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「終わったー!」

 シュナイダー様の誕生日会の会場である大広間の飾り付けが出来ました!

「キャスは何もしてないけどな」

「レオ様が追い出したからですー」

 私はむくれつつ言いますと、

「お、お前が悪いんだ」

 レオ様は赤くなっています。何故でしょう?

 私は首を傾げましたが、時計を見て、

「あ、私、アンバー公爵様のお部屋へいってきます」

 思ったより、早く終わりましたので、帰る前に、アンバー公爵様に挨拶をしましょう。

 今日、アンバー公爵様は王城に行っていましたが、酷く疲れたと言う事で、いつもより早く帰って来たそうなんです。心配です。

 眠っているかもしれませんが、ここのところ誰かがアンバー公爵様の側に必ずいるそうですので、その方が出て下さるでしょう。


 アンバー公爵様の部屋に向かっていると、

「父上!父上!」

 シュナイダー様のお父様であるスターブ伯爵様の声がしました。

「?!」

 私は声がする方へ走って行きますと、アンバー公爵様の部屋のドアが開いていました。

「アンバー公爵様?!」

 私は部屋に駆け込みました。


 アンバー公爵様はベッドのヘッドボードにもたれていましたが、その口元から胸の辺りまでが真っ赤に染まっていました。

「ひっ・・・」

 私は震え上がり、あまりの事に動けなくなっていましたが、スターブ伯爵様が私に気付き、

「私の妻を呼んで来てくれ!」

 私はそれで我に返ると、部屋から出て行き、

「だ、誰か、誰か来て下さい!誰か!」

 と、声を上げながら、シュナイダー様のお母様を捜す為、廊下を走りました。




 私はアンバー公爵家のお屋敷の窓から、雨が降る様子を見ていました。

 雨は昨日から降り続いています。

 こんな雨の日はアンバー公爵様が皆に色々な話を聞かせて下さった事を思い出します。

 昨日はシュナイダー様の14回目の誕生日でした。

 そして、アンバー公爵様は昨日の朝、息を引き取りました。

 アンバー公爵様は意識が戻っては、激しく咳をし、血を吐き、そして、また意識を失う・・・その繰り返しだったそうです。


 

 葬儀は今日の朝、しめやかに執り行われました。

 葬儀に参列したのはアンバー公爵家のごく近しい親族と五大公爵家の直系の家族のみで、交流会よりも少数です。

 五大公爵はカルゼナール王国内で重要な役職に就いていながらも、葬儀はごく内輪で行うよう決められています。

 実は、王族方や同じ五大公爵家以外の人間をお屋敷に招くことも良しとされていません。

 ルークは騎士団団長の息子だから、特別に許されているのです。それも、レオ様が最初に父に頼み、許可を貰っていたのです。

 リバーも幼い頃、領地の子供と仲良くしても構わないが、家には招いてはいけないと言われていました。幼かったリバーは納得してはいませんでしたが、母は五大公爵家はそういうものなんですよ。と、言いました。

 きっと、何かを守るためなのだと思います。


 アンバー公爵様は自分が長く生きられないことを知っていたそうです。ですから、最後の仕事として、五大公爵に対して不満を持つ貴族やサラ姉様とジャスティン殿下の結婚反対派を何とかしようと、無理をして、王城に行っていたのです。

 その事は、シュナイダー様以外のご家族だけが知っていたそうです。

 たとえ、自分の死期を早めようとも、アンバー公爵様は最後まで、五大公爵としての職務を全うしようとしていたのでしょう。


 私はそんなことを考えていましたが、

「のらさん?」

 雨の中、『のらさん』が庭を走っています。

 そして・・・。

「?!シュナイダー様!」

 シュナイダー様が傘も差さずに庭を歩いていたのです。


 シュナイダー様はお屋敷を背にして、湖を見つめていました。

「シュナイダー様!」

 『のらさん』が私に気付いて、短く吠えると、私の元へと走って来ます。

 私はぐっしょりと濡れた『のらさん』の頭を撫でてから、

「シュナイダー様!風邪を引きますよ!」

 私はシュナイダー様の隣に立ちました。

 私を見たシュナイダー様は眼鏡をかけておらず、雨に濡れた顔は泣いているように見えました。

「カサンドラ様・・・」

「戻りましょう」

 私はシュナイダー様の手を引こうとしましたが、シュナイダー様は一歩下がって、私の手から、逃げました。

「シュナイダー様・・・」

「私、知ってたんですよ」

「え?」

「祖父の死期が近いことを・・・」

「・・・」

「夜になると、自分の部屋で激しく咳込んでいました。・・・赤く染まったシーツを見た事もあります。でも、知らない振りをするしかなかった。それが祖父の望んだことですから。誇り高い祖父でしたから」

「・・・」

 私はシュナイダー様の額にかかった髪を払ってやろうと手を伸ばしました。

 シュナイダー様がその手を取り、胸に引き寄せると、

「カサンドラ様。この世界には魔法があるのに、何故、病気を治すどころか、咳が出ないようにしてあげたり、血を吐かないようにしてあげることすら出来ないのでしょうか。私の母は高度な治癒魔法が使えます。なのに、祖父の呼吸を楽にしてあげることすら出来ないんですよ。病気を治せなんて言いません。でも、祖父は最後の最後まで苦しみながら死んでいったんですよっ。祖父が何をしたと言うんですかっ。せめて、最後くらい苦しみや痛みから解放させて欲しかったっ」

 シュナイダー様はいつも抑揚のない話し方をしますが、今は全然違います。

「シュナイダー様・・・」

 私が目を細めますと、シュナイダー様は我に返ったように、私の手を離すと、

「すみません。つい・・・」

 と、言って、一歩後ろに下がりました。

 私は首を振ると、傘を落としました。

 そして、私からシュナイダー様に近付いて、シュナイダー様の顔を両手で包んで、

「シュナイダー様。いつか言ってくれましたよね。良いのですよ。思い切り泣いても良いのですよ。って」

「・・・」

「私、とても楽になれたんですよ。・・・シュナイダー様。大丈夫ですよ。こんなに雨に濡れてるんですもの。アンバー公爵様にだって、分かりません。誰にも分かりません」

 すると、シュナイダー様の琥珀色の瞳が潤み、次から次へと涙がこぼれ落ちます。でも、すぐに雨と混じり、涙だと分からなくなります。

「っ・・・」

 シュナイダー様は私を抱きしめると、「あああっ・・・」

 声を上げて泣きました。


 そして、その声を消すように『のらさん』が鳴き続けました。


 私はただシュナイダー様を抱きしめてあげることしか出来ませんでした。


 病の前に魔法は無力なのだと感じ、ただただ私は悔しく思っていました。

 その悔しさは私の中にいつまでも在り続け、近い将来、私にある目標を持たせるのです。



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