居て、いいのですか?」
「ええ。だって、囮だもの」
と、母は何でもない事のように言いました。
「・・・」
私は絶句しました。
「敵もすぐには来ないでしょう。安心していいわ。それに厳重に守られているから。でも、王城の方が更に安全だから、リバーはあちらに行ったのよ」
「・・・」
「キャス。リバーと一緒の時に敵と遭遇した場合、どうするかは分かっているわね。では、レオンハルト殿下と一緒だった場合はどうしたらいいと思う?」
「た、盾に、レオ様の盾になります」
と、私は言いました。
母は頷いて、
「分かっているならいいわ。何も出来ないあなたでも王族方の盾にはなれるわ。それであなたが死んでしまったとしても、私たちはあなたを誇りに思うことでしょう」
「・・・」
私はどのみち死ななくてはならないようです。
「キャス。あなたはこの国の歴史に詳しいから、ユージアス王のことは知っているわよね。あの王は自分の思うがままにしたいと言うだけのことで、五大公爵全員を亡き者にした。その事件がきっかけとなって、五大公爵は王族方にも全ての手の内を明かさないことになったの。それは王族方も了承していることよ」
・・・本来、王室付きの魔術師は自分がどんな魔法が使えるのか全て報告する義務があります。
ですが、五大公爵はそれを先の理由から免除されています。
だから、レオ様は父が瞬間移動の魔法が遣えることを知らずに、視察で父がいないと油断してしまったため、あの夜、全てが露見することになったのです。
「五大公爵が習得している高度な魔法は全て、親から子に教えることになっているわ。学園では習えないし、どんなに力のある魔術師もそれを習得することは出来ない。何故か分かる?」
私は小さく頷くと、
「五大公爵は五人で一国を潰せる程の魔法を習得しています・・・そんな魔法を王族の盾である五大公爵以外の人間が習得し、もし、敵国に寝返ってしまったら、脅威となるからですよね」
母は頷いて、
「そうね。お父様が火柱を上げる魔法が使えることは知っているわね。あれもその一つよ。他国は王族よりもそんな力を持つ五大公爵を恐れ、何よりその力を欲しがった。昔は、今回のような事が幾度となく起こっていたの。でも、今までは誰もそれには応じなかった。・・・大事な家族を殺されても、自分の力を他国に渡すことはなかった。今回、サラ様のお父様は、ダンレストン公爵家に代々伝わる魔法の呪文が書かれた巻物を渡してしまったのよ。多分、並の術者では、すぐに習得出来ないと思うわ。でも、優れた術者にそれが渡ってしまったら・・・そして、使われてしまったら・・・」
「・・・」
一体、何千、何万人の命が失われるのでしょう。それなら、家族一人が犠牲になる方がまし・・・そういうことなんでしょうか。
「キャス。辛いだろうけど、もう一度言うわ。あなたは攻撃魔法どころか防御魔法も出来ない。・・・そんなあなたはリバーの足手まといにしかならないの。その事を自覚しておいて欲しいの」
「・・・はい」
私は何とかそう答えました。
母は私の前に膝を付くと、私の両手を取って、
「ごめんなさい。こんなことにならなきゃ、自分の愚かさに気付かないなんて・・・私はあなたが最大の防御とも言える攻撃魔法が出来ないことを喜ぶべきではなかった。お父様もそう思っているでしょう。・・・アンバー公爵様が最後に言ったように、私たちは、平和な今の時代に安心しきって、胡座をかいていたのよ。五大公爵家の一員であることがいかに大変なのかを忘れてしまっていた」
「・・・」
母は私の手に額をつけて、
「ごめんなさい。あなたがもっとお父様の血の方を受け継いでくれていれば・・・私のせいだわ。本当にごめんなさい」
「・・・」
私が父の事嫌いになっても・・・と、父が言ったのは、このことで、私が父と母を憎むと思ったからでしょうか。
私の手が濡れています。母が泣いているのです。
私が五大公爵家の一員として、役立たずなばかりに・・・母は悲しみ、父は苦しんでいるのです。リバーがこのことを知ったら、どう思うのでしょうか。
何故、私は何も出来ないのでしょうか。
五大公爵家はその家族も王族方の盾にならなくてはならない。・・・それは分かっていたつもりです。
いいえ。分かっていなかったのです。
分かったことは、もし、私が敵に捕まってしまったら、リバーが間違った選択をしないよう、カーライル公爵家に代々伝わる魔法が敵に渡らないよう、私は自ら死ねしかないのです。
「大丈夫よ」
母がようやく顔を上げました。目が真っ赤です。「きっと、すぐ解決するわ。リバーが帰って来て、あなたも庭に出られるようになる。元通りになるわ」
でも、もう今までのようにはいられないと思います。
元通りなんて、無理です。私の心はもう何も知らなかった頃には戻れないのですから。




